73.つかの間の休息3
慣れ親しんだ寝台で寝るのも悪くない。ぐっすりとよく眠れ、気分爽快である! 隣で寝ている藤子は赤子のようにすやすやと眠っていて、いつもとは違う、あどけない顔に口角が自然と上がる。起こさないように静かに寝台を出て身支度を整えた。
昨夜、ふと思い出したのだが、父上達には鷹の使い魔に馬車3台分の荷物が入る付与魔術付き皮袋を差し上げた。だが、母上にはまだだったのだ。何か贈り物をしたいのだが、何が良いだろうか……?
ふむむ。母上はクラウスの中で剣を振るわないので、身を守る物はどうだろうか? 落馬などからでも身を守る事もできれば役に立ちそうである。
「朝から何を考えているのじゃ?」
いつの間にか起きたようで、後ろから声がした。
「父上達には贈り物をしたのだが、母上にはまだでな。何を差し上げるか考えていたのだ」
「お主の母なら猫が飼いたいと言っておったぞ」
「そうなのか? 思い浮かばなくて困っていたんだ。助かったぞ!」
鷹の使い魔のように猫の使い魔か。連絡が取れるようにしたいのだが、鳥と違って猫だと連絡を取るのに時間がかなり掛かりそう、いや、そもそも辿り着くかも怪しいところだな!
「猫を使い魔にする場合、ひょっとして転移ができる猫とかいるか?」
「おお、いるぞ。猫の中で黒猫で目が青の猫じゃ。お主らが言う、従魔契約とやらを結べば転移できるものもいるであろう」
「黒猫で青の目か。どうやって探すかな……」
「お主はわざと気づかず、使わぬようにしているが、その目で全て見通せよう」
そうなのだ。藤子の血を分けてもらったせいのようで、集中すると全てものが見え、全ての音が聞こえ、そして人の本心が大体わかるのだ。全てではないが、嘘か誠か、善か悪か。
「人の身でそこまでの領域は畏れ多い。それに山奥での一人暮らしならともかく、人と暮らしていくにはある程度鈍感な方が都合が良い場合が多いのでな」
「そうか。人の子は案外不便なのだな」
「でも今日は使わせてもらう。母上の良い相棒となる猫を見つけたいからな」
目を閉じ、集中する。視界が開けてきた。魔力の強い猫をに集中して探す。どれくらい時が経ったの分からぬが、いたっ!! すまし顔で、シャラリシャラリと屋根を歩いている。
「ふふ、どうやら見つけたようじゃな。猫は気付くぞ、逃げ失せぬうちに、早ういけ」
隠蔽を使い転移すると真正面にまさに目を大きくした黒猫がいる。驚きのあまりか、動かない黒猫を小脇にサクッと抱えて戻ってきたのである。まさにかっさらった感じなので、後で謝るとするか。
猫を床に下ろしたが、まだ両手脚を踏ん張ったまま、尻尾をピンと上に上げ、目を大きく見開いている。
「……?……」
「ふふっ、お主とその刀に畏れをなしているぞ」
「そうか、ただでさえ突然に攫われたからな。すまぬことをした」
猫はそのまま同じ姿勢で動かずである……。駄目ぽいが一応声をかける。
「俺と従魔契約をして、使い魔になってもらえるか」
すると両手脚を踏ん張ったまま、頷いた。これはひょっとして頼むというよりは脅しているのだろうか?
藤子を見ると頷き促されたので、従魔契約を結んだ。黒猫は見た目はそのままだが、毛並みが黒は黒だが美しく光沢のある黒になった。
まだ両手脚を踏ん張ったまま、
「ど、どうか、いの、命ばかりは、お助け下さいっ」
やはり脅していたようだった……。
「いや、俺の母上の使い魔を願いたいだけだ。それと何かあった時に連絡を頼む。他は好きな物でもなんでも母上にねだれば、叶えてくれよう」
黒猫は魔力が多いらしい。鷹とは違い、会話が出来る事に少し驚いた。まだ踏ん張ったままだが、幾分安心したらしい。黒猫は一旦藤子に任せて、身を守る品の準備を始めた。
ふむ。装飾品にしよう。いつも身に付けていられるもの……耳飾りや首飾りは駄目だな。指輪か? 寝るときにも外す必要がない飾りのない指輪だな!
母上はピカピカの金が好みなので金をから指輪を作り、身を守る古代文字を指輪に丁寧に彫り入れる。母上の安全を願い防御に防護の魔法も重ね掛けして、出来上がりだ! うむ。自画自賛だが、なかなか凄いのだ。嵌めると指輪が調整してぴったりの大きさになる金の指輪が出来た。
それとクラウス家は皆危険な要職についている。そこで父上と姉上、兄上達の指輪も準備する。ついでに藤子の指輪もと、前に渡した銀の髪飾りと合うように銀の指輪だ。
黒猫にリボンの首輪を付けていた藤子に身を守る指輪だと差し出す。
「藤子には俺の守りなど必要もないとは思うが、受け取ってもらえると嬉しく思う」
珍しく顔を赤ラメ、口籠もりながら、『嵌めてはくれぬのか……』と言う。どの指にするかを聞き、白い美しい指に嵌めた。藤子は黒髪をサラサラと窓からの風に靡かせ、微笑んだ。天上の美があるとするならば、きっとこの微笑みの事だろう……。
いかん、思わず見惚れてしまった!
次は母上と父上に手渡しに行くのである。藤子と共に部屋を出て、応接室へ向かう。この頃、いろいろな私物を持ち込んで応接間に入り浸っているらしい母上がいた。
いつものようにのんびりと朝の挨拶などを交わし、母上に指輪と使い魔の猫を差し上げたら、とても喜んでもらえた。猫の名はルークからでルーと名づけることにしたそうだが……ルーにはあっちこっちでクソをしないでもらいたいものだ。
書斎から出てきた父上にも指輪にルクス茶、薬酒などを差し上げると、嬉しそうな、そして少し寂しそうな表情で、『お前の部屋はいつまでもお前の部屋だ。たまには戻って来い』が心に静かに響いた。
父上と母上に心から礼を伝え、ルクス村へと転移した。領主館裏庭で爽やかな風を頬に感じながらルクス村を眺めていると、柔らかい声が聞こえた。
「親とはけったいだが、良いものじゃな。心が温こうなる」
その言葉に静かに頷いた。
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