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僕はメイド服の女性を病院に預け、その後一人で宿の二軒隣の店へ向かった。中へ入ると照明が消えていて薄暗く、人の気配も無い。カウンターの奥へ行くと、一部歪な床を見つけ、そこが地下へ続く隠し通路になっていた。
地下への道は予想していたよりも遥かに長く、浮いている土地であることを考えるとこのまま下に突き抜けてしまうのではないかとさえ思えた。ようやくたどり着いた空間はとても広く、棚には液体の入った瓶が並んでいる。
その場にアウローラが立っていて、彼女は僕を見てすぐに教団の力を開放した。アヤから受けた傷はまだ回復しきっていない様子だ。
「貴方ですか……。よくここが分かりましたね」
「戦闘の意志はありません。話をしに来ただけです」
「話?いいですよ、何を話しますか?この地の歴史でも語りましょうか?」
「だいたいの予想はつきます。過去長く続いた奴隷制を、十年ほど前に貴女がひっくり返した。そしてその地位に就き、思うままに復讐している」
「ええ、そうです。ずっと虐げられてきた力無き我々が、ようやく勝ち取った時代です。たった十年で終わらせるわけにはいきません」
「その先に未来が無いことくらい、貴女にだって分かっている筈です」
「未来なんて、そんなものを望んだことは一度もありませんよ」
アウローラは背の翼を大きく広げ、羽ばたかせると同時に一気に僕との距離を詰めた。彼女は竜の腕で僕の首を掴み、勢いよく頭部を壁に叩きつける。
僕は彼女の腕を掴んでどうにか引きはがそうとするも叶わず、彼女が更に力を込めると意識は急激に遠のいていく。しかし彼女の爪が首に食い込み血が流れると、僕はその血で刃物を生成しアウローラの腕に突き立てた。するとアウローラは慌てて僕の首から手を放し血の刃を引き抜いた。それほどダメージは無い筈だが、血は毒という感覚が強いのかもしれない。
アウローラは僕から距離を取り、戸惑った様子で口を開く。
「どういうことですか……?何故、力を開放せずにそのような異能を……」
「ああ、これは元々備わった力なので……。それをより強くするのが僕の能力です。過去に僕と同じ能力を持った人間がこの大陸にも居た筈ですが」
「血を強く……。なるほど、アヤの母親ですか……。地上でそれを受け取ったのが貴方だと……」
アウローラは近くの棚から何かを手に取り、それをこちらに投じた。僕は反射的に避けたが、壁に突き刺さったそれを見ると黒く淀んだ血が滴っている。異形の血が塗られた毒針のようだ。
アウローラはたて続けにその毒針をこちらへ投じた。
「その能力が異形の毒を無効化しているのですね?だから効かなかったのでしょう?」
僕は毒針を可能な限り避け、避けきれないものは血の刃で弾いていく。
過去アヤの母親に毒を盛った際、その場で異形化しなかったことを疑問に思っているようだ。それがイコルの能力の一部であると、今この場で確かめようとしている。しかし実際には無効化まではできない。効力を遅らせるだけだ。
『戦いましょう。アラン様』
イコルの声に僕は教団の力が開放し、血の鎧を纏い、血の剣を握りしめたが、そこから踏み出した一歩はとても重かった。虐げられてきた歴史、長きにわたる痛みの果てに、ようやく勝ち取った希望。それを奪うことを正義と呼べるだろうか。この地と何の関係もない僕に、彼女と戦う資格はあるのだろうか。
アウローラの投じる毒針を剣で弾きながら前進すると、彼女は逃げるように距離を取った。僕は構わず前進を続け彼女を壁際まで追い込むと、剣を素早く二度振り上げる。右翼と左腕それぞれに斬撃を与え、表面を覆う竜鱗を切り裂き周囲に血が飛び散った。
強度だけならこちらの剣の方が上だ。空中戦ができないこの空間なら、間違いなく僕に分がある。
アウローラは怒りに身を任せたように竜の腕を振るってきたが、僕はその動きを見切り剣で受け流すと、続けて攻撃に転じた。僕の剣は狙った箇所へ簡単にヒットし、そこから何度か一方的に斬撃を与えると、アウローラはついにその場に倒れ口から血を吐きながら僕を睨みつける。
「蘇ります……過去の記憶が……。それを、正義とでも思っているのですか……?」
僕は彼女の手足を血で縛って拘束し、それから自身の鎧を解いた。
「すみません……。でも、僕は僕の正義に従うしかない……」
そう言いながら罪悪感に俯くと、次の瞬間足に痛みが走った。見るとアウローラが僕の足に毒針を突き刺していて、血の拘束は硬化が甘かったのか振りほどかれている。
僕は慌てて距離を取り毒針を引き抜いた。
「やはり効きませんか……。それなら……」
アウローラは立ち上がると、傷だらけの両翼を広げ僕を避けるように壁際を移動した。
僕は再び血で鎧を作ろうとするが、どうしてか上手くいかない。
『あ……アラン様……。この感じ……私、もう……』
イコル、大丈夫?……イコル?
「ごめんなさい……私、これだけはもう……」
声の方を向くと一人の少女が立っていて、申し訳なさそうにこちらを見ている。僕が何か言おうとすると、その少女はこちらに背を向け走り去ってしまった。
その間にアウローラは壁に埋め込まれた制御盤を操作して何かを作動させる。
振り返るとすぐ後ろの壁が開き、眼下には大陸の外、雲海が広がっている。アウローラは両翼を羽ばたかせることで強風を起こし、僕はその風圧に耐え切れず、開いた壁から外へと投げ出された。




