決断
自分の席に戻ると、友達がやって来て「何してたの?」と怪訝な顔で尋ねてきた。
うまく答えが見つからず、返信に困っていると、隣から慎二くんが「結月からノートを貸してもらったから、そのお礼を言ってたんだ」と代わりに答えてくれた。
私も隣で頷いた。だけど、友達は私たちの嘘を見破った。
「……ってか、何で名前で呼び?」
「名字が嫌いだから」と即答した。だが、友達は「お礼とか名字が嫌いで名前呼びとか絶対嘘でしょ」とにやにやしながら言う。私は黙り込んだ。友達との糸がぷつっと切れたようだった。慎二くんは私を心配するような目で私を見ていた。
帰り道、二人並んで歩いていた。
「大丈夫?」
彼はそうっと言ってくれた。
「うん。何度も体験したから何ともない!」
私はにこにこしながら言った。
「そっか……」
多分、彼は私の笑顔に気付いているだろう。さっき見せた笑顔は本当の笑顔ではない。作り笑いだ。
──気まずい空気になっている。
「あのさ……」
「手、繋いでいい?」
無意識のうちに、私の口から言葉が溢れた。
慎二くんは驚いた顔でこちらを見る。
しまった、と思った私はすぐに「あ、いや、やっぱり何でもない」と顔を真っ赤に染め、言葉を打ち消した。
──推しにまた変なことを言ってしまった。
どうしよう、と思っていると、慎二くんが口を開き、「いや、繋ごう」少し強い口調で言った。
ほんの少し恥ずかしかったが、手を繋げた嬉しさが勝った。
次の日、私は彼に会うなり「昨日、恥ずかしいことしてごめん!」と全力で頭を下げた。
すると、慎二くんは優しく微笑んで「別にいいよ。気にしてないから」と答えた。
──普通、異性と手を繋ぐって恥ずかしいことじゃないのかな。
どうして彼は平気なんだろう。
──だけど、やっぱり彼は優しすぎる。
私はこっそり考えていた。
そろそろ告白したい。その強い思いと同時に視界が揺らぐ。ぐらりと世界が傾き、立っているのがやっとだ。
……ヤバい。これは。
三次元に戻ってしまう。まだ、ここに居たいのに……。
目眩はどんどん強くなっていき、私は耐えられなくなってしまった。
「ここは……」
私は白いふかふかのベッドに横たわっていた。
どうやら目眩で意識が飛び、保健室に運ばれたらしい。
隣のパイプ椅子には慎二くんが座っていた。
「大丈夫?」
心配そうな彼の声が私の頭に響く
「うん。少しね。目眩がすると何故か三次元元の世界に戻りそうは感じがして怖いんだ。まだここに居たいのに……」
数秒、私たちは黙り込んだ。
最初に慎二くんが口を開き「なんでまだここに居たいんだ?」と言った。
「……秘密」
私は目を逸らし、頬を少し膨らませた。
「もう教室に戻っても大丈夫?」
「うん、大丈夫」
慎二くんは立ち上がり、静かに保健室を出ていった。私は彼の背中を見送ってから、ゆっくりと起き上がり、ベッドの上に座った。
(まだ、ドキドキしてる……)
告白したい。この世界の、この場所にいるうちに。
私は強く、強く思った。
家に帰り、私は昨日投稿した恋愛相談のスレッドを開いた。
「あ……」
そこには画面いっぱいの温かい言葉が映っていた。
一人一人の言葉が、私の背中を強く押してくれるような気がした。
──やっぱり、この気持ちは嘘じゃない。
明日、告白しよう。
そう心に決めて、私を赤く照らす夕焼けを窓から見た。
翌日、私は慎二くんと一緒に学校へ向かった。
無言の時間が続く。
──よし、今だ。
「あ、あのさ、今日の休み時間、屋上に来てくれない?」
自分でも分かるくらい声が震えていた。
その言葉が頭の中で繰り返される。
「いいよ」
慎二くんの言葉が私の言葉を優しく包み込んでくれたような優しく、穏やかな声で言ってくれた。
屋上の冷たい風が私の頬を撫でる。心臓が五月蝿いほど鳴っていて、自分の心臓がどこにあるかはっきり分かるようだった。
大丈夫。きっと成功する、と自分に言い聞かせながら慎二くんを待った。
屋上のドアが開き、慎二くんが姿を見せる。彼は真剣な表情を浮かべていた。
「何でここに来てって言ったんだ?」
慎二くんの声を聞くと私の緊張は最高潮に達した。更に、心臓がバクバク鳴る。何度も練習した告白の言葉が思い出せず、言葉が詰まる。
「あの……。あの……私と──」
声を出した時、昨日からあった自信が全て消えてしまった。
──馬鹿馬鹿しい。
何やってんの。私は三次元。彼は二次元。絶対振られるに決まってる。
私の考えはどんどんマイナスに向かっている。
私は一気に恥ずかしくなり、思わず俯いてしまった。目を閉じようとした時、
「付き合ってくださいだろ」と慎二くんは優しく言った。
まるで、私の声が聞こえたかのようだった。私は目をぱっと開き、顔を上げた。
「え……?」
「実は、俺も……なんだ」
彼はそう言って顔を赤らめた。
──両思い!?
だが、慎二くんはすぐに寂しい表情を浮かべた。
「だけど結月は三次元に戻るんだろ。俺も付き合いたいけれどダメなんだ」
私は反論した。
「いや! 付き合える! 私がここにずっとここに居ればいいでしょ!」
「友達関係がよくないからこっちに来たんだろ? 結月には由美ちゃんがいるじゃないか。きっと、由美ちゃんも心配してるよ」
どうして、そんなことを知っているの、と訊きたかったが、訊けなかった。
だけど、由美は違う。友達なんていない、そう言おうと口を開くと、慎二くんは私の言葉を遮って「いる」と言った。
胸のざわめきが嘘のように静まる。
──由美は私のことを心配してくれる友達なんだ。
「だったら心の中で付き合おうよ。離れていても一緒だよ」
私の言葉に、慎二くんは莞爾と笑った。
「分かった」
眠い……




