40.領主、御頭になる
夕風が涼やかに吹き抜ける日暮れに、ダラス達に別れを告げた。
そして楽しい時を過ごしたであろう表情の白丸と藤丸は遊び疲れか寝床で丸まり、俺は一人、今日の出来事を静かに思い返していた。
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翌日には王宮で、正式な書面に署名を済ませた。
名称はブルクス領、俺はルーク=クラウス=ブルクス
さてと、昨夜に考えた事を行動に移すとするか。先ずはこれからの優先順位だ。一時、学業より領地を優先する。
イアン先生に相談をしに研究室へと向かった。ふむ、久しぶりの研究室である。そして、相変わらずに凄まじく散らかった研究室の真ん中で、魔術本を片手に座り込んでいた。
ふむ。散らかり過ぎて研究室に入れないのである。仕方ないので、遠くから声を掛ける。
「イアン先生、一月程休学をしたいのですが、よろしいですか?」
顔を上げ、何言ってんだお前、という顔で凄むイアン先生。うむ。なかなかの迫力である。
「誰が研究室、掃除すんだよ。研究補佐は?」
「えーっと、部屋の掃除は一月後に纏めてします。研究資料などは全て持っていきますので、一月後に提出でどうでしょうか?」
「はあ?! 理由は?」
「小さい領ですが、領主になったので管理の為です」
渋面で舌打ちをするイアン先生である。
「一月だからな、さっさと帰ってこいよ! 研究資料を渡してやるから、全部終わらせて持ってこい、全部だぞ!」
そして、抱えきれないほどの研究資料を手渡され……研究室を後にした。
翌早朝に白丸と藤丸連れでブルクス領に転移した。二人は宮殿で何日かを過ごすので、白丸の背に食料などが入っている皮袋を背負わせ、何かあったら念話するんだぞっと伝えてから別々になった。
よし、先ずはダラスに会いに行くか!
「ダラスいるか?」
起きたばかりか、顔に線が残っているダラスが出てきた。
「うん? どうした。なんかあったか?」
「俺の名はルーク=クラウス=ブルクス。ここの領主になった」
「…………」
ぽかんと口を開け、動かないダラスである。
「朝っぱらから、クソつまんねぇー冗談じゃねぇだろうな?」
「ああ」
「…………」
突然の話、しかも寝起きで混乱している表情のダラスに言う。
「取り敢えず、村長? 村を取り纏めている者に会いたい」
「お、おぅ。今準備すっから、ちょっと待ってくれ」
ダラスの身支度に時間が掛かったが、隣の……村長の家に連れていってくれた。
「爺さん、客人だっ」
これまた、筋肉隆々の爺さんが出てきた。
「さあさ、入ってとくれ」
(筋肉隆々な姿と物言いに差があるな!)
「邪魔をする。俺の名はルーク=クラウス=ブルクス。新しく領主になった。これが国王陛下より賜った書面だ」
突然領主と現れても、受け入れるのは難しいだろう。そこで、証明するものとしての書面を持ってきたのだ。
「こりゃぁ、朝っぱらからビックリしたのぅ。書面なんて見たことないのだがのぅ。どこに本物と書いてあるのかのぅ?」
いかん、そこまで考えてなかった! 確か本物とは書いては無かったはず……。困っていたらダラスが助け船を出してくれた。
「このアヒルの紋章はディアス王国のものだ。間違いねぇ!」
(ア、アヒルではなく、ペリカンだが触れずに置こう……)
「そうか……ここに領名がブルクス、村がルクスと書いてあるようだのぅ」
「すまぬ、それは俺が決めた。領地に名を付ける栄誉を賜ったのでな」
とあることで叙爵男爵、土地を賜った事。父はクラウス辺境伯で、今は魔術学院に通っている事などを伝えた。
「「………っ!」」
全てを飲み込むまで時が掛かりそうだな。
「領主館を造りたい。場所はある程度の目星はつけてあるので、
一緒に来てもらうと助かる」
「「………っ!」」
少し早すぎたか? ついて来れてないような気がする……。半ば尻を蹴飛ばすように外へ連れ出し、小高い丘を目指した。
「「………っ!」」
さすが筋肉隆々なだけはあるな。驚きながらも、シャキシャキ丘を登る爺さん。やがて、村を一望できる高台の丘に着いた。ここだと谷、領地が一望できる。もし、非常事態が起きた際には、ここからだと状況が把握し易い。
「よし、着いたぞ。ここなんだが建てても大丈夫そうか?」
「「………っ!」」
しばし、二人が落ち着くのを待った。景色を見たりと時間を潰していると、さすが長老、持ち直したのである。
「こ、こ、ここですかのぅ。特に問題はないように思うのじゃが、ダラスはどうじゃ」
「お、おぅ。あまりにも展開が早すぎでついていけてねぇーが、ここに領主館だったか? 問題ねぇーと思うぜ」
「よし分かった。ここに決まりだ。悪いが、二人はかなり後に下がってもらえるか?」
「お、おうよ、よく分からねぇーが、ほれ、爺さん行くぞ」
爺さんを引きずって連れていてくれた。
どんな領主館にするか、既に構想は出来ているのである! 眼下にある谷は東から西に伸びている。この小高い丘は谷を挟んだ北側だ。南にはトリア国との国境があるので、南の監視の意味で北側を選んだ。
そこで、宴などを出来る様に北は広い庭。領主館は北側の庭を囲むようにコの字形で、石造りの平家にするつもりだ。そう、何かの非常事態の際には三方、東、南、西を見渡せる要塞を兼ねるようにする。
本館には5室、広間、応接間、食堂、書斎、図書室。コの字の右側と左側は客室2室づつ計4室。細かい部分は少しづつ改築に改装する予定だ。
よーし、やるか!!
予め用意していた川崖付近にあった岩や石灰石を中心に、南の山脈から調達した木材、この地の土に川の水が入った樽を付与魔術付の皮袋から取り出した。
全ての属性の多重魔術陣を術式展開。いつものように青紫に光る幾何学模様の魔術陣を浮かび上がった。集中して頭で思い浮かべて組み立てる。
屋敷の形はコの字型。平家で外観は石造り。部屋数に内装。壁の手触り、柱の位置、暖炉。更に領民が誇れ、暮らしを守る建物になりますように、と魔法も重ね掛けた。
最終的には外観は石造り、中は乳白色の壁に、火で軽く炙った焦茶の柱。暖炉が好きなので全室、暖炉付きだ。落ち着いた、暖かみのある、居心地良い領主館にした。
うむ。厨房、屋上に考えている見張り台や内装は後々でっと、
「ふっーー、なんとか出来たな」
後を振り向くと爺さんがひっくり返っているし、ダラスも尻餅をついた状態でぼーっとしている。
「「………っ!」」
兎に角、二人に説明をした。領地が危険に晒された時、領主館が防衛拠点になる、つまり要塞だ。周囲を見渡せる重要な役割でもあり、敵の脅威を発見し易い。
今日は疲れたので、細かいことは後々にでも打ち合わせをしよう。この村の為に何が必要で、何が問題なのか話を聞きたい。
ダラスがむくりと立ち上がり、背筋を正した。
「とにかく、領主が来たら尻蹴飛ばしてやろうとか思ってたけどよ、剣の腕前も元傭兵で名のあったオレより上だしよ、見たここもねぇ、魔術もする。お前さんには敵わなねぇーな」
爺さんも気を取り直したのか、いつの間にか起き上がっていた。
「なんの、話をしてるのかのぅ?」
「「………」」
「……ど、どこまで話たか忘れちまったが、元傭兵達には領主様より御頭が似合っている。御頭と呼ぶせてもらっていいか?」
「ああ、勿論だ。これからよろしく頼む」
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