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侍領主でござる  作者: ケヤキ
第八章 助太刀
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Side フレディ

私は死んだ

私は死んだ


真っ暗な暗闇で何千、何万、どれほど唱えたのか分かりません。

私は死んだのに、何故ここにいるのでしょうか? 


____

_

私はロア国の第二王子、フレディエル=ロアでした。魔術師でもあり、国の為、国民の為、模範となるように勤勉にして誠実であり続ける努力をしてきました。国王陛下、父上のご期待にも応えてきたと自負があります。


なぜ兄弟からの嫉みを受けることになってしまったのでしょうか?


一部の側近からも裏切られ、私は無実の罪で民からもさげずまれる立場となりました。国王陛下の父上からも見放され、国を追われる事となったのです。



私は魔力封じの手枷までされ……国を追放されました。



裏切った側近らは東にいると聞き、私は西へと行くしかなかったのです。幸いにも魔道具の袋だけを持ち去ることができました。まだ年若く、普段はとても聞き分けの良い弟のロディエル。


ロディエルが禁じられていたにも関わらず、癇癪を起こしたフリまでして、別れの挨拶に来てくれたのです。その際に密かに手渡してくれたのが、王族緊急用の食糧から全ての必需品までが入っている魔道具の袋だったのです。



そのお陰で西へと旅をすることができました。太陽までも沈む、名も無い土地へと。しかし、私はどこへ行けば良いのかも分からずに、まるで死に場所を探すかのように、彷徨い歩きました。



ある日、二つに割れている巨大岩が目に入ったのです。確か、神話の本に邪悪を閉じ込めた岩だとの一節があったように思います。


後に天が人を使わし邪悪の退治に岩を二つに割った。その半分は退治され、もう半分にはまだ閉じ込められていると。



確かに右半分から禍々しい蠢きが感じられ、一切の人を寄せ付けない岩に地。私にはちょうど良さそうでした。


左半分の岩に魔道具でひたすら時間をかけて部屋を造りました。一部屋の狭い部屋でしたが、そこで寝起きをし……ただ居ました。


初めは荒れ狂う怒りに呪い言葉も出るほど荒みましたが、月日が流れるうちに段々と心が安らかになって来たのは感じました。結局、物事は良いも悪いも含めて、自分に起因すると……その言葉が腑に落ちたのです。



追放されてから、まだ一年も経っていなかったのですが、体の具合は悪くなる一方でした。胸が疼くような痛みが続いていたのです。


その日も胸が疼き、寝台で休もうとしていた時でした。突然、パチンという音と共に場面が変わったような、視野が切り替わったような不思議な感覚を受けた時に、自分が見ている光景が信じられませんでした。


私が寝台の横に倒れていたのです。


暫くはただの夢かと思いましたが、いつまで経っても変わる事はありませんでした。それに寝台横に倒れている私の様子が……変わって、直視することに耐えられなくなったその時を境に、奥の寝台に立ち入ることは二度とありませんでした。


その時から、呪文のように唱えてきたのです。


私は死んだ

私は死んだ


ここが死後の世界なのでしょうか?

抜け出すことはできるのでしょうか? 

それとも私はここで誰かを待っているのでしょうか?


____


_


そして、その日は突然やって来たのです。光り輝く剣を携さえた一陣の風が。その剣の持ち主は青年のようでした。禍々しい邪悪を閉じ込めた岩を通り抜けて、ここまで来たようなのです。神話の、太古の邪悪をどうやって……?



『ふっ、私も死者で邪悪でしょうから、彼が私を消し去ってくれるのでしょう』


やっと終わることができる安堵感と共に、不思議なもので……まだ消え去りたくない気持ちも同時に湧き上がってきたのです。


体の奥底から湧き上がってきたこの感情はなんというのでしょうか。魂の叫びなのでしょうか。



青年が携えていた剣は神話の本で見た挿絵と全く同じように見えました。追放されてから、一言も話したことはありませんでしたが、最後にどうしても知りたくて、声を絞り出すように聞きました。


すると弟のロディエルの名を上げたのです。一度ならずも二度も助けてくれるのですね。ロディエルは。


私はこの青年の、ロディエルの剣によって自身が消え去る瞬間を待ちました。しかし、この青年は無言のまま、ひとしきり私を見つめた後に云ったのです。



『手土産代わり、とはなんだが、何か欲しい物、して欲しい事などはあるか?』

不思議な事を云うのでした。


唖然としてしまいましたが、一つ頭に思い浮かんだことがありました。それは、奥にいる自分……でした。誰にもみられたくない。惨めで、哀れで、無様な私の痕跡を消したい、と。


青年に頼むと、妙なことに好きな色を聞かれました。私は……何色が好きだったのでしょうか? 時間がかかりましたが、私は自分の緑色の瞳が好きでした。


彼はその場で優し色合いの緑の上掛けを作り、私の体を包んで花まで添えてくれました……心をこめて、丁寧に。惨めで、哀れで、無様な私を………。


そして、最後に私の願い通り、葬送のように石壁を静かに閉じてくれました。



一時を置き、この青年は私に問いました。

『何故この世に居続ける? 死者には死者のいくべき所があるはずだ』


それは私がこの暗闇で何千、何万、どれほど唱えたか分からない言葉でした。


私が死者となり、暫くしてから思考に感情が氷ように固定されていたのが、青年の剣の光で段々と溶けていくような不思議な感覚がありました。ゆっくりと視野が戻り、自由に物事を考えることが出来るようになってきたのです。


忘れていた……私に心から仕えてくれた側近達の顔が思い浮かびました。


彼らの人生は良いものだったでしょうか。理不尽な不遇な対応を受けていなかったことを心から願ったのと同時に、その側近達の荒ぶる魂の叫びが聞こえたのです。


彼らは私と同じで、まだ、この世にいる……。

死後にこの世に残るということは、何かしらの重い負荷がかかり、時が経つほど苦しみが増すのです。


追放されてから、自分のことだけで精一杯だったは言い訳にはなりません。

自分に言い聞かせるように青年に伝えました。


『私には果たさなければならない責務がある。彼らを救いたいと』



私は……この世に責務があったから、死ねなかったのでしょう。



先ずはここから外に出る必要がありました。死者になってから特定の場所、ここから離れる事が叶わなかったのです。多分、乗り移れるような何かが必要なのだと青年に伝えました。


青年は変なマダラ色のひよこと、間延びした顔で桃色の悪趣味な、いえ、個性的なクマを取り出し、どちらかを選ぶように迫ったのです。


ど、どちらも嫌でしたが……背に腹は変えられないので、手足があるクマを選びました。そして、無事に間延びした顔のクマとなり、三百年ぶりに岩の外へ出たのです。



澄んだ美し朝焼けが目の前に広がり、砂漠は陽の光を受けて黄金色に輝いていました。この世は、なんと美しいのでしょう……。絵の具を入れたかのような鮮やかな色々に溢れています。


この絵画のような景色の中に、黒髪に青の美しい瞳の青年が佇んでいました。そして、この時から、この青年との冒険が始まったのです。


海に放り投げられたり、背に背負われ宮殿内を逃げ回ったり、裏がえた大声の変な歌を聞かされたり、怖い面で腰が抜けるほど驚かされたり、


本人に至っては真面目に取り組んでいるようですが、あまりにもぶっ飛んで、いえ、ハチャメチャ、破茶滅茶……なのです……。しかし、人が一生を掛けても成すことが出来ないであろう事を平然と成し遂げます。周りは、かなり……振り回されていますが……。


憎めなくて、思いやりがあって、人情に厚い彼は、私の英雄なのです。


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