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第七章 砕かれた鏡

かつてリツコにとって空気であった創造は、毒へと変わっていた。以前は不安を帯びた美しさに満ちたイメージが生まれていた彼女の明るい東京のアトリエを、今や沈黙が支配していた。描こうと試みるが、かつては自由で意のままだった手は、ぎこちなく、自信なさげに動くだけだった。パレットの上の絵の具は、まるで嘘と混ぜ合わされたかのように、汚れて濁って見えた。彼女は木炭と顔料で汚れた自分の指を長い間見つめた。それがまるで他人のもののように思えた。

隅のイーゼルには、ほとんど完成したキャンバスが立てかけられていた――建設中の東京タワーを望む、太陽に満ちた明るい東京の風景画。新しい、復興しつつある日本の象徴。その絵は技術的には完璧だったが、全く生命感に欠けていた。それは嘘だった。非政治的で、経済の奇跡を称賛する熱狂的な芸術家という自らの偽装工作を維持するために、公式の展覧会のために準備していた作品。彼女はそれを憎悪の目で見つめた。その一センチ一センチを憎んだ。

同じ頃、何百キロも北、冷たく、埃と腐敗の匂いがする札幌国家保安省の書庫で、ユキヒロは自らの静かな戦争を続けていた。彼は、「不健全な思想」を持つと見なされたことのある、あらゆる著名な反体制派、自由思想家、詩人、芸術家の分厚いファイルを、几帳面に、一ページずつ調べていった。彼は、リツコが絶望の眼差しで語った、あの「自由な芸術家」の地下運動の痕跡を探していた。彼は何も見つけられなかった。ただの一つのヒントも、一つの手がかりも。

夜も更け、彼は古い情報提供者の一人に接触した。かつては高尚な芸術を、安酒と些細な密告のためにとうに売り渡した、哀れで、アルコールに溺れた歌舞伎役者だった。彼らは汚いラーメン屋で会った。

「自由な芸術家?この国にかい?」と、役者は袖で口を拭いながら、しゃがれ声で言った。「中尉さん、俺たちにある唯一の自由ってのは、今夜どの種類の芋で腹を満たすかを選ぶ自由くらいのもんさ。暗い部屋で黒猫を探すような真似はよしなよ、特にいやしない猫なら尚更だ」

ユキヒロは黙って、しわくちゃの紙幣を数枚テーブルに置き、立ち去った。今や彼は確信した。彼女は嘘をついたのだ。それはもはや単なる直感ではなく、事実だった。しかし、その知識は彼に安堵をもたらさず、ただ謎を深めるだけだった。もし彼女が地元の反体制派と繋がっていないのなら、彼女の背後には誰がいるのか?彼女の顔をした敵は、ますます危険で、未知の存在となっていった。

リツコは新しい指令を、人間からではなく、無個性な新聞の広告欄から受け取った。ミシンの売却や迷い猫の捜索の告知の間に、彼女に宛てられたメッセージが挟まっていた。冷たく、要求の厳しい、暗号化されたメッセージ。彼らが欲していたのは、具体性だった。札幌郊外にある「高度保安施設」、応用生物物理学研究所として知られる場所。そこで何が行われているのか?誰が働いているのか?文面によれば、理想的な情報源は、彼女の「北の接触相手」、タケシ中尉だという。

彼女は、もはや比喩や暗示の陰に隠れていることはできないと悟った。新たな接触を開始する必要があった。もう一度暗号化された絵を送れば、それは自白に等しいだろう。そして彼女は、絶望的で、無謀な賭けに出た。あの老いた古書店主を通して、二つの世界を結ぶ脆い糸を通して、彼女はユキヒロに絵ではなく、小さな、平たい封筒を渡した。中には一言も書かれていなかった。ただ、完璧に保存された、淡いピンク色の桜の、乾いた花びらが一枚だけ。それには、場所と日付が記されたメモが添えられていた。「過ぎ去りし時々の庭」。分断前、かつては散策や自然を愛でる場所として人気だった、今はもう廃墟となった国境地帯の小さな公園の名前だった。彼女が賭けたのは、スパイの駆け引きではなかった。彼女はすべてを、彼らの共通の記憶に賭けたのだ。

その庭は、彼らの関係の完璧なメタファーだった。かつては美しかったが、今は雑草と野生の蔦に覆われている。石畳の小道はひび割れ、乾ききった池は、まるで死んだ巨人の眼窩のように、昨年の落ち葉を腐らせていた。彼らは、緑色の苔に覆われた、壊れた石灯籠のそばで会った。ユキヒロは一人で来たが、リツコは肌で感じていた。一本一本の木、一つ一つの石の陰に、見えない脅威が潜んでいるのを。

彼らは数歩の距離を置いて立っていた。空間だけでなく、嘘と疑惑の壁によっても隔てられて。

「あなたの合図は、軽率でした」と彼は言った。その声は、庭の廃墟を吹き抜ける風のように冷たかった。「二度とこのようなことをしないように、そう伝えに来たのです」

彼女は彼の脅しを無視した。彼女は慎重に、遠回しに、彼の任務や札幌での生活、そして彼の管轄下にある、特別な、厳重に警備された施設について尋ね始めた。彼女の質問の一つ一つは、無邪気な好奇心を装っていたが、彼はその中に偽りを聞き取っていた。

彼らの会話は行き詰まり、腹の探り合いの決闘へと変わっていった。その時、リツコは、ひび割れ、苔むした石灯籠を見つめ、不意に役を演じるのをやめた。疲労と絶望が、彼女の自制心の堤防を決壊させた。

「私の兄は、この土地のどこかで消息を絶ちました」と彼女は静かに言った。彼女の声には、この会合で初めて、嘘がなかった。「分断の後、函館の叔母を訪ねて北へ渡ったのです。そして、戻ってこなかった。行方不明になりました。私に残されたのは、思い出だけ。でも、それは…それは砕かれた鏡のようです。鋭い、個々の破片しか見えず、もう二度と、全体の姿を組み立てることはできないのです」

この告白は、彼女の任務の一部ではなかった。魂の叫びだった。そして、砕かれた記憶の鏡という、この素朴で、苦いメタファーは、ユキヒロの魂に響いた。彼自身の過去もまた、同じような痛みを伴う破片で構成されていた。写真でしか覚えていない父の顔。記憶からほとんど消えかけた母の手の感触。彼女が連れ去られた、あの日。ほんの短い一瞬、彼らの間の嘘は消え失せ、彼は目の前に、スパイではなく、ただ、彼と同じ戦争によって傷つけられた一人の女性を見た。

彼女の誠実さが、彼の鎧を貫いた。彼は長い間、彼女を新たな目で見つめ、黙っていた。それから彼は身をかがめ、乾ききった池の底から、かつてここにあった水によって磨かれた、小さく、完璧に滑らかな、黒い石を拾い上げ、彼女に差し出した。

「石一つにも」と、彼は父が好きだった無名な俳句の一節を口にした。「水の記憶は宿るもの」

それは贈り物だった。彼女の痛みを認めること。彼が彼女を信じたことの象徴。しかし、その後、彼の顔は再び硬く、プロフェッショナルなものに戻った。彼は一歩下がり、距離を取り戻した。

「だが、お気をつけなさい、ハマグチさん。時として、鏡は偶然に割れるものではない。破片を拾い集めようとして、ひどく手を切ることにもなりかねません」

彼は彼女を一人残して去っていった。リツコは、枯れ果てた庭の真ん中に立ち尽くしていた。片方の手には、彼がくれた滑らかで、重い石を握りしめていた。もう片方の手、コートの下の鎖には、冷たい金属のカメラ付きロケットがぶら下がっていた。贈り物と武器。真実と嘘。彼女は自分の両手を見つめ、頬を熱い涙が一筋、ゆっくりと伝い、石の上に落ちた。

一方、自分のアパートで、ユキヒロは開け放たれた戸棚の前に立ち、絡み合う根の絵を見つめていた。彼は彼女がスパイであることを知っていた。しかし今や、彼は同じように、彼女の痛みが本物であることも知っていた。すべてが白と黒、味方と敵に分かれていた彼の世界は、苦しく、耐え難い中間色に染まっていた。

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