擬似入水
かやの夏芽さんとの共同ミッションで書いた作品です。お題を元に隔週入れ替わりでやっていきます。
お題はこちらから。
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今週のお題は、
「水の中」
「こんなことで、幸せになれるんだね。」
「雨上がりのまぶしさ」
水中で息をしている気分だった。
ルーフを叩く雨音は激しすぎて一つの音に聞こえてきて、梅雨特有の湿気と空気の重さが、水棲生物の気分を僕に想像させた。窓ガラスを流れる水滴がゆらゆらと街灯に照らされて、君の顔がよく見えない。
「ねえ。」
その柔らかな闇の中に動くものから、ちょっと掠れた、甘やかな声が発せられた。
「好き。」
濡れた髪でそんなことを言う君は、なんだか泡になってしまいそうで、ぼくはつい、かき抱いた。ここが水中ならそんなこと意味ないのかもしれないけれど、こうせずにはいられなかった。この僕の体温が君への返答になれば良いと思った。
「あったかい。」
くすくすと笑う君を見て、安堵した。
僕の体温の源を言葉にしたらこの身が藻屑になりそうで、不甲斐ないながら黙ってしまったことを許してほしい。ちょうど、そう思ってたから。
するりと髪に滑った手が首にかかってしまったからどかそうとしたが、君は臆せずそのまま顔を押し付けてくるものだから、少し手に力を込めてしまった。それでも、微笑む君は教科書で見た宗教画とそっくりだ。
「苦しくない?」
その言葉にうなづくと今度は、僕の首にも同じように指がかかる。くいっと肌に食い込んだそれの感触は、急所にも関わらず悪くなかった。
「こんなことで、幸せになれるんだね。」
僕の腕の中で恍惚とつぶやく君に、つい吸い寄せられて長い接吻を施した。息が苦しい。
でも、やめるつもりはない。
目を瞑った君と僕には、まだ、雨上がりの光は届かない。
明るい話を書きたかったのですが、桜桃忌を思い出したらこんなことになってました。