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八話 竜神

エリカとの手合わせで敗北したものの、新部署への配属を受け入れたいろは。彼女は、残りの休日を利用して、以前から地図を見て気になっていた場所「竜神池」へやってきた。怪しげな雰囲気が漂うその場所で、いろはが目撃したものとは?

 エリカとの手合わせを終え、帰宅したいろは。この世界に来る前に出たインターハイでは負けなかったため、久しぶりの負け。しかも完敗だった。武器が相手と違い、相手はリーチが自在に変更でき、動きも型にはまった動きではない。言い訳を並べればいくらでも出てくる。しかしこれからは、暴走して苦しんでいるドラゴンを相手取ろうとしているのだから、彼らを助けるためにもここで折れている場合ではない。そう思ったいろはは、さっきの心音の動きについて聞いてみた。

(ここ)ちゃん、さっきの技ってなんだったの?」

心音は、机の上に置いたソードベルトから抜けると、浮かび上がっていろはのそばにやってくる。

「あれはね、今までいろはに振られてた経験から、こう動けば無理なく対処できるねっていう軌道を見つけて動いてるの。つまり、いろはは実質私を持ってるだけで、あらゆる攻撃に対処できるってこと。」

「え?何それすごい!」

心音にキラキラした視線を送るいろは。心音は、半ば呆れながらも釘を刺す。

「言っとくけど、頼りきりにならないでよ?いろはがしっかり持ってないと、振り回されて危険だからね?補助くらいに思っててよ?」

「うん、そうだね。分かったよ。」

いろははそう言って、心音の忠告を受けとる。さっき使った時もそうだったが、アクロバットスラッシュに慣れて使いこなすには、相当なテクニックが必要だと感じた。

 その日の午後。軽く身支度をしたいろはは、心音を鞄にしまって寮を出た。向かったのは、寮の最寄りの竜車停留所である。エリカが訪ねてきたために出発が遅れたが、この日の当初の予定は竜車で近辺の街を探索することだった。竜車に乗り込んだいろはは、ドラキア公国の地図上で気になっていた『竜神池(りゅうじんいけ)』にやってきた。竜種園のほぼ正反対の方向にあるその場所は、卵堂曰く原始の竜が祀られているらしい。竜神池は、緑の木々に囲まれた池の中央に小さな祠があり、選ばれし者が訪れると、水面が下がって道が現れ、その人のみお参りが出来るという言い伝えがあるようだ。しかし、実際お参りできる人は極めて少数で、いろはの周りには誰一人としていない。いろはが、池の周りを囲む外周路の入り口に立つと、通ってきた街とは違った雰囲気を感じた。池には(もや)がかかり、先日目にした暴走竜と似たような空気のピリつきを感じる。いろはは、鞄からソードベルトを出して腰に巻く。すると、心音が話しかけてきた。

「いろは、ストップ。誰かいる。」

いろはは、ちょうど外周路に入っていない場所で足を止める。(もや)に目を凝らすと、池の上にうっすら人影のような黒いものが見えた。

「あれ、池の上だよね?」

一応、思念通信で心音に確認する。

「そう、だね。座禅かな?」

「浮いてるとか?空中に。」

いやいやと心音に否定されるが、黒い影は外周路と祠の間の水面の上にいる様に見える。しばらく身を隠して様子を伺っていると、影が両手を上げて何かを叫ぶ。なんと言ったかは聞こえなかったが、直後の現象から見て何となく想像する。影が叫んだ後、紫色の稲妻が降り注ぎ、遠くの空から1匹のドラゴンがやってきた。しかし、空を飛ぶ空竜ではなく、翼に加えて前脚のひれと強靭な下半身を携えている。その特徴を見たいろはは、話に聞く三冠竜だと判断した。すると、三冠竜の声が辺りにこだました。

「我を呼んだのはお前か?」

その問いに影が何か答えた様だが、声は聞こえない。しかし、回答が余程気に障ったのか突然三冠竜が怒り出した。

「我が力をそんな事に利用しようとは。その様な不届きなやつはこうしてくれるっ!」

そう言うと、天から紫色の光の筋が降り、影のある場所を貫く。しかし間一髪で逃げられたのか、手応えのなさそうな顔をしている三冠竜。いろはは、去ろうとする三冠竜の元へ駆け寄り声をかけた。

「あのっ!もしかして三冠竜さんですか?」

三冠竜は、いろはの声に振り向くと目を丸くした。

「ほお。お前は我の事が見えるのか?」

あまり予想していなかった質問で、答えに少し詰まるいろは。

「あっ、は、はい。見えます。」

三冠竜は感心した様にいろはを見つめる。

「それでは、新たな三冠竜の主はお前と言う事だな。わしは先代の三冠竜、竜神だ。わしの姿が見える者。即ち、この祠にお参りできる者は、当代の三冠竜の主のみだ。子供が卵から孵ったら、お前達に伝える事がある。その時またここへ来るが良い。」

「は、はい。分かりました。」

少し緊張気味のいろはに気付いた竜神は、少し口調を柔らかくして語りかけた。

「そう固くならんでもいい。そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。何という?」

「竹野いろはです。」

「いい名前だ。新しく生まれる三冠竜にも良い名を付けてやってくれ。それと、次に来た時は祠の前まで来るといい。何か聞きたいことはあるか?なんでもいいぞ。」

いろはは、思い切って聞いてみた。

「あの私、違う世界から来たんですけど、帰る方法とかありますか?それと、さっきいた人は誰なんですか?」

竜神は少し怪訝な顔をして答えた。

「なんでもいいとは言ったが、そこまで難しいとはな……。まあいい。確か、わしの主もそのようなことを言っていたな。結局帰ることはなかったから分からんが、西の王国がどうとか言っていたな。」

ドラキア公国の西にある王国といえば、いろはがこの世界に来た時に降り立ったエンタスフィア王国が思い浮かぶ。もう一度戻る時が来そうだと思ういろはだった。

「それとさっきまでいた奴だが……。」

竜神は、話すのを迷っているようだったが、決意したようにいろはを見た。

「いずれ頼むことだが、奴は竜種が人類と共存することに反対の集団『反竜教』の長だ。竜種の方が優れているから、もっと人間より上の立ち位置になることを支援しているという奴だ。」

ドラキア公国は、人間とドラゴンの共生をモットーにしている国だ。何百年も前からそれは変わっていないと聞いた。しかし、建国当初から反対派はいたのだろう。反対派の末裔達が反竜教になり、今もなお活動を続けていると竜神は教えてくれた。

「中でも当代の長は信仰心が厚くてな。竜種を優位に立たせる為であれば、手段は選ばないという危険な奴だ。近頃竜達の暴走が増えているのも、奴らが無理矢理暴走させているかもしれん。わしは、竜達を守るために奴と会っているのだが、さっきは力を貸せと言ってきた。当然断ったがな。」

怒りの感情をのぞかせ、語気の荒くなる竜神。しかし我に返ると、コホンと咳払いして言った。

「悪かった。つい感情的になってしまったな。奴らは、黒地に赤いマークの入ったマントが目印だ。見たら気を付けるといい。」

竜神にアドバイスをもらったいろはは、卵が孵化したら来ることを約束して、竜神池を後にした。

 竜種園の寮に戻ったいろはは、竜神に聞いたことをスマホのメモに打ち込んだ。竜神の言葉を聞く限り、何かとてつもなく大きなことを頼まれる気がしている。

「反竜教、ねえ……。」

何とも言葉にできないモヤモヤを、ため息に込めて吐き出していると、心音に話しかけられた。

「なんか大変なことになりそうだね。大丈夫?」

「うーん。まだ卵が孵らないと何とも言えないから、今から極度に心配する必要はないんだけど……どうしてもね……。」

いろはが、先の見えない未来に不安を隠せずにいると、心音が励ましてくれた。

「いろはなら大丈夫だよ。今から心配しなくてもいいのが分かってるなら、ちゃんと現状が分かってるってことだよ。それに、私も付いてる。剣ではあるけど、話聞いたり知恵は貸せるし。いろはは1人じゃないから。」

心音の言葉にハッとしたいろは。心が少し軽くなった気がしたいろはは、小さく笑って言った。

「ありがと、(ここ)ちゃん。改めてよろしくね。」

親友の存在の大きさに改めて気づいたいろはは、もう少し寄りかかってみようと思った。

 数日後。出勤したいろはに、卵堂が声をかけてきた。

「いろは嬢。今日の10時に、鎮圧隊内定メンバーの招集がかかった。エリカ嬢と一緒に、本部に集合らしいぞ。」

「あっ、はい。分かりました。ありがとうございます。」

遂に、発足の兆しが感じられる知らせに、いろはは少しだけワクワクした。いつものように、運ばれてきた卵を保温室へ入れ、保温室から赤ちゃんを連れだし、仲間の元へ連れていく。今日は、海竜と空竜の赤ちゃんだった。まずは海竜の育成スペースへ連れて行く。海竜の育成スペースは、成長に合わせて部屋を満たしている水の深さが深くなっていく。育成スペース内の子竜達を移動させていると、一匹の海竜がいろはにすり寄ってきた。

「ん?リーヴァ、どうしたの?」

リーヴァは、陸竜のチャオと同様に、いろはが初めて世話をした海竜である。いろはの傍にやってきたリーヴァは、いろはが差し出した手に顔をこすりつけて甘えてくる。チャオとは異なり、いろはがやってくると絶対に近寄ってくるほど甘えん坊な性格で、いろはの言うことはちゃんと聞いてくれる素直な子でもある。

「リーヴァ。私もう行かなくちゃだから、みんなと遊んできな?」

頭を撫でると、名残惜しそうな鳴き声を出しながらいろはから離れるリーヴァ。もう少しかまってほしいと訴える眼差しを向けてくるリーヴァに別れを告げ、いろはは空竜の育成スペースへ向かった。空竜の育成スペースに赤ちゃんを移すと、奥のスペースへ向かう。

「えーっと……あ、いたいた。」

一匹の子竜の元へ向かういろは。いろはに気付いた子竜は、いろはが差し出した手に顔を寄せる。

「レックス。怪我の調子はどう?」

いろはが初めて世話をした空竜のレックスは、ほかのドラゴンと喧嘩をして胸の部分に傷があった。だいぶ治癒してきているのだが、傷の後は残ってしまいそうだった。いろはが傷のあたりを撫でていると、年上気質の性格なレックスは、心配しなくてもいいというように、強がった鳴き声を出す。

「お、ここにいたか。いろはちゃん、卵堂の爺ちゃんから聞いた?」

その時、入り口の方からエリカが話しかけてきた。

「はい、聞きました。10時ですよね?」

「ん。ならオッケー。レックスの様子見てたの?」

エリカが、育成スペースに入って近づいてくる。

「はい。もうだいぶ良くなってるんですけどね。」

エリカは、少し観察してから納得するように頷いた。

「なるほど。もう大丈夫みたいだね。っと、こんな時間になっちゃった。私、片付ける仕事が残ってるからやってくるね。時間まで育成スペースの掃除、お願いできる?糞を掃いて、寝床を整えておいてもらえれば大丈夫だから。」

「分かりました。やっておきます。」

いろはは、卵孵舎の事務所へ戻っていくエリカの背中を見送った。しかし、見送った後であることに気付く。

「掃除って、3部屋全部やるんだよね……?」

時計を確認すると、午前9時を示している。時間までに終わるか心配だったが、とりあえず陸竜の部屋から取り掛かることにした。とはいえ、体育館のフロアほどの広さに散らばった糞を回収するのはかなり時間がかかる。結局、半分ほどしか終わらないまま時間が来てしまった。

 午前10時。いろはが事務所の会議室に到着すると、園長のリョウやエリカ、それに2人の男性が机に座っていた。いろはが部屋に入ると、エリカの手招きが目に入り、彼女の隣に腰を下ろす。向かいの机には、いろはより少し年上の男性が座っていて。その隣に、だいぶベテランそうな男性が座っていた。いろはが着席すると、リョウが口を開いた。

「それでは。全員揃ったので、第1回鎮圧隊発足準備ミーティングを始めます。」

今後のいろはに大きく影響する組織が動き始めた。

お読みいただきありがとうございます。

2日間連続の更新となりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。今後も引き続きよろしくお願いします。

また、作者名のTwitterアカウントで更新情報等お知らせしています。本作のブクマと併せてフォローしていただけると、更新時のお知らせがもれなく受け取れますので、よろしくお願いします。

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