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七話 エリカの棒術

ドラキア公国の北にある村に出現した暴走竜を、鎮めることに成功したいろは達卵孵舎(らんふしゃ)のメンバー。いろはは活躍を買われて、新しく創設予定の暴走竜専任部署に推薦される。返事に迷っていたいろはだったが、休日にエリカに連れ出されて手合わせを行うことになる。公国最強の棒術使いと言われるエリカを相手に、いろははどこまで戦えるのだろうか?

 翌日。出勤したいろはは、エリカに連れられて園内ツアーの続きをしていた。

「昨日は中途半端だったからね。最後の一つを見にいこう。」

そう言って連れてこられた先は、空竜の展示スペースだ。頭上には、鉄格子と強化ガラスの先に大きな翼を広げて悠々と空を飛ぶドラゴンの姿があった。空竜の特徴的な姿に、イメージの中のドラゴンに一番近いのではないかと、いろはは思った。

「空竜は、空の交通手段として重要なのよ。海竜も海の交通の要なんだけど、時間がかかる。空竜は、急いでいる時に使う感じね。」

元いた世界の船と飛行機のような感じだと理解したいろはに、彼女の常識にはない事実が伝えられる。

「空竜で移動する方法は2つあってね。1つは吊り上げ。人の乗った入れ物を脚に括り付けて飛ばすの。もう一つはライド。1人1匹必要な高額手段だけどね。」

いろはは、吊り上げは気球みたいな感じだろうかと想像する。しかし、ライドは想像がつかない。

「エリカさん。ライドって、乗るんですか?」

「そう。空竜の背に乗って空を飛ぶのよ。まあ、ライドは免許制だから、庶民で取る人はいないかな。」

いろはは、高額ということより落ちないのかが気になる。それを尋ねると、いかにもな答えが返ってきた。

「それは大丈夫だよ。空竜が飛んでいる間は、気温低下や強風、空気抵抗なんかから守ってくれる防御障壁が展開されるから。」

防御障壁と聞いて、今更ながらも異世界感が大きい。

「さて。竜種園にいる種類の紹介はこんなとこかな?何か聞きたいことある?」

いろはは、少し考えてから質問した。

「あの、三冠竜っていうのは、3種類のハイブリッドみたいな認識でいいんですか?」

「そうだね。って、私も聞いただけだから断言は出来ないけど。3種類の特徴を併せ持ってて、陸海空を自在に移動できるなら、その認識でいいと思う。」

あまり歯切れの良くないエリカの回答に、生まれてみるまで分からないのかとも思ういろはだった。

 エリカに連れられて卵孵舎に戻ると、卵堂が子竜達の食事を作っていた。

「おう、戻ったか。いろは嬢、こっちへ来な。」

いろはが卵堂の元へ行くと、作っている物を見せてくれた。

「子供のドラゴンは、まだ臓器類が不完全だからな。こうやって細かく刻んで与えるんだ。」

ボウルの中には、肉やら野菜やら果物やらが一口サイズで入っている。人間からすればあまり細かくはないが、ドラゴンならチャオぐらいの大きさでもこれくらいは食べれるようだ。

「よし。これを陸竜のところまで持っていってくれるか?エリカ嬢、サポートよろしくな。」

エリカが手を上げて答える。いろははボウルを持ち上げると、エリカのところまで持っていく。

「重いでしょ?持てる?」

エリカはそう心配してくれるが、日々動物園で力仕事をこなしていたいろはには、なんの問題もなかった。陸竜の子供達がいるスペースに入ると、待ってましたとばかりに、お腹を空かせた子供の陸竜達が寄ってくる。いろはの腰くらいの背丈で擦り寄ってくるので、思わずボウルを上に掲げそうになるが、動物園の小動物で経験済みのいろはは慌てずに口の中へ少しずつ入れてやる。いろはの様子を見たエリカは少し驚いたようだったが、自分も追加の餌を運んできた。いろはは、自分の周りが少し落ち着いてきた頃、餌を少し手に取りチャオのところへ向かった。

「チャオ。ご飯だよ。」

チャオは、いろはの声を聞きつけてトコトコやって来た。餌が乗った手を差し出すと、既に立派な歯の生えた口で元気よく食べ始めた。そんなチャオの姿が可愛くなり、思わず空いている方の手で頭を撫でていた。食べ終わったチャオは、満足したのかいろはに体をピッタリつけて甘えてきた。

「お!いい感じに甘えてるね。仲が良くて何より。」

後ろからエリカが声をかけてきた。

「エリカさん。どうしましょう?チャオが居座っちゃいました……。」

エリカは、チャオの頭に軽く触れて自分に意識を向ける。右手の人差し指をチャオの前に出して、空中に無限大マークを書いて視線を誘導する。チャオが指を目で追うのを確認すると、その指を自分の左側に素早く向ける。指を追っていたチャオは、動きにつられて数歩足が動き、いろはから離れる。そのままチャオを持ち上げたエリカは、いろはの方を向いて教える。

「今のは、ちょっとした暗示。ここにいる子達は、これで若干は動かせるよ。」

いろはは、チャオの前に右手の人差し指を出して無限大マークを書いてみる。チャオは、目で指を追っている。

「へぇ。すごいですね。不思議。」

「子供のうちは効果があるから、困ったら使ってみて。」

エリカがチャオを下ろすと、チャオはいろはのところへ寄ってくる。

「チャオ。またね。」

頭を撫でると、少し高めのギャアという鳴き声が返ってきた。

 陸竜の子供達に別れを告げ、卵孵舎の事務所まで戻っていると、エリカにこんなことを言われた。

「チャオ、すごく懐いてるね。」

「はい。あそこに行くと、いつもあんな感じで……。懐かれて嫌な気はしないんですけどね。」

エリカはその回答に小さく笑うと、感心しながら言った。

「いろはちゃんって、すごいよね。ドラゴンの飼育員の希望者が少ないのは、直接触れ合うのが怖いからっていう人が多いからなの。私も最初は怖かったしね。でも、いろはちゃんは怖がらないし、懐かれてる。やっぱり、動物園だっけ?経験の違いかな?」

「うーん。経験も大きいですけど、私は生き物が好きなのかも知れません。ドラゴン達にも不思議と怖さはなかったですし。」

エリカはそうかぁと相槌を打っていたが、思い出したように話題を変えた。

「そういえば!いろはちゃん、鎮圧隊入らないの?」

単語から昨日リョウにされた話だと察したいろは。

「まあ、答えを保留にしてるだけですけど……。飼育員もやりたいので、迷ってます……。」

いろはが保留にしている理由を知ったエリカは、少し驚きの入った様子で聞いた。

「あれ?聞いてない?飼育員も兼任だよ?暴走竜が出た時に率先して動くチームってだけだよ?」

知らない事実に驚くいろは。実は、渡された紙に書いてあったのだが、字の読めない彼女は知りようがない。そして、字を読めないことを知らない関係者も、分かっていると思っていて生まれたすれ違いである。それを知ったいろはは、鎮圧隊への入隊を決めたのだった。

 こうして、入園直後にしては色々ありすぎた激動の数日を終えると、休日がやってきた。いろはがいつもより長く寝ていると、玄関のチャイムが鳴った。起きがけの目を擦りながら出ると、訪問者はエリカだった。

「おはよ、いろはちゃん。……寝てた?」

「はい……。どうしたんですか?」

寝巻きを着て寝癖を拵え、目を擦りながら出てきたいろはを見て尋ねるエリカ。

「よし!朝ご飯奢るから、着替えてきて。そのあと手合わせね。」

見ると、エリカの背中には愛用の如意棒が警棒ほどの長さで装着されている。いろはは突然の申し出に驚きながら、急いで着替えてソードベルトを腰に巻く。

(ここ)ちゃん。出番だからよろしくね。」

心音にそう呼びかけると、起きたばかりなのか気だるそうな返事があった。

 エリカについて歩いていくと、自分達の武装がおっかなく見えてくる。

「エリカさん。こんなに堂々と武器持ってて大丈夫ですか?」

心配に駆られたいろはが、人が多くなってきた通りで尋ねた。

「ん?ああ、大丈夫だよ。ここは冒険者達が集まる区画でね。武装は日常茶飯事。私は、元冒険者だから少し顔が効くの。」

そう言って、一軒のお店に入る。以前行ったお店とは異なり、洋食屋のような雰囲気だ。エンタスフィア王国で、初日に入ったお店に似ていた。店内は、お昼前ということもあってか適度に空いていた。

「おっちゃん。この子にモーニングをお願い。」

おっちゃんと呼ばれた店主が、エリカの姿を見てつっこむ。

「エリちゃん。2人で来て1人分かい?朝ご飯食べねぇと、美人になれないよ?」

「あ、大丈夫でーす。私もう美人なので。それとも美人ではないと?」

「少なくとも、俺の女房には負けるね。」

会話の雰囲気の割に、言葉に込められた圧が互いに半端じゃない。この2人はよほどの付き合いなのか、それともよほど合わないかどちらかだと思ったいろはだった。エリカが奢ってくれた洋風の朝ご飯を食べ終えると、次はちょっとした広場に連れて行かれた。どうやらここで手合わせするらしい。

「ここは、冒険者同士の手合わせで使われる広場なの。ここでお願いしていい?」

周りには、エリカが声をかけた彼女の知り合いが、興味本意で観戦している。いろはは、分かりましたと頷くと、エリカから距離をとって向き合う。心音に手をかけると、心音が反応した。

「いろは。あの人って確か、最強の棒術使いとかいう人だよね?大丈夫?相手の武器が剣以外って初めてだよ?」

(ここ)ちゃんも、この前のエリカさんの戦い方見たでしょ?」

「うん。えげつない跳躍だったね。上は取られるよ?」

「あとね。棒術を調べてみたの。使い方によって、槍とか薙刀みたいになるんだって。それならやれると思う。」

心音を引き抜いて、エリカに向けて構える。エリカは、体の右側に構えた棒を槍ほどの長さに伸ばし、いろはに向けた先端を下に向けて腰を落とす。

「それでは、始め!」

いつの間にか観客の中から出てきた審判が合図をする。途端、エリカが地面を踏み切って、いろはに突っ込んでくる。棒が自分の左側に突き出されると予想したいろはは、防ごうと心音を左下に動かそうとする。しかし、それを見たエリカは、棒を突き出す一歩手前で踏み留まり、回転して右から払いにきた。腰の辺りを狙って繰り出される横薙ぎ。いろはは、左に動かしていた心音で下側に弧を描いて右からくる棒を防ぐ。棒を受け立ちしてから心音を振りかぶり、エリカ目掛けて振り下ろす。エリカが頭上に掲げた棒で受け止められるが、そのまま体当たりをしてエリカの体勢を崩す。よろけたエリカに追撃を入れようと振りかぶって迫るいろはだったが、飛び退いたエリカに回避される。

「おいあの少女、エリカさんと互角だぞ!」

「なんでも、国境の盗賊団を倒した色彩剣士(カラフルセイバー)だって話だぞ!」

観客のざわめきが聞こえてくる。どうやら驚きを与えているようだ。

「さすが色彩剣士(カラフルセイバー)。やるじゃない。」

「ど、どうも……。」

いろはの動きを見たエリカは、棒を短くして右手に持つと、いろは目掛けて突っ込んでくる。いろはは、まず受け太刀しようと中段で身構える。しかし、いろはから離れた位置で止まったエリカは、その場で棒を突き出す。

「エキスパンションスティック!」

突き出された短い棒は、その勢いを保ったまま伸び、いろはに向かってくる。

「!」

予想していなかった攻撃に、エリカの武器が如意棒であることの真価を実感する。初手の攻撃とは異なり、まるで鞭のようにいろはに襲い掛かる攻撃に、防御が遅れて少しづつダメージを追う。

「いろは。ここは、私に任せて。」

心音がそういうと、いろはの手元が勝手に動き始める。しかし、確かに勝手に動いているのに不思議と無理はない。その上、繰り出される棒を的確に弾いている。

「アクロバティックスラッシュ!」

心音は、今まで見てきたいろはの剣筋から無理のない軌道を割り出して、自分がいろはを動かしている。そうすることで、いろはだけでは対応できないような、複雑で速い攻撃にも対処できる。

「いける。」

いろはは、手元が勝手に動く感覚に慣れると、エリカとの距離を詰めていく。それに気づいたエリカは、現在の間合いに合わせて棒を固定し、一撃必殺の技を繰り出す。

槍型(やりがた)奥義!刺突一閃(フラッシュストライク)!」

棒を突き出す形で繰り出された高速の突きが、いろはの喉元めがけて飛んでくる。その勢いに圧倒されたいろはは、思わず立ち止まって覚悟を決める。突きが直撃することを察し、喉元の意識を飛ばした直後。状況確認のためにゆっくりと目を開けたいろはは、自分の喉元に突き付けられた棒の先端に驚いて尻餅をついた。

「し、勝負ありっ!」

2人の迫力に圧倒され、審判も見惚れていたようだ。ふと現実に戻った審判によって、勝敗が言い渡される。

「ふぅ。どうにかなったか……。」

意外にも安堵した表情を見せるエリカ。武器を収めると、いろはに手を差し出して立たせてくれる。

「あ、ありがとうございます。私、まだまだですね……。」

少し肩を落とすいろは。エリカは、彼女の背中をポンと叩くと、明るく声をかける。

「そんな事ないよ。私とここまでやり合える人は久しぶりだったよ。あいつらを見てみな。」

いろはが、言われたとおりに観客達の顔を見ると、皆いろはに笑みを向け、拍手している者もいる。

「やっぱ色彩剣士(カラフルセイバー)って、強いんだな。こりゃ、姉さんも足元掬われる日が近いな。」

審判をしてくれた男性が歩み寄って、言ってくれた。

「何言ってんの?私が負けるわけないでしょ?」

バシッと乾いた音を立てて、エリカが男性を叩く。その光景に皆が笑いに包まれた。

お読みいただきありがとうございます。

本作のPVが、700を突破しました。ここまで読んで頂いた皆さん、ありがとうございます。宜しければ、今後もお付き合いください。

今後も更新予定ですので、引き続きよろしくお願いします。

また、作者名のTwitterアカウントで更新情報等お知らせしています。本作のブクマと併せてフォローしていただけると、更新時のお知らせがもれなく受け取れますので、よろしくお願いします。

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