60.魔術学院 ロア国10
イアン先生の真横に転移したのだが、何か変である?!
どうやら、暗く薄暗い牢獄? のようなところで、顔を伏せて硬い石畳の床に膝を抱え込んで座っているのだ。
「ここ、どこですか?!」
イアン先生はびくっと身体を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。酷くやつれた顔で穴が開くほど、真顔で俺を見つめる。そして……ずっと見つめ続けるのだ。
「…………?!」
にらめっこの超絶、真剣版のようなのである。イアン先生はコホッと乾いた咳をしながら、掠れた声を出した。
「お、お前、い……生きてる……のか、死んでる、なら……か、帰れ……」
あの先生が弱々しく虚な表情なのだ。た、大変であるっ!
改めて周りを見回すと牢獄? ではなく本当に牢獄のようだ。そして魔術封じの手枷だろうか? 特殊な見たこともない手枷で手と腕を拘束されている。
これは躊躇している状況ではないと判断して、魔法を使って拘束具を取り外し、座り込んでいるイアン先生の背に手を添える。一番安全な場所、ルクス村の俺の家にと転移した。
魔術だと痕が残るので追跡をしようと思えば出来る。魔法なので、追跡は出来ないはずだ。
俺の顔を見て安心したのか、もしくは死者が現れたと思ったのか、気を失ってしまったイアン先生をそっと囲炉裏の暖かい場所に寝かせた。痩せ細った体に胸が痛む。事は思ったより深刻のようだ。
光魔法は時間をかけて段階的にした方が体の負担が軽い。様子を見ながら、少しずつ掛けていくことする。
「忘れ物でもしたのか?」
藤子が転移で現れたので、状況を説明した。
「そうか、事はこの男が起きてからじゃな。ジョセフに伝えてやるので、この男についててやるのじゃ」
「ああ、助かる」
光魔法を段階的にかけ続け、イアン先生が目覚めたのは3日後であった。虚だった目にも光が戻り、少し体を起こし、ゆっくりと水で喉を潤す。
「こ、ここはどこだ?」
「ここは俺の家です。強力な隠蔽に防御魔術もかけてあるので、安心してください」
辺りにゆっくりと目をやり、少し口角を上げて言う。
「そうか……お前の家、変わってるな……」
いつもの調子が少し戻ったので、嬉しく思う。だが、まだ真っ青な顔色で具合も悪そうだ。もう一眠りするように伝え、囲炉裏部屋を静かに出た。
少し安心したので、久しぶりに領主館にいるジョセフと藤子とで昼食を取る。二人にイアン先生との学院や研究室での話をしたのだが、俺とイアン先生とのやり取りや会話が面白いらしく、腹を抱えて大笑いなのである。
すると、うたた寝をしていた藤丸が泣きながら走り込んできた。
「へんな、なすっていわれたぁぁぁ〜〜〜!」
うむ。どうやら、先生が起きたようである……。
イアン先生の話によると、俺が消えた直後に誰かが入ってきて、後ろからイアン先生に魔術を掛けたそうなのだ。
「息ができず、気を失う前に見た光景を覚えている。学院長が倒れ、誰かがイアンの拘束を取り外していたように見えた。だが、何せ気を失う前なので確信はない。そして、気が付いたら拘束された状態で牢獄にいて、樽にあった濁った水で命を繋いだ」
イアン先生は牢獄にいる間は誰にも会ってないし、周りに誰もいなかったと言っている。ふむ。一月半も食料も無く牢獄にいたのか、辛かっただろうな。呑気に現れ、『ここ、どこですか?』っと言った己が悔やまれるのであるぅ。
また眠気がきたようで、『お前が…生きてて、良かった……』と一言いい、静かに眠りに落ちた。
ジョセフにイアン先生を任せ、ロアの魔術学院に偵察で転移した。『必要とされる情報をいかに早く、そして正確に集めて持ち帰るか』大三郎の祖父上に情報収集のいろはを叩き込まれたことを懐かしく思い出す。
魔術学院なので魔術だとバレるかもしれない。念の為に魔法で隠蔽し、大木の上から偵察したのだが、特に異常なし。授業には39名、イザベラとロビンもいる。デェミリア講師もいるが、イアンはいない。学院長室には学院長もいる。
次はダンジョンだ。近くの大木に座り、周囲を確認する。全て跡形もなく片付けられている。すると、何かが、かなりの早い速度で向かって来た?! 黒い線……鈴だ!
「鈴っ!! 隠蔽魔法を使っているのによく分かったな。偉いぞっ」
ぴょこぴょこ、と飛び跳ね嬉しそうに動く。くぅ、可愛いのである。
「鈴、触るから、俺と別れた後の景色を見せてくれ」
見てみると、俺と別れた後、他の箒と喧嘩していた……。ふむ。雨が降ったので雨宿りもしたのだな。
それから……これは? 山の裏側、俺の気配がしたから、来てくれたのか。多分この時、イザベラ達の治療をしていて坑道にいた時だな。3人のフードを深く被ったローブ姿の男が現れ、坑道へ入っていた。
鈴は木の上に隠れていたらしく、よく見えない。
二人が気を失っているようなイアン先生と学院長を肩に、もう一人のローブの男も出てきた。続くように楽しそうなイアン。かなり経った後にイザベラとロビンがふらふらと坑道から出てきた。
その後、鈴は森を彷徨いたり、飛んだりとふらふらしていたようだ。
「よく、分かった。ありがとな、鈴」
『情報は私情を’挟まずに淡々と。私情が入ると歪みが出るからだ』も祖父上の言葉なのである。私情を挟まず、淡々と。よし、ここまでだ!
鈴と共にルクス村に戻り、イアン先生の様子を伺うと、まだ眠っていた。次はディアス魔術学院の偵察に行くか。
また上から偵察する。特に変わったことはない。上級生20名がいて、無事に戻ってきたことに安堵した。教鞭をとっているのは第一級魔術師のケイトさんだ。
さて、状況が全く分からない。様子を伺っていると授業が終わり、学生達が出てきた。ふむ。隠蔽魔法を掛けたまま、渡り廊下で学生の一人に声を掛ける事にした。
『セシル、驚くな。そのまま、窓から外の景色を眺めるふりをしてくれ』
『…………っ!』
目だけ丸くして驚いている様子だが、流石は公爵の嫡男というのであろうか? 腹芸が上手いのである! そのまま、何でもないふりをして、窓から外の景色を眺める。
『セシル、そのままで聞いてくれ、ロアの中間試験で何があった?』
『えっ、別に何もないよ。魔物討伐の魔石を提出して終わった。そんなことより、これは何かな?』
ふむ。実にのんびりした物言いなのである。
『魔物討伐の時に俺は殺されかけ、イアン先生は牢獄に閉じ込められていた』
窓から外の景色を眺めながら、セシルの息を呑む気配がした。
『なっ、な、何だってーー?! とっ、特級魔術師のローディスさんからはルークとイアン先生は重要な調査に取り組んでいて、しばらく学院には来れないって、聞いたけど?!』
『……そうか、最後にもう一つだけ、イアンと確か組んで魔物討伐をしたな。何か異変とかあったか?』
『何にもないけど……イアンが少し迷って居なくなったぐらいかな。すぐに見つかったけど』
『分かった。俺は戻るが、俺に会ったことは秘密にしてほしい。それと言うかどうか、少し迷ったのだが、俺を後ろから斬りつけたのはイアンだ。念の為、十分気をつけてほしい』
『…………っ!』
そして、俺は転移し、領主館に戻った。情報収集、一先ず任務完了なのである!




