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僕が闘技場の中央に立つと観戦席から多くの声援が送られたが、そのほとんどが今対峙するルークに向けられたものだった。ルークの実力は学内にも知れ渡るほどで、授業の参加者はもちろん他の学年の生徒たちも彼の戦闘を見に来ている。
僕も前回模擬戦では決勝まで勝ち上がり、五年目の生徒の中で第二位の実力を持つことを示したが、それで尚これほどルークに人気が偏るのは前回の試合の内容故だ。ギリギリで決勝まで勝ち上がった僕に対して、ルークは全ての試合で全力を出すことなく余力を残したまま優勝している。
前回彼と戦ったときは勝てるイメージが全く湧かなかった。だからこそ、今日まで彼を目標に成長してこられたと思う。もしルークにも弱点があるのだとしたら、それは敗北を知らないことだ。
「さて、始めようぜ」
彼の言葉に僕は黙って頷き、そして声援も落ち着いた頃に戦闘開始の合図が鳴った。
ルークの武器は単純なパワーとスピード。彼は瞬時に僕との間合いを詰め、勢いを乗せて蹴りを放った。僕は素早く指を噛んで血を流すと、流れた血は手甲を象り僕の手を覆い、僅かに紫色の光を帯びて固まる。
僕の住む地域一帯を治める組織は、その戦闘手法からブラッドと呼ばれる。ブラッド戦闘員は魔力を秘めた特殊な血液を体内に流し、出血で流れた血を自在に操ったり、多少の傷であれば即座に癒すこともできる。血を流すことで発揮される力。逆に言えば出血しなければまともに戦えないのが僕たちブラッドの戦闘員で、学校からの退学者が減らないのもそれが一番の理由になる。出血に伴う痛みに慣れることができなかった者は、皆学校を辞めていくのだ。
僕の血が僅かに紫色を帯びているのは生まれつきの体質で、検査してもらった際には特殊な鉱石と同じ成分が検出された。しかし健康上は特に問題ないと言われており、戦闘の中でも障害にはならない。
僕は生成した血の手甲を構えてルークの蹴りを受け止めた。
固めた血の強度はその者の血に宿る魔力に依存する。普通は生身の人間の足に強度で負けることは無いが、ルークはその足で僕の手甲を砕いた。
これがルークの会得している正体不明の体術。硬い筈の血の武装を平気で打ち砕くほどの威力があり、単に鍛えただけとも思えずどういう原理なのかは分からない。
蹴りの衝撃で一歩後退した僕に、ルークはすかさず追撃を入れる。大きく踏み込むと同時に振り抜かれた彼の拳は、そのまま僕の腹に突き刺さった。
激しい痛みに僕は大きく後退しその場に膝を着く。地面に着いた手に力を込めて、せき込みながらどうにか視線をルークの方に向けた。
彼の姿が消えている。背後に回られたか……いや、上だ。
瞬時の判断でルークの跳躍からの一撃を回避し、立ち上がると同時に今度は右手の指を全て噛んで血を流した。手を振って血を払うと、飛び散った血は糸の様に細く固まり、しなりながら網を形成する。血の網はルークを捕らえ、その体に巻き付いて動きを鈍らせた。
僕はルークに巻き付いた糸を一気に引き寄せ、同時に左の拳を彼の頭部目掛けて振った。ルークはとっさに腕でガードしたが、腕に巻き付いた糸を引いてそのガードを強制的に下へ向ける。僕の拳がガードの上を通過し彼の頭部を完璧にとらえると、さすがの彼も怯んで一歩後退する。
しかし次の瞬間、彼に巻き付いていた血の糸が全て断ち切られ、頭部に強烈な衝撃が襲った。一瞬のことで理解が追い付かなかったが、拳で強打されたようだ。頭部は地面に叩きつけられ意識が飛びそうになる。
「まだやるか?」
ルークの声が聞こえ、僕は倒れたまま呼吸を整える。
「まだ……やれる……」
「なら立てよ。待ってやる」
「悪いね……」
僕がゆっくりと立ち上がり、一度ルークと目を合わせた。
口の中を切ったのか、彼の口元には血の跡がある。こちらの攻撃が全く効いていないわけじゃない。前回よりは多少の進歩だ。
僕は頭部から流れる血を手で拭い、その血を再び糸状に固める。血の糸を今度は自分自身に巻き付け、そのままルークに向かっていった。
ルークは素早いステップを踏んで視界から消え、左方向から拳を放ってきた。先ほどのダメージもあり、相手の攻撃に合わせて体を反応させるのは難しい。けれど、左から来ると頭でだけ理解していれば、後は自分に巻き付いた糸を引くことで無理やり体を回避させることができる。
確か、マリオネットと呼ばれている技術だ。ブラッドの戦闘技術は習得難易度によって縦と横の二つに分類され、マリオネットは横の技術、簡単な方に分類されている。
僕はルークの拳を紙一重でかわし、そこから続く彼の猛攻を無理やり体を操ることでやり過ごした。隙を見つけてはこちらからも攻撃を仕掛けるが、しかしルークの攻撃は度々僕の体を掠めていく。
見ている側からすれば互角の戦いかもしれないが、体を無理に動かしてギリギリで対応している僕が圧倒的に不利だ。
今回も駄目か。そう思った一瞬の隙を突かれ、再びルークの拳が僕の頭部をとらえた。
その後の記憶はない。彼の一撃で意識は完全に途切れ、僕はその場に倒れた。