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絶望の一手

ハル爺再登場、ですが…

 怪物と化したゾンビ達が吹き飛び、開いた道に全員で雪崩れ込む。レディの手勢である怪物達――彼女はそれらを『強欲な死体(グリーディ)』と名付けたのだが、そのグリーディの数は非常に多く、流石にナツ婆の放った技だけでは倒しきれていない。それもそのはず、グリーディの元となっている死体は以前レディに強奪された2万体のミイラ達である。古代の戦士として鍛え上げられたミイラ達は、戦う技術と力を持っていて、素体としてとても優秀だった。

 そこに、槐達が集めた妖怪達の中から適当な者を見繕って複数混ぜ合わせ、仕込んでいるのである。実際にはグリーディ一体につき、10体以上の妖怪が使われていて、それが山本(さんもと)の親衛隊に匹敵する異常な個体性能の要因であったのだ。


「ちっ!」


 次々に現れるグリーディ達は、京介の刀が一閃すれば、皆あっという間にバラバラになっていた。しかし、その数の差たるや凄まじく、とてもではないがこのままでは倒しきれなくなるだろう。物量で押し込まれるのを避ける為には、元を断つしかない。つまり、グリーディを操るレディを仕留める他ないのだ。

 それでも狛は、内心に迷いがあった。レディが間違いなく自分を殺しにきているのは理解しているが、本当にもう友達には戻れないのだろうか?神子祭を一緒に回り、メイリーや神奈、それに玖歌も含めて遊んだ思い出は、まだ色褪せていない。もしかすると、妖怪達のように槐に操られているだけなのでは?そんな都合のいい思いが、狛の中に燻っている。


(レディちゃん、本当は優しくていい子なのに…どうしても、ダメなのかな……)


 頭では、そんな甘さを捨てるべきだという答えはある。しかし、気持ちが追い付いてこない。一度でも友人という()()()()()として認識してしまった事で、狛の中に息づく狼の本能が狛の心を悩ませているのだ。


 四方八方の通路から湧き出てくるグリーディ達を撃退しつつ、狛達は降魔宮をひた走る。武器を持っている京介と神奈が前衛となって敵を排除し、前方の敵は狛とアスラが蹴散らす形だ。ナツ婆の技は頼りになるのだが、大きな霊力と九字印を切るという予備動作が必要となる為、移動しながらは使いにくい。本来、ナツ婆は後衛で前衛をハル爺が担っていた。しかし、ハル爺はもういない。必然的に戦力を封じられつつも、なんとか前に進めているのは、狛達一人一人の戦力が高いから故である。


「むっ!?前に何かあるぞ、あそこだ!」


 音霧に抱かれたままのルルドゥが何かに気付き、叫んだ。同時に、先頭を走っていた狛の目にも、禍々しいものが確認できた。それは、巨大な肉の壁である。鼓動のように脈打つそれは、その行く手を遮るように現れた。その中央には、探していた猫田の姿が見える。


「猫田さんっ!!」


 肉壁の前は大きな広間になっていて、飛び出していけば間違いなく囲まれてしまうだろう。これは明らかな罠だった。しかし、肉壁で磔にされている猫田の隣には、いつもの手製の紙タバコを咥えたレディが座っており、狛達が来るのを待ち構えている。罠と知りつつも出て来いというレディからの無言のメッセージだ。

 どの道、立ち止まって応戦していても大量に襲い来るグリーディに圧し潰されるのは時間の問題である。ならば、罠ごと噛み砕くしかないと犬神家の人間達は覚悟を決めた。


「京介さん、神奈ちゃん、ごめんっ!」


「構わない!行こう!」


 狛とアスラが広間へ飛び出し、続いて他の面々も固まりになって後に続く。そうして広間の中央にまで来た時、レディが微笑みながら狛の方を向いた。


「来たわね、狛。大したものだわ、こんなに短い時間で私の強欲な死体(グリーディ)達を突破してくるなんて…よっぽどいい仲間達を集めたのね。フフ、皆いい素材になりそう」


「レディちゃん!もう止めよう?これ以上、槐叔父さんについて行っても意味がないよ。それに私達、友達だったじゃない。メイリーちゃんも神奈ちゃんも、玖歌ちゃんも、一緒に遊んだレディちゃんを友達だって思ってるんだよ?クラスの皆だって…」


「……呆れたわ、あなたまだそんな事を言っているの?それとも、私は舐められているのかしら?狛、私が本気であなたを殺すはずがないとでも…そう思っているの?だとしたら、これ以上の侮辱はないわね」


 それまで微笑みを浮かべていたレディも、今の狛の説得には呆れと憤りを感じたようだ。これだけ挑発し、殺意を持って行動してもなお、狛は本気と受け取っていないのだとしたらレディの行いはまさに徒労である。何をしても自分の想いが届かない、それはレディにとって許せないことであった。


「なら、気付かせてあげる。私がどれだけ本気なのか、あなたを殺して永遠の人形にする為なら、どんなことでもする…私はそう言う人間だってことを、ね」


 レディはそう言って右手を掲げると、強くその指を鳴らした。すると、肉壁が蠢き出し、そこから一体のゾンビと思しき死体が生み出されてきた。


「ガウウゥ…ッ!?ウゥ、クゥーン…」


 最初に気付いたのはアスラである。その匂いはほとんど死臭と化しているが、それでも()()()()()()()()()()。アスラの尻尾が下がり、それに近づきたくないと、動揺したように数歩後退っていた。


「う、ウソ……そんな、そんなのって…」


「っ…なんて、酷い…!」


 続いて、狛と佐那が気付き、二人共そのあり得ない光景に言葉を失った。片方の目玉が落ちてボロボロに腐り果てた身体でも、決して忘れることのない相手。ズルズルと身体に見合わぬ大きさの斧を引きずって、歩く度に首をガクンガクンと揺らすその姿は、痛々しさを越えた悲しみを見る者にもたらしている。


「お、おお……おおお、そんな…そんなバカな…ハル、おめぇは…っ!」


 そう、そこに現れたそのゾンビこそが、狛の祖父でありナツ婆の夫であるハル爺の、変わり果てた姿であった。


「フフフッ、あの時、槐様の指示で回収していたのよ。もっとも、時間が経ってしまったから、だいぶ傷みは激しいけれど……どう?感動の再会でしょう。これでも私が本気でないと言うのかしら」


 槐は、自らの実父であるハル爺でさえも、いざという時の道具として扱うことを想定していた。正月のあの時、間違いなくあの場に居た人間を皆殺しにする計画であったが、何にでも不測の事態というものは起きるものだ。それをよく解っている槐は、犬神家にとっては最大の強みであり、そして弱点でもある親族を利用する事を考えていた。それがハル爺という、自らの血を分けた実の父親であっても例外はない。事実、高い戦力を持ち、槐の実母であるナツ婆は、ハル爺のゾンビを前に泣き崩れて戦える状態ではなくなってしまった。まさに、悪魔の所業である。

 確かに、あの後、ハル爺の遺体はどこにも見つからなかった。それはあの凄まじい落雷と、それに引火したガス爆発そして炎上によるものだと思われていたのだが、まさかこんな事になるとは誰も予想だにしていなかったようだ。


「皆……くっ!?」


 狛達の異変に気付いた京介と神奈だったが、カバーに入るのは難しいようだ。何故なら、ハル爺のゾンビが現れたと同時に、周囲を取り囲んで圧し潰そうとするグリーディの数が一気に増えたからである。音霧単独ではグリーディをまとめて倒すのは厳しいので、犬神家の面々が動けなくなれば必然的に京介と神奈の負担が増すのだ。

 

「お、おい…!?マズいぞ、どうしたのだ狛!このままじゃ…」


 ルルドゥが叫ぶと、まず佐那が再び息を吹き返した。しかし、動きは精彩を欠いており、とても状況を巻き返せるほどではない。犬神家最大の強みと弱点である絆を利用した攻撃は、恐るべき効果を見せ、狛達を窮地に追い込むのであった。


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