婚約破棄(こんやくはき)は言わないで。その言葉は嫌いなの。
王都にある私営公園では今、光魔法によるイルミネーションが行われていた。
金や銀色の光の球でライトアップされた大木が光り、東屋や猫や犬やプレゼントの箱を持った鳥の形などのイルミネーションもあり、冬のイベントとしては最高潮の盛り上がりを迎えていた。
そんな中、その私営公園を貸し切りにした侯爵令嬢マルティナ・ド・アルメディナは恋人兼婚約者の方を振り向いた。
「それで、お話って何かしら? 素敵なお話?」
『もしかして、来年にとうとう結婚を控えているから、婚約しているけど改めてプロポーズしてくれてプレゼントをくれるのかもしれない。うん、きっとそうだわ』
マルティナの顔は、婚約者の事を信じ切っていて幸せそうだ。
最近では、一緒に通っている学園内で婚約者の浮気の話もあったが、マルティナはそんな噂は全然信じていなかった。
婚約者とは政略結婚だったが、結婚するからにはお互いを大切に愛し合うと婚約式でも誓ったし、婚約の際の契約魔法でも浮気を防ぐ条項をこれでもかと盛り込んだ。
だって、マルティナは学園を卒業して結婚したらアルメディナ侯爵家を継がなくてはならない。
その前に自分の婚約者と世の中の本で見た平民のように自由恋愛(?)の雰囲気を味わいたかったのだ。
それについては婚約者も了承していたし、
『かわいいマルティナ嬢のお願いなら何でも聞きます』
と言ってたはずだし、
『だから、大丈夫』
とマルティナは思って笑顔だったが、婚約者の顔色は優れなかった。
「すまない………」
と、婚約者は一言いう。
何を謝られたのか分からなくて首を傾げるマルティナに、婚約者は溜息をついてしばらく言いづらそうにしていたが、
「君も聞いているだろう。学園内で流れている噂だ。あれは、噂じゃない」
「え………、というと?」
「他に好きな人ができた。………婚約破棄し…………????!!!!」
――婚約者は消えた。
婚約者は『婚約破棄』という言葉を口にした途端に、公園から姿が消えた。
マルティナは姿が消えた婚約者に驚くことはなく、スン…………とした真顔になる。
マルティナには分かっていた。
『婚約破棄という言葉を口にしたから、契約魔法に従って実家に送り返されたのだわ。私は『婚約破棄』とかいう今、巷で悪い意味で流行っている言葉は好きではなかった。だから愛する人にはその言葉を言われたくない。そう言ったのに、そう決めたのに』
婚約者が、事前にガチガチに固まっていた契約魔法で決められた言葉を口にして、
『マルティナの嫌いな言葉『婚約破棄』を口にすると婚約は自動的に解除されて、口にした方は実家に転移する』
が効力を発揮したのだった。
『他にも『婚約破棄』を口にしたら、顔にバツマークのアザが入った状態になるし、自動で私の口座に慰謝料が振り込まれるし、それからそれから…………』
『婚約者は待機していたスペアと交代する………………』
マルティナ真顔で色々考えこんでいると、何やら公園の外の方が騒がしくなった。
「エルステッド伯爵家のラウル。いけます!」
一際、マルティナの耳にも届く大きな声がしてから、『マルティナと婚約者しか入れない貸し切りの私営公園』に男性が走りこんできた。
息を切らして走ってきて、マルティナの前まできて急ブレーキで止まり、
「失礼………」
と息を整えてから、ラウルはにっこりと笑った。
「来年は結婚だけれど、改めてもう一回プロポーズしてもいいかな?」
そう言って、きっちりと着こんでいたスーツの内ポケットから小さな小箱を取り出した。
パカッと開いたそこには、七色に煌めく精霊石の指輪が嵌っていた。
「マルティナ。ずっと君の事が好きだ。僕と結婚してほしい」
ラウルは金髪に薄い夕焼けのような色の瞳の美形で、そんなイケメンがイルミネーションをバックにリングを差し出しているさまは実に絵になった。
「嬉しい。ラウル。ずっと一緒に居ましょうね」
マルティナはそんなドラマチックなシチュエーションにときめいて頬を染めた。
やはりマルティナも乙女なのだ。夢見心地でラウルにリングを薬指にはめてもらった。
ラウルは、そんな乙女でかわいいマルティナの肩を抱き、一緒にライトアップされた金銀のイルミネーションを眺める。
『王都でこれだけの私営公園を開けるアルメディナ侯爵家はすごいなぁ。前の婚約者は本当になんでマルティナと婚約破棄したんだろうか? おかげで僕に順番が回ってきたけれど。乙女のように初々しくて、アルメディナ家の財力なら簡単に手に入るアクセサリーに喜んでくれて、お金も持ってるし、当主の大変な仕事もしなくていいなんて最高』
イルミネーションのきらびやかな輝きが、それぞれときめいてはいるものの思っている事は違う二人を照らしていた。
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***アルメディナ家が経営する私営公園にラウルが居たわけとは。また、その時に起こった事***
ラウルは、エルステッド伯爵家の三男だった。
エルステッド家の持っている領地は、上の二人の兄が全部相続することになっており、スペアとしてのみエルステッド家にいた。
ラウルは生まれた時からスペアだったが、その生まれながらのスペアとしての勘が、
『自分にエルステッド家の爵位は回ってこない』
と告げていた。
そんな中で、比較的ラウルが小さい頃に飛びついたのは、名門アルメディナ侯爵家のこれまたスペアの話だった。
話というのも、マルティナの婚約者に万が一何か問題があった時に、すぐさま婚約者になれるという話だった。
詳しく話を聞くと、マルティナの婚約者は今はマルティナとうまくやっているらしい。
だが、自分なりに詳しく調べてみると、マルティナの今の婚約者は例えば他に美しい女性が居る時に視線がそっちへいったり、あるいは趣味でも一つの事が長く続かず飽きっぽかったりするらしい。
ラウルのスペアとしての勘(才能?)が告げていた。
『これはもしかすると自分の番が回ってくるかもしれない』
と。
聞けば聞くほど、ラウルにとって面白い話だった。
マルティナは次期侯爵家当主であったが、乙女チックな側面を持っていた。
聞けば、婚約者とは妙な契約を交わすという。
例えば、マルティナは『婚約破棄』という言葉が嫌いなので、『婚約者は『婚約破棄』を口にすると自動的に婚約破棄されて実家に転移魔法で戻される』とか。(書類上で婚約が破棄または解消された場合にも同様の事が発生する)
そして、『スペアの婚約者候補は前任者が婚約者でなくなった瞬間に婚約者となり、マルティナの近くに転移魔法で転送される』とか。
ちなみにマルティナの前ではなく、近くに転移なのは、マルティナに失礼がないか筆頭侍女や護衛騎士達にチェックされるためである。
だから、ラウルは抜け目なく事前に渡されているマルティナのスケジュールを隅から隅までチェックして、イベントが起きそうなときにはきちんとした服を着ていた、
どんなときにもマルティナに渡すプレゼントを持っているように気をつけていた。
そういうラウルの努力が実を結び(?)、伏せてはいるが、マルテイナの婚約者のスペアとして同じ学園に通っていたラウルは、マルティナの婚約者が浮気をし始めている様子を確認した。
特に、一応はマルティナに隠れて浮気者同士が抱き合っているのを偶然見てしまった時には拳を握ってガッツポーズを取ったくらいだった。
「私をあなたのお嫁さんにして」
「分かった。俺にはお前だけだ」
という頭の悪い会話も繰り広げられていた。
そこからの、マルティナとマルティナの婚約者がイルミネーションを見にいくイベントである。
絶対何かあると思ってラウルは一張羅のスーツを着て、貯金をはたいて買っておいた精霊石の指輪を懐に入れて、自室で待機していた。
そして、本当にアルメディナ侯爵家の私営公園の近くに転移した時には、色々経緯を教えてくれる侍女や護衛騎士にやる気満々で宣言した。
「エルステッド伯爵家のラウル。いけます!」
ラウルは盛大な拍手で送りだされた。
-おわり-
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