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「コイツを、君が働くオフィスの集計用端末へ差し込んで欲しい」


 今朝、戸川団から唐突に子猫型USBメモリを押し付けられた瞬間、有紀は驚きに目を丸くした。


 それもその筈。櫛田ファンドのパソコンが入力用、集計用の端末に分けられ、厳重に管理されているのは社内のトップシークレットなのだ。






 具体的に言うと……


 顧客への対応、社内業務を担当する従業員は、各人一台ずつ「入力用端末」と呼ばれるPCを割り当てられている。


 独立行政法人や大企業等、特に重要な顧客は櫛田自身が扱っており、セキュリティは万全だ。


 極めて強固なファイヤーウォールを備える独自のデータベースで管理されている上、多くの人間が触れる分、セキュリティレベルは低くなりがちな「入力用端末」と物理的に切り離している。


 日々の業務データは、終業時間である午後6時の一時間前から集計。「入力用端末」から櫛田のデータベースへ唯一繋がる「集計用端末」へ移す決まりだ。


 その作業は、櫛田の腹心である各セクションのリーダーが直接行う為、有紀はこれまで一度も集計用端末へ触れた事が無い。






 そのトップシークレットについて、有紀より遥かに深い知識を団はひけらかし、最後は少し声を潜めて見せた。


「わざわざ面倒なプロセスを踏むのはね、要するに」


「……よ~するに?」


「それだけ、外へ漏らすとヤバい情報が、データベースの中で眠っているって事」


「……よ~するに、私達、CEOから全然信用されてないのね」


「と言うか、櫛田は誰も信用しない。だから集計用端末はソフト、ハードの両面でほぼ完璧にガードされている」


 半信半疑ながら、内心、由紀は納得していた。


 あのサイコパスCEOが関わり、極秘に拘る以上、どんなヤバイ内容でも不思議じゃないと思えた。


「もし、ネットを介して外部から櫛田ファンドへアクセスできたとしても、櫛田のデータベースに関する限り、存在を検知する事さえできないと思う」


「つまり外からじゃ見えもしない感じ?」


「ああ、どんな優秀なハッカーでも手が出せないだろうな」


 フンフン頷く有紀だが、ITにはかなり疎い。わからないなりに調子を合わせ、何とか理解しようとする内、ハッとした表情になって、


「ちょっと待ってよ。肝心な事をまだ聞いてない。あなた、何故、ウチの会社にそこまで詳しいの?」


 団は軽く肩を竦めて見せた。


「理由はシンプル。その強固なファイヤーウォールのプログラムを組んだのが、この僕だから、さ」


「え……それって、つまり……あなたはウチの社長と前から知り合いだったって事?」


「ああ、古いつきあいだ。あいつとは従弟でね」


「はぁ!?」


「子供の頃から、お互いの能力を知っていた」


「じゃ櫛田にも、何か特別な力があるの?」


「人を威圧し、コントロールする技術は凄かったな。いつの間にか、誰も逆らえなくしてしまう。異能と言うより、あいつの冷徹な性格や高い知能が為す業かもしれないが」


 その辺の感覚は、言われなくともわかる。


 単に会社のトップと言うのみならず、本能的に逆らえない空気を漂わせている様な、あの独裁者にはそんな佇まいを感じる。


「わかってもらえたみたいだね。でも、その先はもう詮索しない方が良いと思う」


「どうして?」


「君は僕の協力者じゃない。間違っても、僕の共犯になっちゃいけない」


 おどけていた団の目が、ふと真剣な輝きを帯びた。


「君は僕に……超能力者を名乗るペテン師の僕に騙され、脅かされ、無理矢理協力させられるんだ」


「無理矢理と言う感じには、あたし、今、なってませんけど」


「それは……え~、つまり、僕に人を騙すセンスが欠けているからであって……」


「大体、協力したくったって、あたしには無理。だって、仕事の終わりにデータを集計用端末へ入力するのはあたしの役目じゃないもん」


 由紀は熱を込めて反論した。


 彼女が働く総務部のセクション・リーダーは社内でも一二を争うベテランの天野千絵。洋三の愛人だったとの噂があり、お局様と呼ばれる美魔女だ。


「い~や、君の上司は本日お休み」


「はぁ?」


「そして、ナンバーツーの先輩は流行りの感染症で先週から休暇をとっているだろ。それ以外となると、君より若い派遣OLが一人いるだけだ」


「……よ、良くご存じで」


「従って今日に限り、彼女の代りに君が集計用端末をいじる事となる。君には、このUSBメモリを使うチャンスがあるんだよ」


「それも……あなたのその変な力で見抜いたの?」


「あ~、ちょい違うやり方をした」


「どんな?」


「昨夜、君と路地裏で会う前に、お局様の方を尾行したんだ。で、彼女にお腹を壊す兆候を感じたから、立ち飲みのコーヒーショップへお局様が立ち寄った時、隣に陣取り、隙を見て……」


 指先で、ササッと何か入れる素振りを団はして見せた。多分、下剤か何かを使ったのだろう。


「あ、もう良い! それ、聞きたくない。これ以上、話さないで」


「確かに僕は危ない橋を渡った。そして、その行動の結果、確実にお局が会社を休む因果を確立したから、次は君に接触を試みたって次第なのさ」


 団は強引にメモリを押し付け、有紀の片手へ握らせた。相手の動揺などお構いなしだ。この辺の横暴さだけは、従弟の櫛田と似ているかもしれない。


 そして、去り際に団はもう一つ要請を付け加えていた。

 

 もしUSBメモリを使う「プランA」が実行できなかった場合、次の手を打たねばならないと言うのだ。


 団の奥の手、「プランB」。


 これは有紀には完全に意味不明と思える行動であり、簡単に実行できる反面、余りにも馬鹿馬鹿しい。

 

 団自身、「プランA」を推奨していた。どうしても不可能な場合のみ「B」へ移行して欲しい、と何度も念を押している。


 そして、有紀が「やる」と答える前に、さっさと背を向け、その場を立ち去ってしまったのである。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
本当に団が千代のコーヒーに入れたのは下剤だったのですか? お腹を壊す兆候が見えたということは下剤を盛られる運命だったと言うことですかね? お腹を壊して欠勤したのは団に下剤を盛られたからですよね? 美…
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