100.助太刀参上11
第三王女マリーエイル、又の名をスッポンさん。一度噛み付いたら離さないからである。意表を突く相撲技で、スッポンさんからの願いを聞き届けることになってしまった。
御婦人の館の『小鳥の囀り』と呼ばれる庭園に王女と思われる幽霊さんが出るので、歴代王の使者から一度話をしてもらいたいそうだ。
そして……花飾りが所々突き刺さった銀髪に、花柄刺繍がポイントの赤のマント姿で、その庭園へ行く羽目になってしまったのである……。
スッポンさんと数名の女騎士さんの案内で御婦人の館が見えてきた。館の周りには繊細な曲線の柵と格子門があり、二人の女騎士が門番をしているようだ。
スッポンさんは歩みを緩めることもなく、そのままシャキシャキと門番に小さく頷くような合図で通り抜ける。
続いて門を抜けた先には美しい庭園が広がっていて、眼を凝らすと奥には優美な彫刻が刻まれている白亜の館が見えた。
例の庭園なのだが、右側の奥まった場所で、途中からは真っ直ぐ続く緑のアーチをくぐり抜けた先にあった。まさしく人目につかない秘密の庭園なのだ。
その庭園の真ん中には屋根のある優雅な装飾のあずまやがあり、中には座り心地の良さそうな長椅子や豪華な椅子もある。その長椅子の一つににどっこらしょっと腰掛けた。
ふむ、外はまだ薄暗い。ウルと満月を眺めてから4日後なので、今宵は更待月のお月様だな。月の出が遅く、夜更けまで待って出てくるお月様だ。
月が出る頃に現れるらしいから、少しばかり時間があるのだ。先ほど酒を飲んだのもあるし、ここはあまりにも静かで、眠くて仕方がないのである。
「月が上がるまで仮眠をとるが良いか?」
「あ、はいっ」
フレディが入っているリボン付きのハンドバックを横に、長椅子に寝っ転がった。
ややあって、目を覚ますと、スッポンさんと女騎士が俺の顔を覗き込んでいる?
「なんだ、鼾でもかいていたか?」
「「「い、いいえっ!」」」
ロアの風習はよく分からんからな。まあ、いいか。伸びをしながら立ち上がり、外を見ると月光で少し明るくなっている。よし、そろそろ頃合のようだ。スッポンさん達にはこのあずまやで待つようにいい、フレディと共に外へ出た。
ふむ。外には幻のように浮かぶ、長髪で上品な様式のドレスを着ている女が、無表情で月をただ眺めている。月の光を反射して銀色に煌く、月のような静謐な女だ。
フレディの息を呑むような気配を感じたので聞いてみた。
「フレディ、どうした?」
「わ、わわ私の幼馴染です!! クリスティナ、です!!」
フレディが何度か名を呼び、声を掛けたのだが、クリスティナはひたすら月を眺めているだけなのだ。
「よくは分からないのですが、私はルークさんの剣の光で思考と感情が戻ってきたのです。一度使ってみてくれますか?」
「それはいいのだが、全て剣が決める事なのだ。ひょっとして消し去るかもしれない。それでもいいか?」
「はい。私は後で会えるでしょうから」
一点の雲りもない笑顔と心からの言葉に聞こえた。
その言葉を受けて、剣カミツルキを月に向けて高く掲げる。
「顕現」
剣が元の形に戻り、まるで月の光を受けて輝く星屑のように、キラキラと辺りを輝かす。その幻想的な美しさの中を初めてその女がゆっくりと振り返った。
女はフレディを見た瞬間に凍りついた表情を崩した。目から大粒の涙をポロポロと零し、顔をくしゃくしゃにした幼子のような泣き笑いの表情で、口を開く。
「フレディエル、さま……待っておりました。ずっと」
「すまない、クリスティナ。今、戻った」
「はい……」
クマからフレディが在りし日の姿で現れた。少し驚いている素振りが見えたが、そのままクリスティナを力強く抱きしめる。
銀の輝く光の粒が降り注ぎ、クリスティナが幸せそうにフレディの胸に抱かれている。それは永遠にも思えるような一瞬だった。銀の光が消え去った時を同じくして、クリスティナも幻のように姿が消え去った。
剣を仕舞い、暫し、夢幻の美しい光景を思い返すように青白い月を眺めていた。
ふと気付いたのだが……フ、フレディはどこだっ?! 急ぎ、地面に転がっているクマを抱き上げた。
「フ、フレディ……?」
へ、返事がないのである……。少しの間、ゆすったり、叩いたり、足を持ってぶら下げたりもしてみたのだが、そこにはただの間延び顔のクマがいた。フレディも消え去ってしまったのだ……。寂しいが、世の理。仕方がない事なのだろう。
しょんぼりとあずまやに戻ろうとした時、抱っこしていたクマが身じろぎした? 驚きのあまり、凝視していると、
「ル、ルークさんが、振り回したりするものですから、も、戻るのが大変でした……」
「フレディっ! いなくなったかと思ったぞ!」
「ふふ、もう暫く一緒にいられそうですね」
フレディの言葉に知らず知らずのうちに口角が上がる。
「ああ、そうだな」
あずまやへ戻るとスッポンさんと女騎士が片膝をついた姿勢で迎えてくれた。ああ、騎士の挨拶だな!
「これからは安心するが良い」
「「「はっ!」」」
イチャモンをつけられる前に撤退である。そのまま、切れ味の良い踵がえしで、超高速スタコラで格子門をさっと通り抜け、部屋へと転移したのである。
「きききゃゃ〜〜っう!!」
耳をつんざくようなデュークの大声が響いたのであった……。
「ひ、ひょうとして、ルー、ルー、ルーなのかい!!」
「ああ、そうだ」
さっさとマントを脱いで、髪に刺さっていたものを取り除き、髪色を戻す。
うむ。スッキリしたのだ! まったく、使者はたいへんなのである!




