ナデシア聖教国の大掃除
バーベキューを終えたオレ達は、元聖騎士達が移り住んでもいいように、聖都からここまで来る途中にある森の木々を斬り倒し、木材を調達していた。暁のメンバー達とギャラード達が器用にそれを木材に加工している。
「アスラさん。今日はもう遅いです。後は明日俺達が準備しますよ。もう終わりにしましょう。」
「ありがとう。みんな。お願いするよ。」
「アスラさん達は明日聖都に行くんでしょ?絶対に教皇を懲らしめてくださいね。」
「分かったよ。ジュン。」
その日もオレ達は希望の家に泊まった。ギャラードと元聖騎士達は一旦家族のもとに帰ったようだ。翌朝、オレ達は聖都に向かったが、暁のメンバー達は子ども達とお留守番だ。移り住んでくる人達のために木材を調達するのだ。
「アンソニーさん。行ってくるけど、昨日の話、お願いしますね。」
「わかりました。アスラさんのご期待にこたえられるように頑張ります。」
オレ達は聖都に向かった。聖都の入り口にいるはずの警備兵が誰もいない。ただ、街の中の様子は普段と何の変化もなかった。そして、オレ達は大聖堂へと歩き始めた。大聖堂の入り口までくると、教皇の使いというマゼット司教がやってきた。どういうことだろう。
「何か変だぞ!アスラ!」
「そうだな。」
「もしかしたら、戻った聖騎士達の話を聞いて教皇も観念したのかもね。」
「それならいいけどね。」
マゼット司教はオレ達の前を歩きながら、オレ達の話を聞いているようだった。そして、振り返って言ってきた。
「あなた様は慈愛神様ですよね。お願いがございます。」
「お願い?」
マゼット司教はオレを神だと知ってもなお、毅然とした態度で言ってきた。
「はい。私は間違えていると知りながらも教皇様の命令に逆らうことができませんでした。ですからどうなっても構いません。他の司教や司祭も同じです。ですが、この国の国民達は違います。彼らは犠牲者なのです。我々と違って、彼らは反対すれば即座に殺されます。ですから、逆らうことができなかったのです。せめて、この国の国民達だけでも許していただけないでしょうか。」
するとリンが前に出た。
「あなた何か勘違いしてるんじゃない。司教や司祭の中に教皇に積極的に加担した者がいるでしょ。国民の中にもいるわよね。そんな奴らを何もなしで許せると思うの。罪を犯したら償うのは当然じゃないの。」
「もしや、あなた様が天使様ですか?」
「そうよ。」
するとマゼット司教がさらにお願いしてきた。
「天使様のお言葉はもっともでございます。ですから無条件に許して欲しいと言っているのではありません。その罪の重さに応じて罰をお与えください。どうか、私の我がままをお聞き届けください。」
「考えておくよ。」
オレ達がマゼット司教に案内されて大聖堂の大会議室に入ると、そこには教皇と司教、司祭がいた。教皇の席の後ろには大きなナデシア様の像が立っている。オレ達の姿を見て、司祭も司教も通路を開けて片膝をついた。そして、正面の席に座っていた教皇が席を降りてオレ達の前までやって来て片膝をついた。予想外の行動だ。
「慈愛神様、天使様。お待ちしておりました。どうぞこちらに。」
席が2つ用意された。オレとリンが席に座り、マロンとミコトが脇に立って控えている。
「ようこそ我がナデシア聖教国にお越しくださいました。皆様がお越しになるのを首を長くしてお待ちしておりました。」
教皇は悪びれることもなく、堂々と挨拶をしてきた。最初にリンが問いかけた。
「ヨハルト教皇。ここに来るまでに私達は聖騎士に襲われました。どういうことか説明しなさい。」
「はい。皆様のことはどの聖典にも書かれておりませんでしたので、どうやらユカルダ司教が独断で聖騎士に命令して皆様を襲わせたようです。本当に申し訳ありません。」
今度はミコトが聞いた。
「街の者に聞いたのだが、この街ではあなたの悪口や教会の悪口を言うと収容所に送られると聞いたが、どういうことだ?」
「はい。私も知らなかったのですが、ユカルダ司教が一部の司教と共謀していたようです。監督不行き届きで申し訳ありません。」
そしてマロンが言った。
「信じられない!」
すると教皇は少し焦ったようだ。目の前の司教を見て命じた。
「ユリアノ司教。もし収容所に捕らえられているものがいるならば、その者達をすぐに開放せよ。」
「はい。」
「これでよろしいでしょうか?」
どうやらヨハルト教皇は知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだ。オレは教皇に言った。
「お前の言葉に嘘はないとナデシア様に誓えるか?」
ヨハルト教皇はためらうこともなく返事をした。
「もちろんでございます。慈愛神様。」
すると、大会議室に立っているナデシア様の像が血の涙を流し始めた。これにはさすがのヨハルト教皇も動揺した。司教達も司祭達も恐怖で震えている。ここでリンがいきなり立ち上がって神気を解放した。辺り一帯が眩しい光に包まれ、リンの背中に純白の大きな翼が現れた。全員がその美しさに見とれている。
「お前達に教えてあげるわ。」
リンがオレの方をチラッと見た。何かオレにも聞かせたいのだろう。
「この世界をお作りになったのは創造神様よ。創造神様は絶対なる愛の神、愛の化身なのよ。そして、この世界を管理しているのは最高神ナデシア様。ナデシア様は絶対なる慈しみの神よ。」
「天使様のおっしゃる通りです。聖典にもそう書かれていました。」
「なら、どうして気が付かないの!ここにいるガイアは慈愛神なのよ。創造神様と最高神様によって生み出された神なのよ。他にも神々はいるけど、慈愛神は別格なのよ。創造神を父に持ち、最高神を母に持つ神なのよ。ヨハルト教皇!あなたはその慈愛神に嘘をついているの!わかってるの!」
リンに言われてすべてのことが走馬灯のようによみがえってきた。そうだ。幼き頃、オレはいつもナデシア様の近くにいた。そこは常にきれいな花が咲き乱れていて、精霊女王や大精霊達と戯れていた。
「ま、ま、まさかそんな!!!」
目の前を見ると、どす黒い生き物がいる。少し離れたところにも黒色の闇を放つ生き物達がいる。
「ヨハルト。お前に与える慈悲はない!滅せよ!」
オレが手をかざそうとするとヨハルト教皇は必死の形相で逃げ出そうとしている。だが、オレの手から出た光の竜が頭からヨハルト教皇を飲み込んだ。その様子を見て司教達も司祭達も震えが止まらない。
「マロン!ミコト!お前達の出番だ。」
脇に立っていたマロンとミコトの背中に白い翼が現れた。そして、2人が司教と司祭のところに行き魔法を唱えた。
『ジャッジメント』
すると、教皇に積極的に加担した司教と司祭の身体に黒い蛇が巻き付いていく。
「お、お、お許しを!」
「どうかご慈悲を!」
ここで、マゼット司教がオレ達の前に出て平伏して言った。
「お願いでございます。彼らにも家族がいます。どうか命ばかりはお助け下さい。代わりに私の命を差し出しますので。」
マゼット司教が手に隠し持った短剣で自分の胸を突き刺そうとした。だが、短剣はパリンと音を立てて折れてしまった。
「マゼット!この者達の処分はお前に任せる!だが、ここにいる全員が罪を犯したことに間違いない。」
オレが彼らに手をかざすと全員の首に『慈愛の輪』が嵌められた。
「悪さをすればその輪がお前達の首を斬り落とす。今後、お前達が人の役に立つ生き方をすれば罪が許され、その首輪は自然と外れるだろう。」
マゼットと司教、司祭の全員が涙を流しながらオレに平伏した。
「終わったわね。」
「まあな。それより、リン。後で聞かせてくれるんだろうな。」
「わかってるわ。」
オレ達は転移で希望の家に戻った。




