32.魔術学院 黒の森 6
俺が下の茂みから戻ると、イアン先生が驚いた顔で森を見つめていた。
「イアン先生、戻りました」
「……ああ、早かったな……」
それどころじゃない様子のイアン先生。
それにしても早い? かなり長い間居たような気がするが、白天さんの時もそうだったし、多分時間の観念に仕組み? が違うのだろうか。
「ルーク、お前がクソしている間に宮殿と黒煙が閃光の後に消え去った」
(ここでもクソ?!)
とにかく、巨大岩にあった宮殿が見事に消え去り、灰色で暗がりだった空に陽の光が徐々に差し込んでいる。頼り無さげに見えた茄子くんだけど、さすがは竜だ。
「そうなると、我々の現状確認と調査は終了ですね」
「……ああ、説明がつかないし、思うところはあるが、終了だ。後は瘴気で発生したと思われる魔物を退治すれば終わりだな」
その後も腑に落ちない顔をしているイアン先生と飛行を開始した。
日が暮れてから白玉蓬で休んだ。白玉は青龍にあげたので、蓬団子を思い浮かべて白玉を蓬色にした2号である。
それよりも、今日は疲れた。最速で飛行しているので、かなり体力を消耗するのだ。この日も倒れるように眠りに落ちた。
翌早朝に出発し、昼過ぎに皆がいると思われる場所付近に着いた。イアン先生と共に探知と探索魔術で皆を探しているのだが、なかなか見付けられない。
打ち合わせをしていた進行ルートと方角に間違いはないのだが、見つけ出せない……。
先のシーラさんを襲った魔物の件もあるので、不安で胸がキリッと痛む。心を落ち着かせ、範囲を広げて探索する。どれぐらいの時が経っただろうか。そしてついに探し出すことができた。
鬱蒼とした森深く、上からは見えないが、かなり離れた位置に二つの集団。右側に強力な魔力を感じる魔物が数匹、左は弱い魔力の魔物だが数がかなりい多い。百匹程か?
でも、よかった……誰も命を失ってはいないようだ。
「ルーク、右にローディスとシーラ、シリルもいる。あの3人なら暫くは大丈夫だ。まずは左からだ」
冷静に指示を出すイアン先生。戦いは騎士が前衛、後衛に魔術師だ。魔術師が後衛なのは、魔術を発動するのに秒、分の溜め時が必要だからだ。
イアン先生が挑発的にニヤリと笑みを浮かべた。
俺が前衛、イアン先生が後衛。
行くぞ。
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俺は騎士団長だ。皆にも、ジルの剣の腕前はディアス王国で1、2を争うと云われるほどだ。剣の腕前には自負がある。
だが、もう、体の感覚もなく、手も足も上手く動かせない。
足元は歪み、視界がぐらぐらする。
血まみれの汚れた騎士服はもはや自分の血だか、
魔物の血だかも分からない……。
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イアンとルークが出発して、その次の日も順調だった。予定の進行ルートに方角、夜も明日の為にと早くに就寝した。
どのくらい寝たのだろうか。魔術師ローディスと筆頭騎士シリルの今までに一度も聞いた事もない切羽詰まった大声が闇夜にこだました。
「奇襲だっ!!! 起きろっ!!!」
「剣を持てぇっ!!!」
「「「ーーーーっ!!」」」
外に出ると、爛々と不気味に光る真っ赤な目が見えた……数百は、超えている。結界に穴を開けられたらしい。
魔術師の誰かが闇夜に光を灯し、状況が明らかになった。黒色で毛も皮膚もない犬が、血の色をした大きな口から涎を垂らし、鋭い牙をも覗かせている。
最悪なことに我々は取り囲まれているのだ。『ひ……っ』誰かの息を呑む声が聞こえた。
そこからは地獄のようだった……。我々騎士が前に出て露払いをし、魔術師が広範囲の攻撃魔術を展開する。
剣を振るい続けても、攻撃魔術をかけ続けても、いくら国一番の魔術師や剣士でも、多勢に無勢だ。木の根が激しくうねる深い森での奇襲、しかも闇夜だ。
勝ち目がない………。
それでも、誰もが気力を振り絞り、戦った。どのくらいの数の魔物に、どのくらいの時が経ったのだろう。
この森の大海原に我ら8人溺れていて、死は一刻一刻と近づいてくるように思えた。
ひたひたと迫ってくる死に必死に抗う。
気が付くと半分の人数しかいない、半分と逸れてしまったようだ。どうか無事でいてくれと心から願う。
俺の隣にいるのは同じく騎士団長のニック、俺とニックは戦闘の相性がよく、いつも二人で連携して戦う。
大岩を背に、魔力が尽きて倒れてしまったセシルに、怪我で立つことのできないデュークがいる。あいつらを守る為に俺達は前に立ち、死闘を繰り広げている。
この二人はまだ若い。例えこの命が尽きようとも、この二人は守り抜きたい。ニックがやられたようで蹲った。俺だけでもと意識が飛びそうになるのを耐える。
ダンッッ!!!
真上から、いきなり何かが降りてきた。
衝撃を和らげる為か腰を低く降り立ち、両手に握った二本剣は胸を抱え込むように交差され、右の剣刃は左肩に、左の剣刃は右肩に乗せられている。
凄まじい威圧感と突き刺さるような殺気にぞくりと背筋が粟立つた。
ゆっくりと姿勢を正したそれは両手で二本剣を水平に払うように一閃。魔物に囲まれていたが、それだけでもかなりの数が斬り倒された。
黒髪を靡かせ、剣は急加速し、疾風の速さで三方から襲ってくる魔物を斬りつける。その剣の熟練度に、一刀必殺の鋭さに、美しくも、恐ろしかった……。
ふっと気がつくと大岩の上から風を複数起こし、広範囲の魔物を切り刻み、補助をしている者がいた。
この場すべての魔物を殲滅して、血に塗れた地上のそれはゆらりと立ち、どこか底知れぬ恐怖を抱かせる妖美な笑みを浮かべた。
その後のことはあまり記憶に残っていない。
どうやら………助かったようだ。
袖口で涙を拭き、両手で顔を覆って静かに俯いた。
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