京介と鷲崎一族
支隊の因縁がここにも…
「…侵入者、だと?」
「はい、どうやら猫田を助けようと狛達が入り込んだようです。現在は、降魔宮でレディが交戦中です」
狛達がレディと戦っているまさにその最中、槐は黒萩から報告を受けていた。いつものように護衛役の女妖怪を二匹従えていて余裕たっぷりの態度である。龍点穴で狛と戦った際には様子がおかしかったようだが、そんな異常はなさそうに見える。黒萩の話を聞き、槐は何かを考えているようだった。
「理由は狛らしいが、どうやってここが……ああ、そうか、お袋…ナツ婆の仕業か?ふん、猟犬の面目躍如と言った所だな。やはりハル爺同様、あの時に始末しておくべきだったか」
決して悪い親ではなかったはずのハル爺やナツ婆のことを、槐は事も無げに始末すれば良かったと言う。その精神はもはや常人とは異なっており、人の一般的な価値観からは離れている。その瞳には毒々しいまでの暗く赤いが宿っており、彼が人間ではない何かに変わりつつあることを如実に表している。
「……そのお父様…いえ、ハル爺は狛の手で消滅させられたようですが、よろしかったのですか?」
黒萩は遠慮がちに、槐に問いかけた。いつも冷静な黒萩が言い淀むのは珍しい。実際は、槐の親であるハル爺には最低限の敬意を持っていたらしい。そんな黒萩の物言いを笑い飛ばすように槐は答えた。
「ふっ、構わんよ。どうせボロボロの死体だったのだ。元々、少しでも何かの役に立てばと持って帰らせただけだからな。役立たずの死体など、どうなろうと構わん。そうだろう?」
「……はい、仰る通りです」
槐の言葉に、黒萩はほんの少しだけ身体を硬直させたが、誰にもそれを気付かせないようにしている。事実、槐も、その傍らにいる女妖怪達も黒萩のそんな様子に気付いてはいないだろう。黒萩は何事もなかったかのように、淡々と報告を続けていく。
「現状、レディだけで対処可能とは思いますが、念の為、鷲崎八雲を追加であたらせます。妖怪よりも人間をぶつける方が、狛達には効果的だと思われますので」
「好きにしろ、最悪の場合は俺が引導を渡してやる。…それより、奴らの調整はどうなっている?」
「順調ですが、備蓄していた大量の狂華種を消費してしまいました。再び生産が追いつくまでのしばらくの間は、妖怪達を引き入れるのは不可能です」
「そうか、止むを得んな。だが、戦力としてはこの上ない連中だ、大切の扱えよ?」
「はっ。それでは、失礼致します」
そう言って、黒萩は恭しく頭を下げ、槐の元から去っていった。槐達に背を向けたその表情からは、何かを思い詰めたような複雑なものが見え隠れしていた。
一方、降魔宮では、レディと狛の一騎打ちが続いていた。
「う、ああっ!?」
「フフフ、いい声で鳴くのね、狛。ゾクゾクするわ…!」
その戦いは、余りにも一方的だ。狛の攻撃は全て届かず、レディの攻撃だけが雨霰のように狛に降り注いでいる。狛もその大半は防いでいるとはいえ、レディの激しい猛攻は防ぎきれていない。必然的に大きなダメージを受け、狛は苦戦を強いられていた。
「狛っ!く、この怪物共め、邪魔だっ…!」
次々に押し寄せる怪物の対処に追われ、神奈は狛の加勢に行く事も出来ない。この少し前から、再び神奈が戦っている場所へ雪崩れ込んでくる怪物の数が増えていた。京介と神奈、そしてナツ婆達で壁を作っているこの状況、どこか一箇所でも崩れれば、全てが終わりだ。それが解っているからこそ、神奈は狛を助けに行きたくても行けないのである。
「一体どれだけの数が…!?このままでは、狛が……っ!」
顕明連を使いこなし、神通力と鬼の力で押し寄せる怪物を蹴散らす神奈だが、これだけの長期戦にはまだ慣れていない。既にかなりの疲労が溜まっていて、状況は逼迫していると言わざるを得ないようだ。苦戦する狛の様子を気にかけながら、神奈は目の前に立ち塞がる怪物達を薙ぎ倒し続けている。
「まずいな。俺はともかく、他の皆が……」
そして、京介もまた、戦いながら仲間達の戦況を憂いていた。いくら妖怪の巣だと言っても、これだけの数の怪物を投入してくるのは予想外である。国中の妖怪を集めているのでは?と疑いたくなるほどだった。事実、槐達は先程上階で遭った虎人の堕虎だけでなく、かなりの数の海外妖怪達もこの国に呼び寄せていて、それによって戦力を拡充しているのだ。
京介達は知らないが、氷雨が死ぬ直前にショッピングセンターで相対した火鼠も、槐達が日本へ招き入れた妖怪達の一種である。ただし、あの火鼠達は槐達も上手くコントロールすることが出来ず、脱走して暴れてしまった為に、あのような事件を引き起こしたのだが。
「少し敵の数が減って来たか…?いや、俺の元に来る敵が他へ分散しているのか?何故だ…はっ!?」
戦況を確認しつつ戦う京介の足元に、何者かの攻撃が届いた。怪物達ではない、また別の何かによるものだ。突如放たれた攻撃を、奇跡とも言える反射で躱した京介の前に現れたのは、一人の人間の男である。
「なんと、今のを避けてみせるとは…ずいぶんと若く見えるのに大したものだ」
「何者だ?!」
「ふふん、俺か?俺の名は鷲崎八雲。愛妻の為に生きる、歯牙ない霊能力者の男さ」
闇の中から八雲が現れると、他の怪物達はいつの間にか姿を消していた。京介の予測していた通り、神奈やナツ婆達のいる方へばらけて行ったらしい。各々の負担が大きくなれば、耐えきれずに壊滅する危険性も高くなる。京介というワイルドカードを八雲で抑えて、戦力的に劣る他を潰そうという作戦だろう。それはかなり効果的な布陣と言える。
「鷲崎……?その気配は、まさか…」
京介は八雲から感じる霊力の質に覚えがあった。もちろん、鷲崎という名にもだ。それは猫田も驚愕していた名である。
「…お前、鷲崎八郎という人を知っているか?」
「ん?ああ、知っているとも、八郎は俺の曽祖父だ。俺の八雲という名も、そこから一文字とっているからな。それが何か?」
「そんな…じゃあ、お前が八郎とアリスの……そして、八潮の…」
京介は思わぬ現実に驚愕し、立ち尽くしてしまった。鷲崎八郎とアリス…正確にはアリソン=マーセットという名の女性だが、二人はかつての支隊の隊士であり、京介が率いていた支隊第八班の仲間である。支隊は一班四人の全八班で構成される部隊であり、京介は第八班の班長を任されていた。京介に八郎とアリス、そして生まれ変わる前の幻場こと、真葛幻が八班のメンバーであった。
大蛇退治の際、利き腕を失った八郎と魔力の全てを失ったアリスは明治政府から引き抜きを受ける事もなく、戦いの人生を終えた。その後、愛を育んでいた二人は結婚し、大蛇退治の旅の途中で拾った子ども、八潮を養子にして余生を過ごしたと京介は聞いている。明治政府との取引によって、八郎達との接触は禁じられていたが、八潮とはたまに連絡を取っていた。本人から聞いた話では、八潮は後に生まれた八郎とアリスの子どもと恋に落ち、夫婦になったはずだ。つまり、八雲の祖父と祖母である。
予想だにしてなかった奇縁の相手に、京介は心臓を鷲掴みにされたようだった。同じ班員と言う事もあり、八郎とアリスは支の仲間達の中でも特別な存在であった。言うなれば、猫田と宗吾のような関係である。その上、八潮もある事情から京介達が命懸けで守り抜いた少女である。そんな彼らの子孫がよもや敵として自分の前に現れるとは想像もしていなかったのだ。
「その名を知っていると言う事は、お前も支とかいう連中の関係者か?あそこで捕まっている猫田って妖怪もそうだったらしいが…世間は狭いものだな。だが、俺には関係の無い話だ。俺にとって大事なのは女房だけ…俺の目的を阻むヤツは誰であろうと殺す。それだけだ、悪く思うな」
ニヤリと笑って、八雲は京介を睨みつけた。その意志は非常に硬く、曲げることはないだろう。そう思える眼光だ。京介はその眼差しに、ふとかつての仲間のそれを思い出して、複雑な思いで苦笑いを浮かべている。
「…何がおかしい?気でも触れたか」
「いや、その眼は八郎にそっくりだと思ってね。…いいだろう、かつての旧友の子孫が道を誤ろうとするなら、正してやるのは俺の役目だ。お前の目的が何かは知らないが、槐という男に着くのなら看過できない。覚悟しろ」
そう言い放つ京介の目つきは、今までに見た事もないほどに厳しいものだった。奇縁と因縁の戦いがもう一つ、ここに始まろうとしている。
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