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カオスの二人を飲み込んだ血は僕から一定の距離を置いた場所で固めておき、一度アイカを安全な場所まで運んだ。元の場所へ戻ると、青いローブの男は固まった血を爆破させながら前進し、僕の前まで辿り着くと腰に携えていた剣を引き抜く。
「少し、余計なことを考えていた。私は自分の使命のために戦わなければならない。邪魔な障壁は突破するまでだ」
「これ以上は何もさせません……」
僕はナイフで自分の手首を切り、そこから流れ出る血を急激に増幅させた。血は僕の周囲に巨大な外殻を形成し、そこから更に複雑な変形を重ね、やがて魔物を象った。思い描いたのは図鑑で見たアポピスの姿。外見は巨大な蛇のようで、外皮は固く刃物は通らない。僕の知る中ではこの世で最も強い生物だ。
アポピスは巨大な口を広げ青いローブの男に食らいついた。彼は剣に青い炎を纏わせアポピスの牙を受け止めようとするが、牙の何本かは彼の体を抉るように引き裂いていき、質量で押す形でそのまま瓦礫の山に突っ込んでいく。直後にアポピスの口内で連続して爆発が起こり、その頭部が丸ごと吹き飛ばされた。
強度が足りていなかったようだ。もっと固く、より本物に近づけなくては。
アポピスは吹き飛ばされた頭部をすぐに再生し再び牙をむくが、その間に青いローブの男は剣を素早く二度斬り上げた。アポピスの体にX字型の斬撃が入り、ヒットした箇所から強烈な炎が上がる。その熱で血が溶かされアポピスの体は大きく崩れ、僕はすぐに立て直そうとしたが、炎の勢いが止まらず上手くいかない。
ローブの男が崩れかけたアポピスの体に剣を突き立てると、その場所からまた炎が上がり、周囲の血が一気に蒸発していく。
僕は熱に耐えられず後退したが、溶かされた血の一部を鎧のようにして身に纏い、同時に血で一本の剣を象り両手で握りしめた。更に生成した装備を教団の力により限界まで硬化させていく。
ローブの男はアポピスの体を完全に焼き払うと、こちらへ向かって走った。彼が僕に到達する一歩手前、彼の踏み込んだ地面に溜まった血を固めると、彼は足を取られ大きく大勢を崩す。僕はその隙を突くように剣を振るうが、ローブの男は体を捻じるようにして避け、地面に剣を刺してすぐに体勢を立て直す。
そこから僕は何度も剣を振ったが彼には届かず、不意に目の前で爆発が起き一瞬視界を奪われると、その隙に手甲に攻撃を受け手元が痺れた。次の瞬間、握っていた剣が弾き飛ばされ、宙を舞う剣に気を取られていると鎧にX字型の斬撃が叩き込まれる。同時に歪な音が響き、鎧からは炎が上がり、僕は熱に耐えられず鎧を溶かして脱ぎ捨てた。無防備になったところへ追撃の爆発を受け、吹き飛ばされて地面を転がる。どうにか受身を取ったが立ち上がることはできずその場に蹲った。
アイカは逃げられただろうか。シルベは、街の人たちは……。そもそも戦争の状況は……僕がここで敗北することにどれほどの重みがある?彼ら、ローブの男と鎧の少女、二人がこの街を突破し侵攻を続けた場合、ブラッドの他の街には一体どれほどの被害が出る?あといくつの街が焼かれることになる?
遠のいていく意識の中、色々な考えが頭を過った。
ローブの男は僕よりも遥かに強いが、それでも負けることは許されないのかもしれない。どんな手を使っても、或いは命を捨ててでも、彼らを止めなければ。これは、ブラッドの未来に関わる重大な一戦だ。
ローブの男は蹲る僕に接近してきて、僕は彼が血の溜まった領域に足を踏み入れるその瞬間を狙った。血だまりの中から槍状に固めた無数の血塊が一気に放たれ、いくつかが命中しローブの男の体を貫いていく。彼は辛うじて急所を庇い致命傷を避けたが、不意を突く攻撃に怯み一度大きく後退する。
そして彼はゆっくりと視線を上に向けた。血だまりの中から這い出てきたのは、見上げるほどの巨体をもつ首の無い巨人。巨人は僕の意思に従い、その拳でローブの男を叩き潰すように上から殴りつけた。それから何度も繰り返し拳を振るい、その姿はカオスの侵攻を止めたいと願う僕の意思が具現化したようだった。
しかし巨人の拳は突如として砕け散り、その足元でローブの男が吼える。彼は目で追えない程の速さで剣を振り巨人の体に次々と斬撃を入れると、巨人の周囲には大量の粉塵が漂い、それを一度に着火させることでこれまでにない規模の爆発を起こした。
僕はその爆発に巻き込まれ、吹き呼ばされたところで意識が途切れた。敗北、ブラッドにとって許されない事実、それだけが僕の記憶に残った。