プロローグ
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村にひとりしかいない治療師の見立てによると、兄の眠りは呪いによるものだということであった。
リディアは、母が残したわずかな蓄えをはたいて、兄のために隣り村から魔道師を呼び寄せた。しかし解呪の儀式は失敗した。その後も魔道師や名のある賢者を招いたがことごどく失敗し、それどころか、生半可な腕前の術師では逆に呪いにとりこまれてしまうという事態が発生した。
兄は冒険家だった。倒れたのは、何度目かの冒険から数年ぶりに我が家へ帰った数日後のことだった。以来、兄の瞼は重く閉ざされたままである。
リディアは毎日兄の体を拭きながら悲しみにくれていた。兄の体は暖かかった。胸もわずかに上下する。彼は間違えなく生きている。ただ眠りの世界から戻る方法を忘れてしまっているのだ。
やがて彼女は、誰もが見捨て、あるいはおそれて近づかない兄の健康を取り戻すのは自分をおいて他にないのだと真剣に考えるようになっていった。
真紅の石。
いかなる望みも叶えるという魔法の宝石だった。
この大陸の、いや無限に広がる青の島それじたいにいくつあるともわからぬ貴石である。
魔力がこめられた魔石にもいろいろあるが、人々が逼迫した時、本当に窮地に陥った時に神の名をとなえるとともに欲するのがこの真紅の石だった。真紅の石の魔力は外のどんな魔石よりも強力で、いかなる望みも叶える。しかし理性をとりもどした人々は忽ちその実在を疑う、そのような石であった。
リディアは兄が好きだった。兄が自慢だった。兄を信じていた。だから兄が話した真紅の石の奇跡を信じていたし、実際に、兄の冒険そのものが真紅の石を探すためのものに変貌していったことも知っていたから、この世の外の宝石であるとは思いたくなかった。
真紅の石ならば兄の眠りを醒ますことができる。村の賢者は苦い顔をしたが、異議はとなえなかった。
リディアは決意した。
(それならあたしが探しにゆくわ)
と。
そして物語がはじまった。