九話 浮遊剣心音
竜神池で、先代の三冠竜である竜神に出会い、三冠竜の卵が孵化したらもう一度来るように言われたいろは。その後、園に戻った彼女は、新部署の発足ミーティングに招集される。そのミーティングで、隊長と戦闘リーダーに出会ったいろはは、ミーティング終了後に食事に誘われる。食事の席で、彼らとの手合わせを提案されたいろはは、受けることにした。そしてこの手合わせで、心音が新技を生み出す。
いろはは、卵孵舎の次に配属が決定している、暴走竜鎮圧隊(仮)の発足準備会議に呼ばれた。会議には、配属が決定しているメンバーが呼ばれているようだ。いろはの隣に座っているのは、卵孵舎所属の先輩で公国最強の棒術使いである、久遠エリカ。2人の対面に座っている男性2名は、いろはの知らない人だったが、自己紹介を経てとんでもない人達だと分かった。
「まずは、自己紹介から。」
進行をしている園長のリョウが、年長の男性を促す。年長の男性は、立ち上がっていろは達の方を向いて話し始めた。
「それじゃあ私から。えー今回、隊長を拝命した、黒滝ヨクガです。普段は、空竜舎所属です。よろしく。」
「黒滝さんは、ドラゴンに関する豊富な経験と知識をお持ちなので、隊長として参加してもらいました。それでは次、お願いします。」
リョウが、短めの選考理由を付け加えて、次の人を促す。次は、黒滝の隣に座っているいろはより少し年上の男性が立ち上がった。
「どうも。海竜舎所属の篭波リュウキっす。よろしくお願いします。」
「篭波君は、公国軍から勉強に来ていて、戦闘面のリーダーとして参加してもらいました。それでは次、お願いします。」
続いてエリカが立ち上がり、自己紹介をした。案の定、エリカには公国最強の棒術使いとしての強さや、今まで鎮圧に携わってきた経験が求められているようだ。エリカの自己紹介が終わると、当然いろはの番が回ってくる。
「竹野いろはです。卵孵舎所属です。よろしくお願いします。」
いろはが話し終えると、選考理由が分からないといった顔の男性陣に、リョウが説明を始める。
「いろはちゃんは、最近雇用した新人ちゃんなんだけど、実は噂の色彩剣士兼三冠竜のお母さんという事で、参加してもらいました。」
リョウの発言に、かなり驚いた様子の黒滝と篭波。色彩剣士の正体と三冠竜の事は、一部の人達しか知らない話なので、それもそのはずである。
「園長。ちょっと待った。色彩剣士ってのは、あれだよな?王国との国境の盗賊団を倒したってだよな?」
「それに、三冠竜って伝説のドラゴンっすよね?生まれたみたいな噂は聞いたっすけど、そのドラゴンのお母さん……?」
黒滝と篭波の視線がいろはを捉える。
「その二つ名の持ち主が、いろはちゃんなんですよ。」
リョウが得意げな表情で肯定する。いろはとしては、目立ちすぎるのはあまり好きではないので、リョウの自信のこもった態度もやめて欲しいのが本音だ。しかし、そこまでの勇気はないのでスルーする。
「それでは、初回は顔合わせがメインなので、ここから連絡事項をお伝えして終わりです。」
リョウ的に満足したのか、次回の日程と今後メンバーが増えていく事が知らされて、解散になった。
「エリカさん。黒滝さんと篭波さんって、会ったことありました?」
いろはは、会議中やけに静かだったエリカが気になって声をかけた。
「そうだね。親しいってわけじゃないけど、卵とか子供の受け渡しで関わるから、知らない訳じゃないよ。」
「なーにが知らない訳じゃないよだ。思いっきりズブズブの関係じゃねえか。」
その時、後ろを歩いていた篭波が割り込んで来た。いきなりのフランクな態度に驚くいろはだが、エリカの返しにも驚かされた。
「言い方に気を付けて。ズブズブって何よ。」
いつになく勢いのある言い返しをするエリカ。いろはが驚いていると、黒滝が話しかけて来た。
「この2人、昔パーティー組んでたらしくてな。世間は、狭いってやつだよ。」
いろはは納得するが、同時に怖さを感じた。
「黒滝さん、何でその頃の事知ってるんですか?」
「ん?この前調べたんだ。仲間のことは知っといた方がいいと思って。」
さらっと言う黒滝だが、関係を言い当てられたエリカと篭波は、彼を見て固まっている。
「だが、いろは。君の事は、情報がほとんど皆無だった。だから今晩、食事しながら教えてくれよ。お前らも来るか?」
エリカと篭波は、いろはの事を知りたいのと、行かないとどうなるか分からないので、行く事にした。
その夜。黒滝に指定された店は、公都のレストラン街にある、ごく普通の食事処だった。しかし、表のテーブルが置いてあるフロアではなく、奥の個室に通された。黒滝曰く、彼の弟が経営している為、ある程度彼の自由が通るらしい。座敷の中央に置かれたテーブルに4人が座り、黒滝が料理を見繕って注文する。注文を終えた黒滝がいろはに質問しようとするのに合わせ、エリカと篭波もいろはの方を見た。
「と、いうわけで早速だが、いろいろ聞いていいかい?」
自分をまじまじと見つめる黒滝の目に、どこか恐怖じみた感情を覚えたいろはは、少し戸惑いながら頷く。
「それじゃあまず、君の二つ名の真偽が聞きたい。盗賊団を退治した色彩剣士というのは?」
「盗賊団を退治というか、私は馬車を引いていたお馬さんを守っただけですけど……。」
改めて考えてみれば、話が大きくなっているような気がしてきたいろは。話の大きさを戻そうとするが、3人は逆に食いついてしまった。
「え?馬?」
いろはがその時の様子を話すと、3人から感嘆の声がもれた。
「へぇ。まあ理由は何にせよ、こいつの強さぐらい世間に知れ渡ってるあの盗賊団のツートップを負かすなら、大した強さだよな。今度俺とも手合わせして欲しいな。」
エリカの強さを引き合いに出して、いろはを讃える篭波。少しこそばゆくなったいろはは、いつの間にか運ばれていた食事に手をつけて誤魔化す。すると黒滝は、話を進めた。
「そんなに強いなら、久遠に加えて頼もしいメンバーだな。そして、次なんだが……三冠竜がどうとか言ってたな?」
いろははその問いに対して、自分が異世界から来たことは伏せて、卵を拾ってからの事を話した。最初は訝しげに聞いていた黒滝と篭波だったが、ショウタや卵堂の名前で裏付けが十分なのか、最後には信じていた。
「こりゃあ孵化が楽しみっすね。三冠竜なんて、見れるだけで奇跡っすよ。」
興奮した様子で話す篭波。そんな彼をよそに、難しい顔の黒滝は、エリカに問いかけた。
「久遠。卵の孵化まではどれくらいなんだ?」
「そうですね。そんなにかからないと思いますよ。普通の卵と同じなら、あとひと月程ですかね?」
初めて聞く卵の経過に、興味津々ないろはとは対照的に、何かを計算しているような顔の黒滝が気になったエリカだったが、なぜか触れてはいけないような気がしてスルーした。しかし、黒滝のその顔が頭から離れず、頭の片隅に入れておくことにしたのだった。
数日後。心音を収納したソードベルトを腰に巻いたいろはは、先日エリカと模擬戦を行った広場にやってきた。目的は、食事会で約束した篭波との手合わせの為である。しかし、広場にいるのは篭波だけではない。話に乗っかってやってきたエリカと黒滝も各々武装していた。そして前回同様、エリカの知り合いも観客として見に来ていた。
「おい、色彩剣士の嬢ちゃんが来たぞ!」
いろはの登場に沸き立つ観客達。前回のいろはを見て、半ばファンのようになった人たちもいるようで、そんな人たちの黄色い声援に、照れながら手を振る。
「ずいぶん人気者だな。そんなにファンがいるのか?」
観客を見回しながら、やりづらそうにする篭波。そんな彼に指摘を入れるエリカ。
「あんたの知ってる顔もいるんだから、別にアウェーじゃないでしょ?挙動不審よ。」
「それじゃあ、全員揃ったな。竹野、篭波、準備はいいか?」
仕切り始めた黒滝に促され、一定の間合いをとって篭波と向き合う。公国軍の紋章が入った鎧を身にまとい、頭に鉢巻のような物をつけた篭波の腰には、少し長めの西洋剣がある。その剣を引き抜き、体の前に片手で斜めに構える。いろはも心音を抜いて中段に構えると、心音が話しかけて来た。
「いろはどうする?最初からアクロバットスラッシュ出す?」
「いや、最初は相手の力量とか分からないから、自力でやってみる。声かけたらお願い。」
「ん。了解。」
心音が短く返事をして黙る。いろはは、篭波に意識を集中させて出方を伺う。篭波は、剣を構えた姿勢のまま、左側に体を捻りそのまま剣を振るった。
「波動剣!」
技名と共に、横一文字に振り抜かれた剣からは、水の筋が白波を立てながら迫ってくる。一見、ただの波が迫ってくる様だが、上の方に立っている白波に隠れて水の刃が仕込まれている。初見では分からないトリックだが、波の中に何かあると直感的に思ったいろはは、お腹の高さくらいでやってくる波の下をくぐってかわした。
「やっぱ、これくらいだとそうなるよな。」
篭波はそう言うと、振り抜いた剣を振りかぶり、自分の前で斬撃をクロスさせた。
「二連波動剣!」
そう叫んだ篭波は、いろはに向けて斬撃を飛ばしてくる。いろはは造作なく避けて、篭波に疑問の視線を向ける。しかし篭波は、いろはの視線にニヤッと不適な笑みを浮かべて言った。
「そうだよなぁ!対ドラゴン用の技なんだから、圧倒的に小さい人間は避けれるよなぁ!だったらこれはどうだ?」
篭波は、剣を中段に構えると、いろはをしっかりと見据える。
「遠隔波動剣!」
篭波が、いろはから離れた位置で剣を振る。いろはが周囲を警戒していると、自分の左肩すれすれの場所に水飛沫が突然出来た。
「!?」
慌てて左半身を後ろに反らすと、右手に持っている心音が動いて、斬撃を受けてくれた。結果的に右手に持った剣で防いだ様に見えるのだろう。篭波の顔に、驚きの表情が浮かんでいる。
「心ちゃん。来るよ。」
「了解!アクロバットスラッシュ!」
篭波が連続で剣を振るのに合わせて、いろはの近くに波の斬撃が発生する。発生位置を、篭波の振りから予測する心音が動き、全ての斬撃をことごとく防ぐ。
「これならいける!」
心音の動きを見たいろはは、篭波が意図的にとっていた長い間合いを縮めるために、一歩前へ踏み出した。
「おお!やるな嬢ちゃん!」
その攻防を見て、今まで静かに見守っていた観客達が歓声をあげた。しかし、いろはが剣圧に耐えながら進んでいると、必死に剣を振るう篭波の体が横に飛ばされた。驚いたいろはが、篭波が飛ばされたのと反対の方向を見ると、エリカが棒を突き出していた。
「バカね。自分でブレーキくらいかけなさいよ!」
確かに途中、篭波のテンションが上がった様な気がしたが、暴走中だったのかと納得するいろは。
「痛いだろ?もうちょっと加減しろよな。」
正気に戻って早々。自分の心配しかしない篭波に対して、エリカの怒りが増していく。
「あんたさぁ!初見の子に遠隔打っていいわけないでしょ?いろはちゃんが強いから大丈夫だったけど、そうじゃなかったら確実に大怪我必須だし、下手したらそれじゃ済まないよ?もっと考えなさいよ!」
エリカが篭波を叱責する。彼女としては、いろはを危険に晒したことが許せない様だ。
「そうだな。仮にこのまま続けても、竹野が勝っていただろうしな。」
黒滝にもそう言われた篭波は、立ち上がっていろはに歩み寄ってきた。
「いろはちゃん、ごめん。俺、自分の攻撃をかわされると周りが見えなくなるみたいでさ。もう少し、コントロールできる様にならないとだな。でもすげぇな。確実に回避不可能なのに、剣で避けちゃうんだから。やっぱ色彩剣士ってすごいんだな。」
自分の不手際を詫び、手放しでいろはを褒める篭波。しかし、2人のやり取りを見ていた黒滝は、ぼそっと呟いた。
「色彩剣士、ね。」
隣にいるエリカでも気付かないくらいの声で呟いた黒滝は、いろはの元へ歩み寄った。
「竹野。俺とも頼んでいいか?」
「え?あ、はい。」
急な申し出だが、幸いダメージの無かったいろはは、受けることにした。黒滝と適度な距離をとって向き合う。いろはが心音を中段に構えるのに対し、黒滝は腰の後ろからピストルを取り出した。
「え?」
「「ちょ!?」」
黒滝が取り出したものに驚く3人。彼らの疑う様な目を見た黒滝は、怪訝そうな顔で言った。
「大丈夫だ。実弾は使わん。それこそ久遠に吹っ飛ばされるしな。使うのはゴム弾だ。当たると痛いが、竹野なら大丈夫だろう?」
言葉の柔らかさとは異なり、挑発的な視線を向けてくる黒滝。いろはは、思わず唾を飲むと心音に言った。
「心ちゃん。アクロバットスラッシュで。」
「了解。」
心音に作戦を伝えた直後。黒滝が、いろはに向けたピストルの引き金を引く。火薬が弾ける音共に、黒いゴム弾が発射される。いろはに迫るゴム弾を、心音が動いて弾く。
「うっっ!!」
弾くと同時に、心音の小さな呻き声が聞こえた。
「心ちゃん?大丈夫?」
「大丈夫。次来るよ。」
ゴム弾という事もあってか、心音にかかる圧が強い。しっかり受けないと、押されてしまうと感じた心音だったが、弾まで動いていって受けるというのは、簡単に耐性を上げられるものでは無かった。ゴム弾を数発受けただけだが、一発受ける毎に圧に押されて体勢が崩れる。立て直して次を受けに行くのを続けていれば、どこかで押し負けるのは明白だった。10発程受けたところで押し負け、いろはの手から抜けてしまった。
「「あっ!!」」
2人の声が重なった。いろはは、剣道であれば反則をとられる行為に失意を感じる。しかし心音は、いろはに向けて放たれたゴム弾に向けて、一直線に動いた。失意を感じたのは心音も同じ。しかし今の自分は、最強の親友の剣であるという自覚が、無意識のうちに彼女を動かしたのだった。いろはがゴム弾に気づいた時には既に遅かったが、真っ先に動いた心音が弾を弾く。
「!?」
黒滝が、突然動き出したいろはの剣に絶句する。
「いろは!走って近づいて!」
心ちゃんの声が訴えてくる。
「弾は?どうするの?」
「私が全部弾く!」
心音の力強い声を聞いたいろはは、彼女を信じて黒滝に向かって走り出した。
「このっ!!」
いろはの行動を見て焦った黒滝は、闇雲に乱射した。しかし、いろはに向かって飛んでいくゴム弾を、宙に浮いた心音が悉く弾く。いろはの手から離れ、行動の自由が聞くようになった心音は、圧に押されないように全力で体当たりしている。いろはが、黒滝の1メートル前まで迫ると、ゴム弾を全て弾いた心音が追いついた。
「いろは!決めるよ!」
心音の声を聴いたいろはは、右手を上に掲げた。一振りで仕留められる距離まで踏み込んだ時、いろはの右手に心音が綺麗に入り込んだ。
「カラフルブレード!」
心音から色とりどりの光の筋が伸び、黒滝に襲い掛かる。しかし、黒滝が咄嗟に突き出したピストルにこつんと当たって止まった。思わず目をつぶってしまっていたエリカは、軽い音に目を開けてホッとした。
「なぜ止めたんだ?」
いろはに問いかける黒滝。いろはは、キョトンとした顔で答えた。
「何でって、これはただの手合わせで、私には隊長を傷つける理由はないですから。」
黒滝は、小さくフッと笑うとピストルを降ろして仕舞う。いろはもそれに合わせて、心音をソードベルトに仕舞った。
「ところでその剣。どんな原理で動いたんだ?」
「え?」
あまり突っ込まれたくないことを聞かれたいろはは、慌てて言い訳を考えるもいい言葉が浮かばない。
「あ、それ私も聞きたい!」
「俺も聞きたいな。」
近づいてきたエリカと篭波も、黒滝に乗っかって聞いてくる。さすがに言い逃れできず、仕方なく心音の事を話したいろはは、帰ってから心音に今後の事を詰め寄られるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりの更新になりましたが、今後も鋭意更新予定ですので、引き続きよろしくお願いします。
また、作者名のTwitterアカウントで更新情報等お知らせしています。本作のブクマと併せてフォローしていただけると、更新時のお知らせがもれなく受け取れますので、よろしくお願いします。