70.薬草売りの店仕舞い
剣を掲げると太陽のように光輝き、そして、それが合図のようにロディエル=ロア、エルとの別れになった。
俺の手中にある細身だが、ずっしりとした剣が今のは夢でも幻でもない事を物語っている。エルが笑顔で準備してくれたテーブルセットとティーセットもそのままだ。
明るく話し好きなエルと僅かな時を共にしただけであったが、生涯の友のように思えた。俺がこの世を去る時にまた会うことが出来るだろうか。その時には手土産代わりに沢山の話を持って行こう。きっとエルは喜ぶだろう。
一見して滝裏の小さな洞窟なのだが、剣を掲げると現れる大部屋があり、大部屋一杯に見たこともないほどの財宝が堆く積まれていた。
エルの痕跡が消えてしまうようで寂しく思うのだが、先人達の思いが詰まった大事な品々だ。テーブルセットとティーセットを大切に大部屋へ戻し入れ、目に留まったしっくりと馴染む胡桃の箒を手に都市ミスリへと戻る事にした。
滝の洞窟を出て、地平線の向こうへと沈みゆく夕陽を眺めていると自然に涙が零れた。零れた涙を袖口で拭き、深呼吸をしてから、改めて手中にある剣を見る。神話時代から脈々と受け継がれてきた光の剣か。確かに掲げると太陽のように光り輝く、神々しい剣だ。
剣を握ると剣の意志と力強い波動というのだろうかが伝わってくる。頭に響いた(……カミツルキ……)これが剣名のようだ。持ち運びし易い短剣程の大きさに変化できるかと問うと、カミツルキは変化した。
その夜は宿に戻った元気の無い俺を、院長先生にコテンパにやられたと、セシルとダンは勘違いをしていたようだが、そっとしておいてくれた。
朝がやって来た!
空元気なのだが、いつまでもメソメソしているとエルに笑われてしまう。踏ん張って立ち、見得を切るのである。今出来ることを精一杯頑張るので、天で見守っていてほしい。
ところで昨夜心配になった事が一つあったのだ。聞いた話によると引き継ぐ者を探し求めて300年程だったエル。俺もひょっとしたらの300年もの歳月を『ゆーくん』になってうろうろするのだろうか? 心配で倒れそうである……。
それはそうと、支度を整えて食堂へ行くとダンとセシル、それとちびっこ院長先生もいる。昨夜は遅くに宿へ戻ってきたので知らなかったのだが、院長先生も一部屋を借りて宿をとったようだ。
院長先生を見るとマリーさんの料理をにっこり笑顔で舌鼓を打っている。見ているだけだと可愛いんだが、喋るとな……と思っていたら、『ちょっと、あんた、何考えているんだい?』と鋭いのである……。
さて、朝飯の後は幌馬車内で作戦会議である。元々、院長先生が来るまでの繋ぎとして、ロア国の内情を探りに来ることになった俺にセシルとダン。
勇気あるセシルが口火を切った。
「院長先生が来たので、僕たちはお役御免ですか?」
「なに言ってんだい、私一人に押し付ける気かい。いい度胸してるじゃないかっ」
ちびっ子なので物理的にも上目目線で睨みを効かす院長先生にセシルは後ずさる。
取り敢えず、朝はいつも通りに俺らは市場に行き、院長先生も野暮用があるとのことで午後に食堂で待ち合わせる事になった。
薬草売りなのだが、嬉しいことに用意していた3、4年分のルクス茶、薬草に薬草酒、そして干物、殆ど全てが売切れの店仕舞いだ。
市場は途中からダンに任せ、俺とセシルは商工会会長のポリーさんに店仕舞いの報告を兼ねて、商工会の待合室でポリーさんを待っていた。
「あなた達、凄いじゃない」
後を振り向くとポリーさんがにっこり立っている。
ポリーさんは商工会の会長に就くだけあって頭脳明晰と評判の女なのだ。妹のメリーさんと同じ淡い金髪でそばかすがあり、丸い眼鏡が印象的だ。
「市場でもルクス村の薬草にルクス茶が大人気よ。それになかなかやるじゃない。
裕福層向けに光沢のある華麗な布を使ったルクス茶包装セット。しかも高級店へ持ち込んで買い取らせたって聞いたわよ」
「いえ、それほどでも」
とセシルが返事を返したが、実はなかなかやるのである。元々、執事ジョセフ監修の裕福層向けのルクス茶販売だ。コリル布で包装する事にし、袋の色や形に、茶葉の組み合わせや香りなど、皆でかなり研究をしたのである。
更にはもっと上の層向けの装飾にこだわった銀の茶葉専用容器に茶さじ、それと金糸と銀糸を織り込んだコリル布も用意した。かなり頑張ったのである。
和やかに持参したルクス茶を飲みながら報告を終わらせ、ポリーさんに次に来た時も必ず連絡するようにと念を押されながら、商工会を後にした。
そして、太陽が真上となる昼頃に宿へと戻り、ダンから猫の手でも借りたいほどの忙しさだったとの文句を聞かされていると、院長先生が転移で現れたのである。
「皆いるね。ズラかるよ」
「「「はい??」」」
突然現れた院長先生に驚いているメリーさんとジョンさんに向けて
「これは宿代と迷惑料だよ。世話になったね」
メリーさんとジョンさんに負けず劣らず、驚いている俺達を幌馬車に半ば蹴飛ばすように乗せ、まだ本調子じゃない院長先生とセシルの魔術陣に俺の古代文字魔術陣を重ね、馬車ごと転移したのである。
移転した先は院長先生の隠れ家で、幌馬車で向かう途中にぽよんとした感覚があった。どうやらあれが結界のようだ。そして、鬱蒼とした森の中に小さな家というか、ボロ小屋? がある。
院長先生がボロ小屋? の扉をあけ、続いて室内に入ると明かりが勝手に灯り、暖炉に火が入る。室内は例えればとても大きな広間だろうか。だだっ広い一部屋だけなのだが、手前にゆっくりと話ができそうな暖炉に椅子、奥に食卓、一角には本棚に入った沢山の本と書斎、それに寝床と思えるハンモッグが2つ、3つ、配置よく並ぶ。居心地の良さそうな隠れ家である!
皆に適当なところに座りなっと一声かけ、院長先生はやれやれっと暖炉近くの椅子に座り一息入れた。
「ちょっと失敗しちまってね」
声には出さなかったが、またですか? と3人で顔を見合わせたのは秘密である。
「まあ、だいたい仕事は終わってたから、いいんだけどさ。今回の調査は終いだよ」
椅子の肘掛けを指でトントンと軽く叩きながら、何かを思案しているようだ。
「全くっ、誰をつけるかね……困ったもんだよ」
暫しの時をあけて、
「よし、こうしよう。3日程、留守にするよ。その間、お前達はゆっくりと休むがいい。皆、ここを好きに使いな。ここに居る分には危険はないはずだ。もし外に出るんなら、十二分に気をつけるんだよ」
「ここ、どこっすっ……」
院長先生はダンの問いの途中でどこかに転移してしまったのである。
「………」
ダンの背中が悲しげに見えた……。
最初に思った通り、院長先生の家はなかなか居心地がいい。暖炉が自動的に部屋を暖めてくれる。ハンモックで気持ちよく寝ることもでき、食卓に座って食べたい料理を一言言えば勝手に調理されて出てくる。例えば魚の塩焼きと言えば、どこからか魚が出てきて、勝手に焼きあがり、皿に乗って出てくるのだ。
ダンは馬の五助達を休ませたいし、市場で疲れたしで、ゴロゴロするんだっと言い、有言実行中だ。セシルは目にしたこともない希少な魔術本に目を奪われ、先ほどから話しかけても、気付かない、もしくは無視? の熱中ぶりだ。
俺も魔術本に目を通したいが、まずは一度ルクス村へ戻ることにした。皆で丁寧に準備した薬草やルクス茶の売れ行きも報告もしたい。ジョセフも皆もで苦心して準備した茶だ。全て売切れたの報告に皆の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
ハンモックで気持ちよさそうに揺られているダンに伝え、ルクス村に転移した。
薬草売りは店仕舞いだ。
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