82.名も無き土地7
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デュークとダニーの声が遠くに聞こえた。
「ルー、聞こえているか?!」
「ルーさん!」
ゆっくりと意識が浮かび上がった。眠りから覚めたばかりのような気怠さの中、徐々に目を開ける。
「まったくっ、君は、心配させないでくれるかい」
「ああ……よかったです。安心しました」
二人によると剣を置いた姿勢のまま、片膝をついて項垂れ、余りにも長い間を目を瞑って動かなかったそうだ。誰かが『ひょっとして……』と言い出し、心配になったので生きているのかを確認していたとの事だ。
(うっ、そんな変な、聞いた事がないような死に方は嫌なのである……)
俺が大丈夫なことを確認した後に、ばばさま達は
「ちと、吃驚したやぁ」
「しかしだや、こりゃ、冥土の土産にいい物を見させてもらったやぁ」
「「うほっほっほほーー」」
と元気なのである……。
どうやらとても顔が青白いらしく、ばばさま達の勧めで、イリキ村で一夜を明かすことになった。
頭も体も重く、上手くは言えないが不思議なチグハグな感じというか、全くもってスッキリしないのである! ふむ、こんな時はさっさと寝るに限る。誰かも言っていたしな、寝るに勝る薬なしなのだ。
うほほぅ、陽が昇ると直ぐに暑い!
それにしてもよく寝たぞ。たっぷりと寝て、体の不調も落ち着いたように思える。昨日は気配りデュークがゆっくりと休めるようにと、一人部屋にしてくれたのだ。
目をさすりながら、ぼんやりと右手を上げて甲を見ると朝陽を反射し、輝く指輪が目に入る。自然と笑みがでた。ルルさんから貰った合格指輪だ。
ズシリと重厚感がある金の指輪で、丸みを帯びた紋章がはっきりと見える。その紋章は中央に上向きの剣で剣先には王冠が描かれている。あの敷物と同じ絵柄だ。念の為の確認だったが、夢や幻ではないようだ。
ルルさんと一緒にいた場は『摩訶不思議』の一言だ。説明しようにも出来る自信が全くないのだ。あの場にいた間は、一、部屋掃除! 二、魔術! 以上である……。
ルルさんには至極鍛え上げられた。鬼どころの話ではなく、鬼の親分だったのだ!
それにしても、あれだけ掛かりっきりで教わった魔術はかけがえのない財産だ。あの莫大な知識を得る為にルルさんはどれだけ時間を費やしたのだろうか。ルルさんの超越した、極限まで研ぎ澄まされた魔術は美しかった。
ルルさんのお陰で、今まで所々切れていた魔術の知識に技術がすべてなめらかに繋がり、完成形に近い円になった様に感じる。
ルルさんは円を球に向けての研究を続けているそうで、飽くなき探究心には驚くと共に、頭が下がる思いだ。不思議な桃色髪で鬼の親分のように怖くもあったが、姉上のような……良い師であった。
願わくは精進するので、是非もう一度逢えればと心から思う……いかん、少ししんみりとしてしまった。いつか必ず、師にお礼参りに行くのである!
それはそうと、実は教えてもらっていた合間に、一つ取り組んでいた事があった。それは……杖なのだ。
ディアス魔術学院では、学生は短い杖、または長い杖と、代々その家系に引き継がれてきた杖を授業で使っていた。
だが、俺のように所在不明、もしくは紛失、家系の誰かが使用中で杖を持たない学生もいた。無いなら無いなりに大丈夫だったので、そのままだったのだが、分かった事があるのだ。
それは……杖があると格好良いのである! ロア国からズラかる時に、院長先生、セシル、俺の3人で協力して、重い幌馬車ごと転移した事があった。
院長先生とセシルの二人が実に格好良かったのだ。少し腰を落とした姿で、片手に杖を構えた姿がである。俺はただ横でぼんやりと突っ立ったまま魔術陣を展開していたのだ。そのままでも出来るので、そうしたのだったが、側から見ると働きが悪いぼんくらさんではなかっただろうか。
そこでである。見得を切りたいのだ。別に大きく首を振ったり、足を大きく踏み出したり、手を大きく広げたりの動作ではないのだ。まずは、片手に杖からである。
そう、ルルさんが途中途中で『いいアイデアが閃いた!』と居なくなったので、その際に杖作りをしていたのだ。
今まで目にした杖は木や蔦、動物の牙や角、石に金属系。俺は手触りが良く、しっくりと手に馴染む胡桃の木に決めた。
持ち手は滑らないように荒く削り、柔らかでしなやかな杖が出来上がったと思う。ルルさんといる間は試す事が出来なかったので、後で試してみるつもりだ。
さあ、起きるかと身支度をし、短剣カミツルキを懐に入れていると、デュークがやって来た。
「ルー、体調はどうだい?」
「ああ、お陰ですっかり良くなった」
「ダニーと村長さん達は書物やらに目を通していて、忙しそうなんだ。良かったら、一緒に朝食を食べないかい?」
「もちろんだ」
ミナが朝食を準備してくれるとの事で向かった先は、ばばさま達の家の、う、裏庭? どうやら村の端にあるばばさま達の家は砂漠に面しているのである。
青空の下、目の前には砂漠が広がっている。ミナがまばらに生えている草の日陰で座り込み、穴をガツガツと掘り始めたのだ。掘りの速さといい、手捌きといい、まるで職人である!
「「…………っ!」」
朝食ではないのかと、デュークと共にぽかんとしていると、掘った穴に乾いた木々を差し込み燃やし始めた?! 目つきが余りにも真剣で凄みがあるので、声をかけるのが憚れるのである……。デュークと静かに頷き合い、ミナの邪魔にならない離れた場所で待つことにした。
ミナは木々が燃え終わると、パンの生地と思われるのをバシバシ叩いて平べったくし、掘った穴底に置き、その上に砂を掛ける。
暫くしてから、初めて頬を緩め、職人が一仕事終わったような? ホッとした表情で頷きながら、穴底に置いたパンを取り出し、バシバシ叩いて砂を落とした。
茶と果実の甘いソースに羊のバターを添えて、朝食だと差し出してくれたのだ。
パンは砂でシャリシャリするのでは……と恐る恐る食べたのだが、驚くことに砂はなく、外側はカリッと香ばしく、中はもっちりとして美味い!
青空の下、砂漠が広がる光景を眺めながらの朝食は、
忘れられないものとなった。
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