白銀嶺下の対決
しいな ここみ様、朝起きたら企画の参加作品です。バトルものw
朝起きてみると、そこは一面の銀世界だった。まだ10月だというのにとカーテンを開けた誰もが驚いた。
その原因は長野県の山中に不自然に停滞している巨大な低気圧、冷気の塊のせいだと分かった。
関東を中心に日本中、交通や物流が麻痺する異常事態にワイドショーやネットでは終末論や気象兵器、宇宙人の侵略説などのデマで溢れかえった。しかし結局対処する方法はなく、政府からは自治体への救援物資の配給と不要の外出を控えるようにとの報道が繰り返されるばかりだった。
そんな中で幌橋は中心地の雪山に向かってオンボロの軽自動車を走らせていた。幌橋が急いでいる理由は【宇宙の虎】としてではなく、アンナからメールが届いたからだ。アンナは友人の彼氏のジープ無双自慢につき合わされて無謀な雪山ドライブに出て、フラグどおりガス欠で遭難してしまったのだ。
「パパは無理しなくていいから誰か助けを呼んで」と言われたが、知った以上は放っておくわけにはいかない。こう見えても幌橋の車、【ジャスパード】は偽装した探査宇宙船だ。古くて所々の光学シールドが剥がれているせいで、アンナからは「なんか犬みたい」と変な名前を付けられてはいるが。
雪山の入口では一人の老人が待ち構えていた。幌橋にはそれが誰か分かっていた。【ナインライブズ】で最高の盾と称される男だ。
車を降りた幌橋にその老人、紫亀城が話しかける。
「久しい顔じゃのう。だが何をしにここへ来た? SOSには静観せよと通達たはずじゃがのう」
現在この山の上空には氷龍妃が産卵のためとぐろを巻いて陣取っている。それが季節外れの大寒波の正体だ。星から星へと渡る彼女が、急に産気づいて降り立ったのが地球だったというわけだ。そして紫亀城は氷龍妃の守護のために召喚たのだ。
「ご老人の邪魔するつもりはない。ただ人を探しているだけだ。できれば目をつぶっていてほしい」
「それはできんな。許せばワシが龍王の罰を受ける。無事に生まれれば氷龍妃どのはすぐに地球を離れるじゃろうよ。少しぐらい待ったらどうじゃ?」
紫亀城はそう告げたが、荒れ狂う吹雪の中で何の装備もしていない人間が冷たい鉄の箱に閉じ込められて何時間も耐えられるわけがない。幌橋は強行突破することを決め車の鍵を閉めた。それを見て紫亀城が目を細める。
「人間の女ひとりにそこまで狂うたか、馬鹿めが。【巌聳】にその錆びた槍が通じると思うてか!」
「そんなことはどうでもいい。今はただ……まかり通るのみ!」
幌橋は自分を鼓舞するように吠えて紫亀城に向かって跳んだ。
「届かんのう。しっぽを巻いて逃げ帰るんじゃな。諦めろ諦めろ」
守りに徹している紫亀城の盾に、幌橋の攻めは全て阻まれた。
「能力開放できないお前にはどのみち……」
「ご老人もか……そんなに能力開放がお望みか?」
紫亀城の薄ら笑いが固まる。幌橋は光線砲をその手に召喚た。
「何の真似じゃ? 銃ごときでどうなるものでも……」
「そうだな。だがこの核には【天焦】のエネルギーが臨界に詰まっている」
「何、阿茶伽羅の炎じゃと?」
「これを使えば、私は少しだけ【禍月】に戻ることができる……お見せしよう」
幌橋は核を心臓に当て「能力開放」と口にした。溢れ出た莫大なエネルギーが幌橋に吸収されていく。それと同時に纏った魔装は黒鋼の鎧となり幌橋の全身を包み込む。
「これは……まさしく最強の矛と呼ばれた昔の……くくく、もはや叶わぬと思うておったが再び見える日が来ようとは……おもしろい! ならばここで雌雄を決するのもまた一興よ!」
幌橋は手刀を鋭い槍に変える。それが螺旋の回転を加えて突き出されれば穂先は紫亀城の張り巡らせた盾に容易く穴を穿った。
「やりおるわい。ならば久々に本気を出すとしようかのう!」
紫亀城はそう言うと解除した盾のエネルギーを集め、巨大な光のガントレットを生み出した。
「ワシに攻めが無いと思うたか? さあ、死ぬ覚悟はできたか!」
嬉々として身構える紫亀城だったが、幌橋が指を立て首を振る。
「今それは拙い手だ、ご老人。何のために自分がここにいるのかお忘れか?」
「何じゃと?」
幌橋の言葉に紫亀城が顔色を変える。そして気配を探ると盾に遮られていた悪鬼魔獣魑魅魍魎の類が大挙して近づいて来るのが分かった。
「こ、これは……きさま、ワシを嵌めたな!」
「人聞きの悪い。自業自得だ。猫頭はいまだに治らないようだな」
他をそっちのけで目先のことに夢中になる悪癖を猫頭と揶揄れ、思わぬ失態に紫亀城は怒り狂った。しかし今となっては後のまつりだ。
「こうなれば打って出て各個撃破しかないだろう。これは貸しだぞ、ご老人」
幌橋はそう言うと魔装から数十の黒い矢を作り空の敵へと撃ち出した。近づいていた浮塵子の如き群れが、ばくりと大鯨に呑まれたように消失する。
「な、何が借りじゃ! 相変わらずの性悪めが! くそっ、憶えておれよ!」
幌橋に続いて紫亀城がガントレットを振り回し地上の敵を粉砕していく。
「久しぶりに【禍月】を見せてもらったわい。それだけやれるならワシが口を効いてやる。いつでも戻って来い」
氷龍妃の産卵が終わり、去った後に山には静寂が戻りつつあった。車に向かう幌橋の背に紫亀城が声をかける。幌橋は振り返らずにおざなりに手を振った。
太陽が大きく傾いている。アンナたちは罵りあいに疲れてジープの中で無言の時間を過ごしていた。どうにか吹雪は収まったものの、ガス欠ではどうしようもない。
そのとき空から四角い木箱がパラシュートで降りてきたのを見た。ジープを降りて開けてみればそこにはガソリンと食料、毛布などが入っていた。ふとアンナが空を見上げれば、そこに小さく飛び去る光が見えた。
(えっ、あれはパパの『ダルメシアン』? ていうか何で車が空を飛んでるの? どういうコト?)
アンナは急いでスマホを取り出すも、すでに電池切れになっていたことを思い出した。