総力戦(3)
リンとマロン、ミコトが城の外で戦っていた頃、城の中ではオレとマジョリーヌが謁見の間でカエサルとケッセラと対峙していた。するとカエサルが声をかけてきた。
「お前が魔王か?」
「ああ、そうだ。」
「なるほどな。確かにお前からは膨大な魔力を感じるぞ。お前がこの世界で魔王を名乗っても不思議でも何でもないな。」
隣にいたマジョリーヌがカエサルに大声で話しかけた。
「カエサル!しっかりしなさい!あなたはそんな奴に操られる程度の人じゃないでしょ!」
「フフフフフ ハッハッハッハッ」
カエサルの隣にいたケッセラが大声で笑った。カエサルはまるで人形のように力なく動きを止めた。
「やはりわかっていたか。だが無駄だ!お前がいくら騒ごうとこいつの心には届かないさ。こいつは俺様の言うことしか聞かねぇからな。」
「ケッセラ!お前の目的はなんだ?」
するとケッセラから予想外の答えが返ってきた。
「俺の目的?それはお前と同じだろ!この世界の怒りや悲しみ、憎しみの感情を食べることさ!」
「どういうことだ?」
「惚けるなよ!ガイアさんよ。お前さんは俺と同じで怒りや悲しみ、憎しみが大好物なんだろ。そうやって負の感情を食べて黒龍を生み出しては、さらに大量の怒りや悲しみ憎しみの感情を食ってるんだからな。この俺よりも悪質じゃねぇか。」
「違うさ。オレはこの世界を平和にして、人々が悲しまず苦しまない世界を望んでいるんだ。お前と一緒にするな!」
“もう少しだな。もう少しで黒龍が誕生する。そうなれば俺様が黒龍と一体化してこいつを食らってやる。俺様が最強になるのももうじきだ。”
「ガイアさんよ。お前がガキの頃、黒龍がお前の父親と母親を食い殺したのを覚えているか?あの黒龍はこの俺様が作り出したのさ。ハッハッハッハッ お前を狙って作り出したんだがな。」
「貴様が黒龍を・・・」
「ああ、そうさ。こうやってな。」
ケッセラが右手を上げると黒い球が現れた。その球には怒り、憎しみ、悲しみの感情がどす黒い色をして集まっていた。そして、その黒い球は巨大な黒龍へと姿を変えはじめた。
「ま、まさか?!」
「そうさ。黒龍を生み出せるのはお前だけじゃないんだぜ!この俺様にだってできるんだ!」
確かにケッセラの言うことに思い当たる節がある。2000年前に現れた黒龍と、数年前にスチュワート王国に現れた黒龍では強さが全然違っていたのだ。それにあの時のオレはまだ子どもだった。あの黒龍がオレから生まれたとは到底考えられない。オレの体の底から怒りが込み上げてきた。
「貴様が黒龍を生み出したのか!貴様がお父さんとお母さんを殺したのか!許さない!貴様は絶対に許さない!」
オレの身体から漆黒の魔力が溢れだし姿が変化していく。背中に漆黒の翼が出た。
「アスラさん!!!」
マジョリーヌがオレの名前を叫んでいる。その時、ケッセラが生み出した黒龍が大きな口を開けてオレに襲い掛かってきた。オレは背中の剣を抜いて咄嗟に魔法を付与した。剣からは黒い炎が揺らめいている。
「そんな作り物の黒龍などオレの敵ではない。」
オレは魔法を付与した剣をゆっくりと上から下に振り下ろした。すると黒龍は呆気なくその場に崩れ落ちて消滅した。マジョリーヌとケッセラには何が起こったのか理解できないようだ。
「さすがだな。やはりあの程度の怒りや憎しみでは十分な強さの黒龍が作り出せなかったか。」
「ケッセラ!貴様は何があっても許さん!両親の仇は取らせてもらうぞ!」
「ハッハッハッハッ 優しすぎるお前には俺は殺せんよ。殺れ!」
ケッセラが命じるとカエサルがオレとマジョリーヌに攻撃をしかけてきた。カエサルはバンパイア族の王だ。操られているとはいえそれなりに強い。一方、オレ達は本気で攻撃することができないでいる。
「ほらほらどうした?どうした?」
「カエサル!目を覚まして!カエサル!」
マジョリーヌが必死で声をかけるが反応がない。それどころか、本気でオレ達を殺そうと魔法まで放ってきた。オレ達は結界を張ってそれを防いだが、手の打ちようがない。すると、後ろからリン、マロン、ミコトがやってきた。
「アスラ!まだ終わってないの?こっちはみんな片づけたわよ!」
「早かったな。こっちはまだだ。思った通りカエサルさんがケッセラに操られているみたいなんだ!」
「ちょっと待ってて!」
リンの身体から眩しい光がカエサルに向かって飛んでいく。だが、ケッセラの魔法を解除することはできなかった。
「アスラ!魔法を解除するにはあのケッセラというやつを倒さないとダメみたいよ!」
「やっぱりな。」
オレは瞬間移動でケッセラのすぐ後ろまで行き、剣でケッセラに斬りつけた。だが、ケッセラもデーモンロードだ。簡単に倒せる相手ではない。ケッセラがカエサルを操ってこちらを攻撃してきた。突然蝙蝠が現れ、オレ達を攻撃してきたのだ。
「アスラ!カエサルさんのことは私達に任せて!それよりもケッセラを倒すのよ!」
「ありがとう。リン、マロン、ミコト!」
オレは再びケッセラの前まで転移した。
「フフフフ 面白い!お前と一騎打ちができるとはな。」
何故かケッセラが余裕の笑みを浮かべている。ケッセラが手をかざすと床や壁から黒い蔓が現れた。オレを拘束しようと向かってくる。オレは剣でそれを斬り刻みながらケッセラに向かう。だが、黒い蔓が邪魔して近づけない。
「敵の魔力を食らいつくせ!『グラトニー』」
ケッセラの周りを黒い闇が覆いつくしていく。ケッセラは体に力が入らなくなり焦りはじめた。
「貴様!何をした?!」
「お前が知る必要はない!これで終わりだ!」
オレはケッセラの前に転移してケッセラの胸を貫いた。ケッセラは口から血を吐いてその場に崩れ落ちた。すると、ケッセラに操られていたカエサルも力なく崩れ落ちた。
「お父さ~ん!お父さ~ん!」
「カエサル!カエサル!」
マロンとマジョリーヌがカエサルの近くまで駆け寄った。だが次の瞬間、信じられないことが起きてしまった。
グホッ
「ど、ど、どうして・・・・お父さん。」
一瞬の出来事だ。マロンの胸をカエサルの剣が貫いたのだ。カエサルの目からは大粒の涙が流れている。
「す、す・・・」
ハッハッハッハッ
ケッセラを確かめると倒れていたはずの姿がない。すると、カエサルの頭上にケッセラが現れた。
「あの程度で俺様がやられるわけがなかろう!俺を甘く見るなよ!ガイア!大事なものを奪われた気持ちはどうだ?これから時間をかけて貴様の大事なものを一つ一つ奪ってやるよ!」
オレの中の何かが切れるのがわかった。どうやら怒りが限界に達したようだ。身体から一気にどす黒いオーラが溢れ出し、巨大な黒龍へと姿を変えようとしていた。
「アスラ!ダメよ!アスラ!アスラ————!!!」
すると、ケッセラが笑いながら言った。
「とうとうこの時が来たか!これでこの世界は俺様のものになる!」
ケッセラが黒龍の中に溶け込んでいく。そして、黒龍はオレから身体半分を分離させたところで、オレを頭から飲み込もうとした。
「ダメよ!アスラ!黒龍に飲み込まれたらダメ!あなたがあなたじゃなくなっちゃう!」
「アスラー!!!」
リンの叫び声が聞こえる。だが、オレの意識は暗闇の中に落ちていく。
気が付くと、何故かオレは2000年前の世界にいた。目の前には黒龍に殺されたはずのアリスがいる。アリスが悲しい顔をしてオレに呼びかけている。
「戻って来て!ガイア!そっちに言っちゃダメ!戻って来て!ガイア!愛してるのよ!ガイア——————!!!」
オレは意識を取り戻した。すると黒龍が今にもオレを飲み込もうとしていた。
“このままだと黒龍が生まれてしまうな。どうすればいんだ?黒龍がオレから生まれるなら、オレがいなくなればいいのか!そうだ!簡単な事だったんだ!オレがこの世界からいなくなれば2度と黒龍が生まれることはないんだ!”
オレは魔法でミコトの腰から聖剣リジルを手元に呼び寄せ自分の胸にあてた。聖剣リジルは唯一オレを殺せる剣なのだ。
「貴様!何をする気だ?!死ぬ気か?!」
「ああ、オレが死ねばお前達も滅ぶさ!ケッセラ!お前も道ずれだ!」
「やめろー!」
オレは自分の胸を突き刺した。リンとミコトがオレの傍まで走ってくる。少し離れた場所にはすでに絶命したマロンが横たわっていた。自然とオレの目から涙が流れた。
「マロン!ごめん!守れなかった!」
「アスラ!しっかりして!アスラ!」
「アスラ!死ぬな!アスラ!お願いだ!死なないでくれ!」
リンとミコトの声がだんだん遠くなっていく。
「リン。後は頼んだ。お前のお陰だ。今までありがとうな。アリス。」
リンの目からも大粒の涙が流れた。
そして、オレの身体は光の粒子になって消えた。