地下に響く笑声
年内最後の更新です。
今年もお付き合い頂きありがとうございました。
元旦も休まず更新いたしますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
土煙が落ち着くと、次第に周囲の状況が見えてきた。辺りには石畳に使われていた床石が散乱し、どれも大きく堅かったはずだが、落下の衝撃で割れたり砕けたりしている。相当な高さから落下したのは間違いないだろう。
「皆、大丈夫か?生きてるか?」
京介が声をかけると、瓦礫の下から猫田が這い上がってきた。どうやら狛を庇っていたようで、その腕の中にしっかりと納まっている。そして、黒萩は背に翼を生やして、ゆっくりと地面に着地した。
「黒萩さん、君は式神が使えるんだな、大したもんだ」
「ええ、と言っても、滑空するように飛ぶのが精一杯ですが」
猫田の怪我の様子を確認しながら、降りて来た黒萩見て、京介がそれに感嘆の声を上げた。黒萩が背中に生やしてみせたのは、式神の一種で、傷ついた身体の機能を補ったり、今のように翼を生やして飛んでみせたりするものだ。
式神と言うと、自立して動くイツのような存在を想像しがちだが、黒萩の場合は、こういった身体の補佐をするものが得意なのである。
「いてて…あんの野郎、戻ったらただじゃおかねーぞ…!」
「猫田さん、ごめんね。大丈夫?」
猫田はこめかみの辺りから血を流し、実理への怒りを露わにしていた。落下の最中に狛を抱えて地面に着地したのはいいが、落ちてきたのは床石だけではなかったようだ。それらが当たった為に怪我を負ってしまったのだろう。
高さがあり過ぎてランタンの光が届かないので、見上げてもハッキリとは見えないが、天井か壁に使われていた石もいくらか落ちてきていたように見える。でなければ、床の上に立っていた猫田達が瓦礫の下に埋もれてしまうのはおかしい。
「猫田さん、怪我をしてるな。ちょっとよく見せてくれるか」
狛を一旦どかせて、京介が猫田の傷の具合を看る。手際よく骨に異常が無いかなどチェックする様に、狛と黒萩は目を見張った。
「…よし、大した怪我じゃなさそうだ。少しじっとしていてくれ」
京介はそう言うと、右手を猫田の頭に近づけた。すると、ぼんやりとその手に光が生まれ、猫田の傷が癒えていく。あり得ない光景を見ているようで、思わず狛と黒萩は目を見合わせて驚いていた。
「これでもう大丈夫だ。気分が悪くなったら言ってくれよ?」
「へへっ、悪いな。さすが元医者だぜ」
「ただの回復魔法さ、まともな医者に聞かれたら怒られるだろうな」
「い、今の…それって…?」
所謂、心霊医術というものなら、狛達は見た事があるし、実際に黒萩も修得している技術だ。だが、京介がやってみせたものは効果や怪我の治るスピードが、文字通り桁が違うように思えた。まさに魔法である。
「ん?ああ、驚かせたかな。昔取った杵柄って奴でね」
「コイツ、こんなナリしてるけど昔は医者だったんだぜ。そういや、もう白衣は着ねーのか?」
「こんなナリは酷くないか…?元々、俺は神父だったんだから、こっちの方が正装なんだけどな…まぁ、白衣は着ないよ。今の時代、誤解されると面倒だからね」
そう言って、猫田と京介は笑い合っている。猫田の言う昔とは、支時代の事だろう。だが、京介が言っている元々というのは、それよりもっと昔ということになる。一体、彼はいつから生きているのか、狛は改めて、京介の不思議な部分に触れた気がした。
「それにしても、かなり下まで落とされてしまったな…どうやって戻るか」
「あ、猫田さんなら飛べるんじゃない?」
良い事を思いついたとばかりに狛が猫田の方を見た。確かに、巨大な猫の姿をとる時の猫田は空を飛ぶことが出来る。しかし、狛にそう言われた猫田は、渋い顔をして首を横に振った。
「ここはともかく、上は俺の身体にゃ狭すぎる。上まで飛んだ所で、つっかえちまって進めねーよ。…元の身体になったら飛べねーしな」
言われてみれば、さっきまで居た通路は横幅が精々大人二人分くらいしかなかった。猫田が大きな猫の姿になると、そんなサイズでは済まないので動けなくなるのも当然だろう。猫田は猫の割に、あまり狭い所を好まないのはもしかするとその辺りに理由があるのかもしれない。
ちなみに元の身体というのは、普通サイズの猫になった状態を指す。あの姿こそが、猫田の真の姿であり、またほとんどの能力を排した姿である為、人間の言葉を喋るくらいが限界らしい。
「京介もさすがに空は飛べねーよな?」
「そうだな、ジャンプしていける高さじゃないな」
そんな色々と悩む三人とは別に、先程からあらぬ方向を見ていた黒萩が手を挙げた。
「微かに水の流れる音がしませんか?どこか外に繋がっているのかも…」
そう言われて、猫田は慌てて猫の耳を立て、その音を探った。ついでになぜか猫のヒゲも生えてきて、なんだか可愛いような間抜けなような不思議な見た目になっている。人間体の猫田は、割と顔がいい部類に入るので、余計に面白い。
それに気付いてしまった狛が笑いを堪えていると、黒萩も釣られてきたようだ。ただし、彼女の方は精神力が強い分、表情へはおくびにも出さない。ほんのりと顔が赤くなって、わずかに体が震えている程度だ。それでもぎゅっと強く拳を握って我慢しているのは流石である。
そんな二人の見えない努力は気にも留めず、猫田はピコピコと耳やヒゲを揺らしている。
(ちょっと猫田さん勘弁してよ~!カワイイけど、面白すぎるでしょ、それ!)
この場にメイリーがいたらどういう反応をするだろうかとか、どうにか笑いを堪えようと別の事を考えようとすればするほど、猫田の真面目な表情とのギャップが面白くなってきてしまう。いい加減我慢の限界になって狛が噴き出すのと、猫田がくるっと振り向いたのはほぼ同じタイミングであった。
「ぶはっ!あは、アハハハハハッ!!」
「うおっ!?ど、どうしたんだ?大丈夫か…」
猫田は自分の見た目が面白い事になっているとは思っていないので、何故狛が爆笑しているのかも解らない。ちなみに狛が噴き出したせいで、黒萩も我慢できなくなり、後ろを向いてこっそり笑っている。京介はそんな二人をフォローするように割って入った。
「まあまあ…で、どうだ?何か解ったか?」
「あ?…ああ、確かに水の流れてる音が聞こえるぜ。風の流れもあるから、外に繋がってるのは間違いなさそうだ。ちょっと遠そうだけどな」
怪訝な顔をしつつ、猫田は風の流れてくる方向を指し示した。ランタンをそちらに向けてみるも、確かに距離があるせいか奥までは照らしきれない。暗闇の向こうを観察していると、さらに猫田が話しを続けた。
「それと、この先に妙な気配がいくつもありやがる。たぶん、待ち構えてやがるぜ」
「妙な気配…?妖怪か?」
「いや、それがわかんねーんだ。それっぽい感じはするんだが、何かが違うような気もするし…あの実理って奴もそうだったが、どうも人間だか妖怪だか、上手く隠してるみたいだな。それもアナツヒメって奴の力なのかね」
猫田は鼻を鳴らして、漂ってくる妖気を確認している。猫田の言った通り、実理が妖怪である事は、狛も黒萩も気付けなかった。単なる偽装にしては、かなり高い腕前だ。彼はアナツヒメを主と称していたので、その可能性は十分考えられる。とはいえ、待ち構えている存在がなんであれ、注意は必要だろう。
しかし、ここにずっといても仕方がないのだから、とにかく進んでみるしかなさそうだ。
「とにかく行ってみよう。どちらにしても、ここでじっとしているわけにもいかない」
「だな。で、狛はいつまで笑ってんだよ、お前…何がそんなに面白れーんだ?」
「ハ、ヒィ…フフ、な、なんでもない、よ…」
ようやく笑いが落ち着いてきたので、息を整えてお茶を濁す。ちなみに黒萩は一足先に落ち着いたので、今は何事もなかったかのように澄まし顔だ。なんだかズルいと思いつつ、笑い過ぎて体力を使った狛は何も言えないようである。
こうして、四人は足元に気を付けながら、猫田の示した方向へ歩き出すのだった。
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