第10話 地図のない場所
掲示板の赤札は、いつも端にある。
目立たない。
だが、条件だけはやけに具体的だった。
【調査依頼】
【対象:街道外縁・未記録地形】
【報酬:銀貨十五枚】
【討伐不要/帰還優先】
討伐が条件ではない。
《報酬期待値:高》
《要求成果:情報》
……なるほど。
◆
受付の男が、札を確認して言った。
「珍しいだろ」
「討伐なしで、この額は」
「だからだ」
男は、声を落とす。
「行って、帰ってこられる奴が少ねえ」
銀貨十五枚。
昨日の合同依頼より、少ない。
だが――
分配ではない。
《分配方式:単独支給》
「帰ってくれば、全部だ」
それで十分だった。
◆
目的地は、街道から外れた谷間。
地図には、名前だけがある。
線も、注釈もない。
《既存地図情報:空白》
(……地図がない、という情報だけがある)
それ自体が、危険を示していた。
◆
谷に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
音が、遠い。
風が、定まらない。
《空間歪度:微》
《魔力流動:不規則》
ダンジョンの外縁。
だが、完全には固定されていない。
「厄介だな」
独り言は、すぐに消えた。
◆
俺は、歩数を数え始める。
角度。
高低差。
岩の配置。
《マッピング:開始》
《参照点:設定》
AIの処理が、静かに回る。
派手な表示はない。
だが、頭の中で地形が形になる。
◆
魔物が現れた。
低級。
だが、動きが鈍い。
《行動遅延:不自然》
《推定要因:空間負荷》
力で押す必要はない。
最小出力。
一撃。
《魔力消費:安定》
倒すことより、
位置を把握することを優先する。
◆
進むほど、違和感が強くなる。
同じ形の岩。
同じ分岐。
だが、距離が合わない。
《ループ構造:疑似》
《完全循環:否定》
迷わせる構造。
力任せに進めば、
確実に戻れなくなる。
◆
俺は、引き返した。
来た道を、正確に。
《帰路一致率:99.1%》
谷を出たとき、
太陽の位置は、計算通りだった。
◆
ギルド。
受付の男が、顔を上げる。
「……早いな」
「奥までは行ってない」
「それで?」
俺は、簡単な図を描いた。
谷の形。
分岐。
歪み。
男は、途中で黙り込んだ。
「……これで?」
「途中までだ」
《情報精度:高》
《注意:本情報は、特定組織の行動制限を引き起こす可能性あり》
「奥まで行ってない?
行けないって分かっただけで、十分だ」
男は、引き出しから銀貨を出した。
十五枚。
机の上に、重い音を立てて並ぶ。
「討伐は?」
「していない」
「それでいい」
男は、銀貨を押し出した。
「情報は、魔物より高い」
《収支:大幅黒字》
◆
銀貨を受け取り、
俺は少しだけ考える。
討伐していれば、
時間も魔力も使った。
だが――
調査だけなら、次に回せる。
《継戦可能時間:維持》
(……金は、行動の結果だ)
目的にすると、死ぬ。
だが、無視すると――
自然に残る。
◆
ギルドを出ると、
夕暮れの街が広がっていた。
学園では、
金の話は、ほとんど出なかった。
ここでは違う。
《結論:
生存 × 情報 = 収入》
AIが、短くまとめる。
(悪くない)
このやり方なら、
無理をせず、積み上げられる。
◆
掲示板に、
新しい札が貼られていた。
【調査協力者 募集】
【帰還率重視】
【報酬:応相談】
応相談。
それはつまり――
信用次第ということだ。
俺は、札を見上げる。
ここから先は、
討伐数ではない。
どれだけ正確に、世界を持ち帰れるか。
俺は、札を剥がした。
静かに。
確実に。




