19.魔術学院
朝が来た! 目が覚めると大きな窓から陽の光が差し込んでいる。よし、今日は魔術学院の1日目だ!
大きくひと伸びをしてから、朝の身支度に取り掛かる。最後の仕上げに黒の膝上丈のローブを羽織った。うむ、このローブは1年を通して着る魔術学院の学生服なのだ。クラウスの市場で買った銀のピンで首元を留めてっと、準備完了なのである。
遅く起きたので、そのまま練習場へ向かった。そうなのだ。5年教育のうち4年間を終わらせた上級生は始業式もなく、授業初日のいの一番に練習場に集合なのだ。
練習場にはすでに上級生の20人がいた。入ると同時に一斉に注目され、否が応でも『20+1』の構図を思い出す。うっ、心配で倒れそうである……。
「おいっ、新入生なのにいい度胸だな」
「ちっ、何様だよ」
「ほんとだよな」
いかん、早々に絡まれてしまった! 新入りは一番最初に練習場に来るべきであったか。どうするかと思っていると、20歳前半ぐらいの男が入ってきた。
「今日から上級を受け持つことになったイアン=バルドックだ。王宮魔術師をしている」
20人が騒めくところを見ると、どうやら、著名の魔術師のようだ。髪色に瞳は鶯茶で、鶯の羽を思い起こさせる色合いだ。一目で高級と思われる衣服を身に着け、静かに佇んでいる。
「今日は最初の授業だ。それぞれの実力を知りたい。なんでもいいので、持ちうる最高の魔術を見せてくれ」
ふむ。まさにジン兄上のような細身の優男の趣で、隙が全く無いのである。
このイアン先生はチラリと俺を一瞥してから、口を開いた。
「新入生のようだな。先にその3人に手本を見せてもらってから、お前の番だ。しっかり他の学生の魔術を見て参考にするように」
最初にひょろっとした、茶髪の男が前に出た。
「母なる命の源、清らかなる水よ、我に力を与えたまえ! ウォータートルネイドゥゥ〜〜!!!」
(ーーーーっ!!)
思わず声が出そうになって、咄嗟に口元を覆った。ええぇっ?! 魔術を使う前に声掛けをするのだろうか? 教本にも祖父上の本にも何も書いてなかったのである!
「古の竜よ、偉大なる汝の名において、いざ現れよ! ドラゴンファイア〜〜ボールゥゥ!!!」
おそらく句や短歌の類だな。き、季語はいらないようだがな。つ、次の次が俺の番だ。
「荒ぶれる古の風の精霊よ 全てを薙ぎ払え、風の加護を我に! ウィンドウスラッシューアァ〜〜ァ!!!」
い、いかん! 声掛けが思いつかないまま、お、俺の番が、来てしまった……。
イアン先生にもさっさとしろっと顎で促されてしまい、うぅ、仕方ない……声掛けなしで、多重展開魔術陣にしよう。
いつもの青紫で幾何学模様の魔術陣の中に複数の小型火魔術陣を俺の中心に円を書くように展開させた。多重展開魔術陣が浮くので、闇の重力魔術と手の掌で押さえて安定させる。
それから、風魔術で纏めて頭上で火の玉を作り、更に闇魔術を重ね掛けして、威力の底上げだ。
(うぅ、思ったより、ずっしりとした巨大火の玉になったしまった。重いのである!)
次は苦心した色変え。気に入っている赤色、青紫色、黒色。そして、最後に闇魔術で、粒子に分解して消滅させた。
振り向くと、皆、口を開けてぽかんとしてる?! 確かに声掛けが無かったので、いまいち格好悪かったのである……。
俺の動揺をよそにイアン先生は坦々と進める
「よし、次!」
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僕の名はキースだ。シュルテン白爵の嫡男キース=シュルテン。
ディアス王国魔術学院に入学してもう4年も経つ、寮暮らしも同じく4年だ。初級も中級も無事に終わり、晴れて上級生になり、卒業後は王宮魔術師となる予定だ。
学院の始まりに合わせて、シュルテンの領地から昨夜戻ってきたのだが、友の話によると、上級のクラスに田舎者の新入生が入ってくるそうだ。
なんでも無試験入学で。しかも寮の中で1番人気の暖炉の部屋まで手に入れたらしい。田舎者のクセに生意気だ!
今朝の授業初日も時間に少し遅れてやってきた。誰だって嫌味の一つも言いたくなるだろう。『おいっ、新入生なのにいい度胸だな』と声を掛けた。
ムカつくことに、とんでもない美形で、黒の長髪を風に靡かせ静かに見下ろされた。
ますます、ムカつく!
王都で知らないヤツはいない王宮魔術師イアン先生が、アイツの手本に魔術を見せるよう言われたので、あの田舎者に俺のウォータートルネードを見せてやった。
すると、顔を半分隠して青褪めている。いい気味だ。レベルが違うんだっつーの。一昨日きやがれだ。
そして、アイツの番になった。青褪めた顔は相変わらずだが、決心したよう?……ひ……っ!!!
みっ、み、見たこともない大きさの巨大多重展開魔術陣に複数の魔術を高速で掛け合わせた超巨大火の玉を……?! しかも無詠唱で?!
魔術陣展開1秒、抑えで3秒、上げて3秒と言ったところか?! 高速で大きさも、色も何度か変えて30秒か? そして、完全消去した?! 全工程で1分は絶対かかっていない。
まさにあっという間の出来事だった。振り向くと、皆、口を開けてぽかんとしている……。
イアン先生の促しで次の生徒の番になった。それどころでは無い。イアン先生が他の生徒の魔術を注視しているのをいいことに俺らは固まって話をした。
わかったことは、どうやらアイツはあのクラウス一族の一人のようだ……。




