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兵士の案内で宮殿の一室へ入ると、中は広く長いテーブルが置かれていて、僕が席に着くと暫くして食事が運ばれてきた。僕は出されたものを口に運ぼうとしたが、妙な匂いに手を止める。血の匂いだろうか。もしくはそれに近い何かが混入しているようだ。
『食事に血、ですか……。異形の血かもしれません』
それって、毒を盛られたということ?
『そうなります。食べれば異形化してしまうでしょう』
食事を運んできたメイド服の女性は、僕が急に手を止めたのを見て声をかけてきた。
「どうされましたか?」
「すみません、あまりお腹空いていなくて」
「そうでしたか……。一口だけでも、いかがですか?」
「いえ、その……妙な匂いがして」
「匂い?」
「はい。血のような……」
「ああ……申し訳ございません。不手際があったのでしょう。すぐに片付けます」
メイド服の女性は食事を片付け始めたが、その間に何度も僕の顔を睨むように見てきた。毒に気づかれたことに苛立っているのかもしれない。
もしそれがアウローラの指示だとしたら、彼女は僕を……いや、僕たちを殺す気だ。アヤさんも危険な目にあっている可能性が高い。
メイドが食事を片付け部屋を出ていくと、入れ替わるように数名の兵士が部屋の中へ入った。彼らは僕を囲い込み腰の剣を抜くと、何も言わずにそれを振り下ろす。僕は咄嗟に席を立ち回避したが、本来であれば斬撃は受けるのが定石だ。効率的に血を流し反撃に転じられる。しかし食事に毒を盛られた以上、剣にも毒が仕込んであると考えた方がいい。
僕は教団の力を開放し指を噛んで血を流すと、増幅させた血を壁のように硬化させ身を守った。
この地の人間にとっては見たことのない技なのか、兵士たちから戸惑いの声が上がっている。
何故僕を排除しようとするのかは分からないが、こんな場所で戦闘するつもりは無い。僕は血の壁を移動させながらどうにか逃げ道を探した。
『教団の力に怯えているのでは?』
えっと、アウローラが?
『はい。この地にはその方以外に教団を保有する者が居ないのかもしれません。だから支配することも可能だったのではないですか?』
そうか……だとしたら、かつてアヤさんがこの地を去ったのも……。
『陰謀かもしれません。彼女の父親と、そして私の以前の主様が亡くなったことも、全て含めて……』
え……それ、どういうこと……?
『思い出したのです。ずっと昔の、ここでの記憶を』
イコルの力で生成された血の壁は兵士の攻撃をものともせず、無事に宮殿から脱出することができた。外へ出ると、直後に轟音と共に宮殿の一部が崩れ落ち、竜の翼を持つ二人が上空へ飛び出した。一人は風を纏う竜人のアヤ、もう一人はより完成された竜の姿をしている。恐らくあれがアウローラの持つ教団の力だろう。
彼女たちは空中で何度も衝突していたが、空での戦闘に僕は介入できない。暫くして二人が地上へと降り、それを見て僕は彼女たちの元へ駆け寄った。二人とも翼に傷を負っていて、これ以上は飛べない様子だ。
アヤは口から血を吐きながら地面に倒れ込む。
「アラン……あいつを、殺して……!お願い……!」
「知人の方は……」
「居なかった……。アウローラに殺されたの……親も、みんなあいつに……」
アウローラの方を見ると、彼女は全身の至る所から出血していて、地面に膝を着き目に宿る教団の輝きも消えかけている。
僕は指を噛んで血を流し、教団の力を開放した。血を増幅し全身に鎧を、手に剣を握る。アウローラに近づくと、彼女は僕を睨みつけ途切れ途切れに言葉を口にする。
「血の武装……?それが、貴方の力ですか……。サカズキの力ではなかったのですね……」
「サカズキ……?」
「まあ、いいでしょう……。強大な力は、排除するのみ……。何度でも……!」
アウローラはゆっくり立ち上がると、傷だらけの両翼を広げた。しかしふらつきながら数歩進み、再びその場に膝を着く。
僕は両手で剣を握り、アウローラの方へと一歩前進した。既に剣が届く距離だ。ここで振り抜けば、命を奪える。
僕が覚悟を決めるまでそれほど時間はかからなかった。ほんの僅かな時間だった筈だが、しかしその間にアウローラは竜の腕を振り僕の剣を弾いた。剣が手から離れ宙を舞い、即座に立ち上がったアウローラが更に竜の腕を振るう。その掌が僕の鎧を捕らえた時、彼女は叫び声を上げながら渾身の力を込めた。




