65.薬草売り3
この半月、田舎の商人がよく使う小型の幌馬車で薬草の行商をしている。そして遂に、目的地であるロア国の都市ミスリに到着したのである! 行手には重々しい石造りの城門があり、人々が一列に並んでいるのが遠くからでも見える。
第一関門は城塞都市である都市ミスリの城門である。身分証はジン兄上に手配してもらい、ブルクス領のルクス村からやって来た薬草の行商人としての登録は済んでいる。
さて、順調に事は進むかである。
「おおっ、昼過ぎなのに城門の行列が長げーなっ」
見ると途切れる事がない長い行列がかなり遠くまで続いている。
魔術学院は都市ミスリの郊外にあるので、皆もここは初めてだ。石造りの城壁はかなり強固で分厚く、城門の一本道は城内に続いているのだが、入り口は半円形で狭く薄暗い。まるで坑道の入口のようにも見える。
「城内に入るのに厳しい取り締まりがされているか、ただ単に訪れる人が多いか、どっちらかだね」とのセシルの言葉に頷いた。
昼頃に到着し、かなり待たされた後にやっと俺たちの番となった。御者でもあるダンが3人の身分証を持ち、対応することになっている。
「まずは3人の身分証、よし、薬草売りだな。特に問題はなしだ。次は皆に馬車から降りてもらう」
何をするのだろうと首を傾げながら降り、指定された場所の石畳に立つと蜜柑色というのだろうか、下から魔術陣が浮かび上がった。
ダンが普通の人が称賛も込めて言うであろう、
「おおっ! すげーな、何だこりゃ?!」
ダンの言葉に気をよくした門番が言う。
「これはな、魔力も含めてな、魔術師かどうか分かるんだよ」
「これで分かるのかー、さすがロア国だなっ!」
ダンの対応はそつがないというか、地で対応しているのである……。
「最後に荷物を見せてもらうぞ」
門番が荷物を細かく確認してから、
「よし、合格だ!」
通行税を支払い、なんとか第一関門突破である!
城門を抜けてから、俺とセシルはやっと緊張感から解放された。
「ふうっ、まあ、あの練習の甲斐があったね」
セシルが言う、あの練習とは、あれである。
実はシーラさんとイアン先生とで入国する際の対策を立てていたのだ。ロアに行くと決まってからすぐに、俺とセシルは魔力をコントロールする方法をシーラさんとイアン先生に叩き込まれたのである。
「魔術を使ったかどうかもだけど、魔力があるかどうかも確認されるわね。魔力を外に出さない訓練をするわよ!」
「いい? 体にある魔力を纏めて、小さく小さく、そうね……例えると……じゃがいもね! じゃがいも程に小さく纏めて、鉄で覆う感じ? それを腹に隠し持つって感じで、外に出る魔力を完全に無くすのよ」
「「…………」」
ただ魔力をコントロールするだけだから、二人にとっては屁でもないそうである……。
「ほら、さっさとしろっ!」
鬼のイアン先生復活である!
「違うわよ、そうじゃないでしょう、じゃがいもよっ!」
新たな鬼も出現した。じゃがいもシーラさんだ。
ロアに着くまでも毎日地道にセシルと練習を繰り返した成果が出たようで、何よりである。まずは一安心と言うところで、やっと辺りを見回す余裕も出てきた。
ロアの都市ミスリの建物は長い歴史で育まれたであろう、重厚感ある佇まいだ。ところどころには、繊細な彫刻があしらわれ、一つ一つをじっくり見て回るとかなりの時間が必要そうだ。街並み全体にも石畳が敷き詰められていて、豊な都市であることが計り知れる。
「もう夕刻だ。まずは宿探しと腹ごしらえだな」
田舎の薬草売りが滞在だ。宿代を考え、商工会で紹介された先は中心地から離れた静かな住宅街にある宿屋だった。宿屋まで緩い坂があり、落ち着いた街並みを眺めながら、幌馬車を押しながら歩いた先にその宿屋があった。
小さな手彫りの看板が表にあり、こじんまりとはしているが、家庭的な雰囲気で居心地良さそうだ。
「おおっ、いい感じじゃねー、ここが入り口だなっ!」
入口の扉を開くと、カラン、カロンと乾いた鈴音が響いた。
「あら、いらっしゃい〜、はいはい、3名ね。食事は付ける?」
「はい、お願いします」と爽やかな笑顔でセシルが返した。
『はいはい、馬と幌馬車はここね、部屋と洗い場は……』とチャキチャキと説明してくれるのはマリーさん。マリーさんは淡い金髪で、そばかすのある気さくな30程の女だ。
そして、穏やかなマリーさんの夫、ジョンさんが俺らの泊まる2階の部屋の寝床を準備してくれた。メリーさんは軽く腰に手を置き、朗らかな声で促す。
「さあさ、部屋の用意はできたから、一息してから夕食を食べに降りといで」
メリーさんに礼を伝えて、2階に行くと、2階には三部屋あり、その内の一つが俺達が過す部屋だ。部屋に入ると簡素だがこざっぱりと清潔な部屋で、東側には窓もあり、朝は気持ち良く起きれることだろう。
「おおっ、いい感じだなっ!」
「そうだね。それはそうとお腹が空いたから、ご飯食べに行こうか?」
「おおっ、ガッツリ、忘れんなよっ」
「ああ、わかってるよ、ガッツリだね!」
食べ方を指南されているセシルがいやに真剣なのである。ふむ、何を目指しているか今度聞いてみるか!
1階にある小さな食堂には素朴な木製の食卓が3つあり、それぞれの食卓の小さな花瓶には、マリーさんが摘んだと思われる花が一輪挿されている。
「今日はね、鹿肉が手に入ったから、鹿のローストと季節の野菜の付け合わせよ」
メリーさんが運んできた皿にはよく焼かれた肉厚の鹿肉に野菜が横に添えられていて、籠には黒色のパンが山盛りだ。
初めて食べる黒色のパンはずっしりと重みがあり、味は素朴で酸味も感じられる。そして、このパンと鹿肉との相性は抜群なのである!
ダンとセシルとロアイ酒を飲み交わし、手の空いたメリーさんやジョンさんとも楽しく会話をしながら、夜は更けていった。




