87/132 (6/8)
アイカと二人でルインブラッドの拠点に乗り込むと、統括がそこで待っていた。彼は大きくため息を吐き、口を開く。
「はぁ……どうしたんだ?気でも変わったか?」
「はい。彼女から話を聞いて、考えが変わりました。異形の研究は終わらせるべきです。何故今も研究を続けているんですか?もう完成した筈ですよね?」
「だからこそじゃねえか。せっかく完成したんだぜ?研究はこれからが本番だ」
「I地区の件はどう考えているんですか?研究を続けたせいで、一般の住民にも犠牲が出ています」
「必要な代償だ。今後気を付ければいい」
「気を付けるって……病が広がったらどうするんですか?今の時代、それに対抗できるのはカオス勢力だけです」
「だから協力体制を築いた。I地区も収まっただろ」
「運が良かっただけです。このままじゃ、ブラッドはまた歴史を繰り返す。異形化が蔓延し、それに怯える時代に戻ってしまう」
「ああ、そうなる可能性もあるだろうな。研究のためなら望むところだ」
「そうですか……。残念です……」
僕が銀の剣を握ると、統括は僕を制止した。
「まあ待てよ、アラン。お前は俺の前任のことを知っているか?」
「いえ、あまり……。トップの部隊に所属していた、としか……」
「そうだ。ベルク以上の実力者で、俺以上の指導者で、上に立つに相応しい男だった。そんな男が、生前後任として俺を選んだ。直属の部下でもあったベルクではなく、この俺をだ。何故だと思う?」
「分かりません……。異形の研究のことを知らなかったからですか?」
「逆だ。知っていたから俺を選んだ。研究を先導する俺に権力を与え、更にそれを推し進める選択をした。異形の研究こそがブラッドの未来を支えると、理解していたからだ」
「未来を支える……?何を根拠に……」
「今の時代を根拠にだ。現代も、過去も、全て、この世界はずっと、俺たちブラッドの研究で成り立ってるんだぜ?」
「……どういうことですか?」
「かつて異形を滅ぼしたカオスの英雄、そいつのせいで、まるで俺たちを悪のように扱う奴がいるが、それは違う。異形を生み出したことで人類は生き延びた。それを滅ぼしたことで未来が閉ざされた」
「言っていることが、理解できません……」
「アラン、目に見えるものだけで判断するな。目の前の犠牲だけを見るな。もっと歴史を学べ。未来を見通せるようになるまでな。そして自分の頭で答えを出せ。その上で、まだ俺に喧嘩を売りてえなら、そのときは買ってやる」
「……」
「まあ、安心しろってことだ。俺はお前が思ってる程の悪人じゃねえよ」
その後、僕はアイカと二人でこの世界について学んだ。かつて人々は魔物に対抗するために教団を作り、教団は儀式によって力を顕現させていた。しかし儀式には何百人もの教徒の力が必要で、魔法一つ発動するにも相当の労力がかかった。人々は魔物の進化に焦り、儀式を別の形に昇華させるために様々な研究が行われ、その中の一つが血の研究だった。研究過程で異形の者が誕生しているが、当時これは成功と言われた。異形は人類を遥かに凌ぐ力を持ち、彼らの血に含まれる強力な毒性は魔物に対しても有効であったためだ。しかし異形に理性は無く、血の毒は人類をも脅かし、やがて魔物が異形の毒に抗体を持ったとき、研究の失敗と更なる進歩が必要であることを知る。その後も研究は続けられ、教団の怨念によって一つの完成を迎えた。教団の力を怨念に封じ、それを人間に宿すことで儀式無しに魔法を打つことができるようになったのだ。これで人類は魔物の進化に追いつくことができたが、教団の怨念を生み出すには常に数百人、時に千を超える犠牲が伴う。必ず成功するわけではないことも理由の一つであったが、それ以上にその手法に問題があった。怨念を生むには儀式に必要な人数分の教徒を異形に食わせる必要があり、それを疑問に思う者も多く、研究には更なる進歩が求められた。そして辿り着いたのが、異形に人間の子を産ませるという手法だ。まず異形に人を食わせることで怨念とし、怨念と人が交わることで初めから力を宿した人間を生み出す。この研究は長きにわたり続けられ、やがて力を持った人間が誕生した。彼らは旧人類を淘汰し繁殖を続け四つの勢力を築く。そこから暫くの安寧の後、いつしか異形は恐れの対象でしかなくなり、カオスの英雄がそれを滅ぼした。そして現代、再び魔物の進化が人類を超越し、ついには討伐不可能と言われる個体まで出現するに至っている。今人類には再びの進化が求められ、ここに一つの研究が完成を迎えた。異形の血を取り込み操るという新たな境地、僕が人類の進化の証だ。




