54.魔術学院 ロア国4
この学院の学生と思われる男の『所詮、程度の低い学院の学生は足手纏いだ』に猛烈に腹を立てらしいイアン先生。
真っ赤な顔をして、手合わせをするようにけしかけるのだ。
(えええぇ?!)
ふむ。この灰色の髪の男は立派な剣を腰に差しているので、魔術剣士のようだ。それにしても、剣で戦う時に魔術をどのように使うのだろうか?
どうやら売り言葉に買い言葉。イアン先生だけでなく、この男も乗り気なので、いつの間にか手合わせをする事になっていたのである……。手合わせ前に、イアン先生にちょっと来いと呼ばれて、『笑顔を忘れるな』という。ふむ?
ローブを脱ぎ、皮袋から刀を取り出した。そして、強固な石に囲まれた広い円形状の練習場に立つ。
まずはお手並拝見だ。
男は火属性のようで火の魔術陣を描き、剣に激しい炎を纏わせ、飛び掛かるように真っ直ぐに上から下に振り下ろす。無駄がない上に的確だ。俺は鞘から刀を抜き、間合に入って喉元に刀を突きつけた。
魔術剣士ではないが、これならルクス村の傭兵団長ダラスの方が強いぞ。経験に基づいた生き残る為の剣術と、言葉は悪いが学生の所詮綺麗事の剣術の違いだ。
ふむ。もう少し男の力量が知りたい。間合いを外れて、笑みを浮かべながらけしかけてみる。
「ーーそれだけか?」
男は眉間の皺を深くし、先程とは桁違い、太刀筋が霞むほどの電光石火の一振だ。そして、俺の間合に踏み込み、瞬速で刺突で突いてきた。
サッと躱し、闇魔術で纏っていた炎を消し殺す。一閃、雷雲が広がり稲妻が男をめがけて落ちたのだ! これはいかんと思ったのと同時に体が動き、稲妻を闇魔術を乗せた刀で叩き落とした……。
魔術と剣の組み合わせが面白く興が乗ってしまったようだ。ふむ、魔法の制御ができていなようであるぅ。
少しは稲妻を食らっただろう。転がってしまった男を見に行くと、心配して損したと思うほどピンピンしていた。
男は顰めっ面で気まずそうに立ち上がった。
「悔しいが前言撤回する……程度の低い学院の学生って言って悪かったな」
「お前の太刀筋もなかなかのものだ。魔術剣士に興味がある。また手合わせを頼めるか」
「ああ、いいぜ」
がっちりとした強靭な肉体のこの男はロビンと言い、1級の魔術剣士の学生だと名を名乗った。
手合わせが終わり、イアン先生の元に行くと、イアン先生はにやりと『まあまあだ』と頷き、「手合わせの時のお前の笑顔は最高だな」と言われたが、なんのことだろうか?
そして、夕餉の刻限になり、3学年が決まった時間に揃って食事を取ることが、ロア学院の様式である。『決まった時間に来いだあ?』 とぶつぶつ言う、イアン先生と共に食堂へ向かった。
食堂に入るとイアン先生はずかずかとダルドス学長とデェミリア講師の隣の席に座り、俺は近くの空いている席に座った。
学院長の一言で夕餉が始まり、なんとフルコースで、前菜から始まる?! 一皿食べ終わりカトラリーを揃えて皿におくと、その皿が浮遊し、次の皿が料理を乗せて飛んでくるのだ!
これは面白い! 誰かが魔術を使っているのではなく、皿が付与魔術付きだそうだ。一人に対して、7皿がセットで、食べる速度に合わせて、皿が料理を乗せて飛んでくる。そして、食べ終わった皿は所定の場所へと戻っていくのである。うむ、これは興味深い。
そして、食事は野菜が多く、上品な味だった。ディアス学院の様式、山盛りの料理を好きなように好きなだけ皿に盛り、好きな時間に食べるとは随分違うな!
朝が来た!
ディアスの本隊が来るまで3、4日ほどある。イアン先生が云うには『ダンジョンの下見とも考えたが、どうせ早かれ遅かれ行くのだから、今のうちに少し休息をとるぞ』と3日間の休暇をもらった。
日が昇り、いつもの日課の基礎鍛錬に素振りを終わらせると暇になってしまったのだ。
さてとどうするかなと思っていると、何か不思議な音が上空から聞こえたので、空を見上げると箒に乗って飛行している学生がいるのだ!
ふむ。面白い。なぜ、箒なのだ? 何かに乗って飛行ならば、椅子なんか良いのではなかろうか? ああ……なるどほど、速度の問題で却下なのだな、と一人で頷いていると、その学生が降りてきた。
「昨日のディアスの学生さんね。ご機嫌よう」
「ああ、俺の名はルークだ」
「私はイザベラよ、1級の魔術学生であなた達と一緒にダンジョンにいくわよ」
イザベラの髪は明るい金髪と言うのだろうか、陽の光の下では透けてきらきらと輝いて見える。それに美人ですらりと背が高いのだ。
「ところで、なぜ箒に乗っているのだ?」
「ああ、この箒は使い魔のようなものよ。意志があるし、魔術学院に入学して一番最初の授業から一緒よ」
ふむ。使い魔か。白丸と同じと考えていいのか……? 白丸が体が大きく空を飛べたら、白丸に乗って空を飛べば魔力も使わないし……楽と言えば楽だな。
「ふふ、何をそんなに真剣に考えているのかしら」
「いや、何でもない。ひょっとして、その箒とやらに乗ることは出来るか」
「この子は私の使い魔だから、私以外は乗れないわ」
通りがかったダルドス学院長が、声を掛けてきた。
「それでは試してみるかね」
『ついてきなさい』の一言でイザベラと共に向かった先は学院長室の隣の部屋だ。部屋には付与魔術のかかった物、この国では魔道具と呼ばれるらしい、が所狭しと並んでいる。
その内の一つ、床に寝かせるように置いてある煤けたような黒っぽい箒を学院長が指で示した。
「これは昔からここにあってな、癖が強ので、誰の言うことも聞かないのじゃよ。もし、手懐けたのなら、この箒をやろう」
ふむ、と手を箒に伸ばすと、箒が鞭のようにしなり、手の甲を思いっきり叩かれたのだ! かなりというか、非常に、途轍もなく痛い!
これは、刀と同じではないだろうか。名刀と呼ばれる究極の刀は意志を持ち、持ち主を選ぶ。名刀を従わせるためには、名刀が持ち主としてふさわしいと認めさせる、屈服させねばならん。
俺と箒の手合わせみたいなものだな。静かに睨みつけ、持ちうるすべての殺気を箒に向ける。そして、逃げる隙を与えずに渾身の力で箒を踏み付けた。少し時を置き、足を上げ、箒に命じる。
「浮かべ」
箒はゆっくりと浮かび上がった。俺も手の甲を叩かれて、かなり痛かったし、これでおあいこだな。
後を振り返ると、学院長とイザベラは引き攣った顔をして俺と箒を眺めていた。
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