87.名も無き土地12
フレディエルの『乗り移るぐらいしか、動く手段がない』の言葉を受け、母上から頂いた贈り物の変な物シリーズ、変な色のひよこか、変な不細工なくまかを選んでもらった。手足があるということで変なクマである。
「初めてなので、よく分からないのですが、どう入ればいいですか?」
(えええぇ?! 俺に聞かれてもである……)
暫し二人で小首を傾げて、床にクマを置き、そして服を着るように手を通して?
でっ、なんと成功したのだ!
変なクマ、いや、フレディエルが立ち上がり、手を伸ばしたり、足をパタパタ動かしたりと確認した後に、大丈夫との事だ。服装があまりにも桃色だったので、上着を深緑、トラウザーズを焦茶にレースは白にした。服がない方がいいのでは? と言ったのだが、裸には抵抗があるそうである。
そして、岩の外へと転移したのだ。
暗闇から出ると、澄んだ美し朝焼けが目の前に広がり、砂漠は陽の光を受けて黄金色に輝き始めている。
「ん?! 早朝にここに来たはずだが、まだ早朝か、それともまた早朝なのか?」
ふむ。二人とも分からぬので放置だな。俺も驚いているが、フレディエルも別の事で驚いてる。
「な、なぜ、砂漠になっているのですか? 私がここに来たときはこの辺には木々があったのに?!」
これも、二人とも分からぬので放置である。
それはそうと、デュークとダニーの元に戻る前に、べっとりと纏わりつくような嫌な感じもそうだが、汗を流したいのだ。魔術で体を綺麗にすることは出来るが、風呂好きだからか、水で洗い流すのが一番しっくりくる。
「フレディエル、名が長いのでフレディと呼んでもいいだろうか?」
「勿論です」
「フレディ、汗を流したいのだが、この辺でどこか良い場所を知っているか?」
なんと2カ所もあるそうだ。面白そうなので、2カ所とも連れて行ってもらう事にした。後で説明してくれるそうだが、フレディによる転移だ。フレディが超古代語を呟くように唱えると目の前は海だったのである!
「うほほっほぅーーぅ!!」
どこだか分からぬが、真っ青な海に白い砂浜だ! 旅行マントを放り投げ、一目散に両手を上に海へと飛び込んだ。火照った身体に、冷んやりとする海水、実に爽快である!
海に浸かりながら砂浜を振り向くと、俺が奇声を上げて脱兎の如く海に飛び込んだので、驚きで固まった表情のフレディが突っ立ている。間延びした顔のクマではあるが、表情は読み取れるのである。
「ふふっふ、フレディ、来るのだ」
返事を待たずに抱き上げ、オラァと海へ放り投げた。
そして、浮かんできた茫然自失顔のフレディを拾い上げた。
「あの……私はどうして、海へ放り投げられたのでしょうか?」
これには一体どんな深い理由が? と、ひどく真剣に聞いてきたのである! いかん、実はフレディを海へ放り投げたら、きゃきゃっと喜ぶかと思っただけなのである……。
「う、う海は心も体も清らかにするそうだ。心と体の汚れを落としたら、
良い仕切り直しになるかもと思って、な?」
なるほど、と腑に落ちたように、頷いているフレディなのである。ふむ、思いつきで言ったが、あながち嘘ではないな? 変な黒靄だったしな。
ひとしきり海で泳いだりした後に、波打ち際に座って海を眺めながら、二人でただ波の音を聴いていた。
ちょうど良い機会なのでエルの伝言を伝えなくてはな。
「フレディ、ロディエルが言っていた。とても優しい自慢の兄上だと。それと伝言だ。『天で見守り、待っている』」
フレディはそうですか、の一言の後、静かに打ち寄せては引いていく波を眺めていた。
思いを馳せているようにも思えたので、邪魔にならないように静かに立ち上がり、その辺を散歩する。改めて周りを見ると広い海岸線は入江のようで、波も穏やか、海の透明度も抜群だ。海中の泳ぐ魚の姿までもがよく見える。
陸地は、岩に緑の草木に覆われて、ひょろっとしているが松の木っぽいのもあり、とても良い景色だ。
しばらくして、気が済んだようでフレディがトコトコとやってきた。それにしても、互いに酷い有様である。海水でベトベトの上に、砂まみれだ。まあ、フレディは俺が放り投げたせいでもあるのだが……。
「お待たせしました。次の場所に行きましょう」
俺が頷くとフレディの小さな呟きが聞こえて、目の前は大きな美しい湖畔だ。いや、目の前ではない。四方全てが湖なのである!
どうやら、俺たちがいる場は深い青の湖のポツンと浮かぶ島で、ぐるっと見渡すと大きな湖を中心に雄大な自然、山々で囲まれている。とても美しい場所だ。
うむ。まずは二人とも海水のベトベトを洗い流すか。フレディを小脇に抱えて、湖で体を洗い、スッキリしたところで、魔術で乾かした。
ここは砂漠地帯とは違い、程よい気温で昼の太陽の温もりが心地よい。フレディと俺は互いに聞きたいことがあり、先を譲られて俺から聞く事になった。
「聞きたいことは3つで、まずは先ほどの海もそうだが、ここはどこだろうか?」
「ここな西北です。最西端と北の黒の森との境です。北からの湿った冷たい風で砂漠にもならず、山々に緑が溢れています」
「美しい秘密の場所だ」
そう俺が言うとフレディはにっこりとしたように思えた。
「2つ目は魔術の事で、なぜ魔術が使えるのだ?」
「私は魔術師でした。魔術封じの手枷を嵌められていたのですが、死と共に解き放されたようです。よくは分かりませんが、体をもらった事により、また魔術を使えるようになったようです」
そして、フレディが小声で呟くと、光り輝く玉がクマの体から浮かび出てきた。
「それに、私は杖代わりの玉があるので、この体でも威力が出せます」
「ほほう、最後だが超古代語の文字の読み書きはロアの魔術本から学んだが、超古代語の発語に関しては一冊もなかった。発語の本はどこにあるのだろうか?」
「なら、私が教えましょうか?」
「それは有り難い!」
「ふふっ、魔術が好きなのですね。目がキラキラしてますよ」
「ああ、フレディは俺の先生だな!」
次はフレディの質問なのだが、300年前のロアやディアスの王族に関係した事で、俺ではさっぱりである。
「すまぬ。俺では分かりかねる。ロアとディアスの王族の子孫、ダニーとデュークの二人を紹介する。ここから然程遠くないところで待たせているので、二人に聞いて貰えるか?」
「他には何か聞きたいことはあるか? 俺で分かる事だったら、なんでも答える」
フレディは躊躇いながら、聞いてきた。
「私は……私は怖いのです。人が怖いし、信じられない。どうしたら……騙したり、貶めたりしないと分かるのでしょうか」
(これは難しい質問だな! どうしたら分かるか、どうだろうな?)
「ふむ。実は俺もよく分からない。だが、人が怖くてもいいし、信じられなくてもいいのではないか? 要は気負わなくていい。そこから始めるのはどうだろうか?」
「………っ」
「俺の話になるのだが、俺は剣で斬りつけられて死にかけた。今でも他者が剣を携えて、俺の横を通り過ぎるだけでも、斬られた時の激しい痛みと恐怖を思い出す」
そして懐刀のカミツルキを取り出して、フレディに見せた。
「だが、この剣を手にした時から安心出来る様になった。この剣は何があっても全力で俺の手助けをしてくれ、守ってくれる」
意志があるのに、いつも無口でぶっきらぼうなのだが、普段も俺の安全に神経を尖らせてくれているのが伝わってくる。そして、いざという時には全力で手助けをしてくれているのだ。先ほどの岩でのように。
「そこでだ、フレディ。俺がフレディの懐刀になる。俺が全力で手助けをするし、守る。決して嘘を吐き、騙したり、ましては貶めたりもしない事をここで誓う」
「あなたが、光の剣の所持者が……私を騙したりしない事は分かっています。ですが、何故……そこまでしてくれるのでしょうか?」
「ロディエル、エルの自慢の兄上だからな」
「ふふ、私は……エルに、頭が上がりませんね……」
フレディが破顔したように思えた。
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