スチュワート王国の孤児院の運営
それから1か月近くナデシア聖教国に滞在したオレ達は、スチュワート王国に帰ることにした。
「アスラさん。俺達との約束覚えてくれてますか?」
オクトが心配そうに聞いてきた。セプト達も一緒だ。
「覚えているさ。孤児院のことだろ?ところで、オクト達の孤児院はどこにあるんだ?」
セプト達が嬉しそうだ。
「オレ達はスチュワート王国のワサイの出身なんです。」
ワサイと言えば王都ビザンツの北の街だ。
「オレもスチュワート王国の出身なんだよ。」
「知ってますよ。アスラさんは十数年前の事件で有名でしたからね。でも、まさか魔王と恐れられていたアスラさんが慈愛神様だとは驚きですよ。」
オレが困っているとリンが言った。
「アスラ。もう世界中に知られてるわ。今更隠せないわよ。」
「そうだぞ。だが困ったよな~。行く先々で拝まれることになりそうだな。」
「大丈夫。慈愛神様はガイア。アスラ兄じゃない。」
マロンの言う通りだ。オレはアスラであってガイアとは名乗らないのだから。それから、アンソニーやみんなに挨拶してスチュワート王国のビザンツに転移した。さすがに、暁のメンバー達も転移に慣れてきたようだ。
「やっぱりすごいわね!アスラさんの魔法!」
「ジュリー!今更何よ!」
「だって一瞬でナデシア聖教国からここまで移動したのよ!感動じゃない!」
すると、リンが言った。
「ジュリーは途中の宿代が浮いたから感動してるのよ!」
図星を言われたジュリーはさすがに焦ったようだ。
「そんなんじゃないですから。」
みんなが騒いでいると、ミコトがオレの傍に来た。
「これからどうするんだ?」
「一旦お父様とお母様に会いに行きたいんだけど。」
「アスラはまだまだ子どもだな!」
「違うさ。ナデシア聖教国のことを報告するだけさ。」
いつの間にかリンとマロンも近くに来ていた。
「またまた~。恥ずかしがらなくてもいいのよ!」
「アスラ兄、甘えん坊!」
「マロンまで何言ってるんだ!」
確かにそうかもしれない。オレの近くにはリン、マロン、ミコトがいつでもいてくれる。だから寂しいわけではない。ただ、お父様やお母様のことが心配なのだ。
オレ達は暁のメンバーと一緒に王都ビザンツの侯爵屋敷に帰った。暁のメンバーは、オレがホフマン侯爵の一人っ子であることを知らなかったようだ。
「お父様。お母様。只今戻りました。」
「あらあら。アスラちゃん。お帰りなさい。」
お母様がいつものようにオレに抱き着いてきた。暁のメンバーがニヤニヤしている。慈愛神が子ども扱いされているのが、よほどおかしかったのかもしれない。
「アスラ。お帰り。そちらの方達はどなただ?」
「はい。旅の途中で知り合った冒険者パーティー暁の皆さんです。」
「そうか。」
すると、お父様がフレンドリーに挨拶した。
「私はアスラの父でウイリアムだ。こっちは妻のジャネットだ。よろしくな。」
「ジャネットよ。ゆっくり寛いでね。」
暁のメンバーは侯爵に挨拶されて固まっている。
「オクト!何をぼさっとしているのよ。座りなさい。」
リンに言われて慌ててソファーに座った。そして、オレはナデシア聖教国であった出来事を最初からすべて話した。その結果、翌日には王城に報告に行くことになった。
「アスラさんは国王陛下にお会いになられたことがあるんですか?」
「セプト!何言ってるのよ!アスラさんはホフマン侯爵家の人間よ。あるに決まってるでしょ!」
するとリンが提案してきた。
「アスラ!どうせ国王に会うなら、この国の孤児院について相談した方がいいかもね。」
「確かにな~。」
その後、暁のメンバー達と街を散策してお気に入りのレストラン『ミリュー』でご飯を食べた。この店の料理はいつ来ても美味しい。今日のオレは『ハンバーグ』と呼ばれる肉をこねたものを食べた。マロンとミコトは初めての挑戦とか言って『カレー』と呼ばれるものを注文していたが、辛かったようでヒーヒー言いながら食べていた。暁のメンバーはオレのお気に入りのオムを注文した。
「アスラさん。めちゃくちゃ美味しかったです。」
「喜んでくれて良かったよ。でも、あっちは大変そうだけどね。」
オレの指さした方向では、マロンとミコトが舌を出して水で冷やしていた。それから市場に行って、いつものように大量に食料を買い込んで空間収納に仕舞った。
「その食料はどうするんですか?」
「ああ、これは孤児院に行った時のためさ。みんなでバーベキューしたいだろ?」
すると、オクト達が全員でお礼を言ってきた。
「ありがとうございます。アスラさん。」
「やっぱりアスラさんは優しんですね。」
「ダメよ。ジュン。アスラには私達がいるんだからね。」
「大丈夫ですよ。リンさん。私にはセプトがいますし、ジュリーにもオクトがいますから。」
それから王都を散策して屋敷に戻った。その翌日、王城には暁のメンバーも一緒に行くことにした。
「俺達も王城に行くんですか?」
「当たり前でしょ!あんた達も活躍したんだから。」
リンに褒められたことがよほど嬉しかったのか、セプトがウルウルしていた。オレ達が王城に行くと、人数が多いこともあって会議室に案内された。しばらく待っていると、ユリウス公爵とビクトル国王がやってきた。シュバルツとマリアも一緒だ。
「帰って来たか。アスラ。」
「はい。お久しぶりです。」
「それで、ナデシア聖教国はどうであった?」
オレは昨日お父様に話した内容をそのまま話した。シュバルツもマリアも怒っているようだ。
「そうか。やはりあのヨハルト教皇が権力を欲しいままにしていたんだな。」
「ええ。でも、もう大丈夫ですよ。新たな教皇を信頼のおける人間にお願いしてきましたから。」
するとユリウス公爵がクスクスと笑いながら言った。
「まあ、アスラ殿に頼まれたら断ることもできますまいな。」
「それもそうだな。」
ハッハッハッハッ
ここでオレは本題に入ることにした。確か以前、マリアとシュバルツが孤児院の整備をしたと聞いた。それを踏まえて話をした。
「以前、シュバルツとマリアが孤児院の整備をしたと聞いていたのですが、未だに運営が困難な孤児院があるのはなぜなんでしょうか?」
するとシュバルツが答えた。
「アスラ。その件に関しては申し訳ないと思っている。孤児院が独立している場合は直接国が協力することができるんだが、教会が運営している場合はそれができないんだ。」
するとリンが聞いた。
「どういうこと?」
今度はマリアが答えた。
「私達が孤児院の運営に使うように寄付しても、教会はそれを上納金としてナデシア聖教国に渡してしまっているのよ。」
「そうなのか~。でも、もうヨハルト教皇はいないんだし、その仕組みを変えられるんじゃないのか?」
「そうね。」
すると、ユリウス公爵が説明してきた。
「ナデシア聖教会の中心は確かに教皇だが、それぞれの国にも大司教と呼ばれる人達がいるんですよ。彼らに話を通さないと無理ですね。」
この世界に人々の善意を食い物にするような人物が、ヨハルト教皇以外にもいるかもしれない。そう考えると怒りが込み上げてきた。
「わかりました。オレがこの国の大司教に会いましょう。」
ビクトル国王が困ってしまったようだ。
「アスラ。この国のジョージ大司教は誰からも好かれる人徳のある方だ。話をすればきっとわかってもらえると思うぞ。決して手荒な真似だけはしないでくれよ。」
「わかりました。」