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五話 卵孵舎(らんふしゃ)と陸竜

面接の結果、ドラキア公国立竜種園に飼育員として勤めることになったいろは。幼い頃の記憶を思い出し、飼育員を頑張っていく決意を固めた翌日、初出勤を迎える。まずは、拾った三冠竜の卵と共に、卵と赤ちゃんの世話をする卵孵舎(らんふしゃ)に配属される。卵の世話をしながら、三冠竜の卵の孵化を待つことになったいろはは、これからの仕事にワクワクしながら飼育員としての一歩を踏み出すのだった。


登場人物

卵堂(らんどう)・・・ドラキア公国立竜種園で、卵の孵化から子供の成育までを担う卵孵舎(らんふしゃ)の責任者。ドラゴンの卵一筋で生きてきたベテランで、竜種園全体でも数少ない生き字引的存在。


久遠(くおん)エリカ・・・ドラキア公国立竜種園卵孵舎配属の飼育員。同時に、公国の中でも随一の棒術使いだという話も。

 翌朝いろはが、前日に指示されたとおり事務所へ行くと、ショウタがいかにもベテランそうな髭のおじさんと話していた。ショウタはいろはに気付くと、おじさんを連れてきた。

「おはよう。いろはちゃん。昨日は寝れたかな?」

「おはようございます。はい。ぐっすりでした。」

「ならよかった。僕は最初、ベッドが合わなくてね……。こちら、卵担当の卵堂さん。今日から面倒見てくれるから。」

「へぇ。嬢ちゃんが三冠の(ぬし)か……。意外といい顔してるじゃねぇか。」

紹介された卵堂が、品定めをするような目でいろはを眺める。

「た、竹野いろはです。よろしくお願いします!」

少し引いてしまったいろはだったが、何とか元気よく挨拶した。卵堂は豪快に笑うと、いろはに手招きして事務所を出て行った。手を振るショウタに見送られ、いろはが卵堂に追いつくと、さっきとは大きく違う低い声で尋ねられた。

「嬢ちゃん。違う世界から来ただろ?」

 突然投げかけられた問いに絶句するいろは。驚きのあまり思考がフリーズし、返す言葉が出てこない。卵堂は、その反応を見ると意外に慌てた様子で弁明した。

「悪い悪い。怖がらせようとしたわけじゃねぇんだ。俺の故郷にな。三冠竜伝説ってのがあってな。その伝説によりゃあ、気高い性格の三冠竜が唯一気を許す相手が、異世界からやって来た剣士なんだ。ひょっとしたら、嬢ちゃんがそうなのかも知れねぇって思っただけだ。」

予想外の伝説の登場に驚くいろは。詳しい内容が知りたかったが、聞く前に目的地に着いてしまった。

「おし。ここが、ドラゴンの卵を孵化させる施設。『卵孵舎(らんふしゃ)』だ。」

卵堂は、そう言って敷地の一角にある建物に入って行く。ロッカーへ案内してもらう途中、通りかかる施設を簡単に紹介してくれた。この卵孵舎は、園で飼育しているドラゴンたちが産み落とし、飼育員が回収した卵を集めて孵化させるまでの施設らしい。卵は種類ごとに、陸海空で分けて保管され、孵化に適した温度で保管されている。卵から孵化したドラゴンの赤ちゃんは、各種類の専用飼育スペースに移され、一人前の体になると大人達と同じスペースでお客さん達にお披露目されるようだ。

 案内されたロッカーに荷物をしまい、卵を抱えて卵堂の元に戻ると、一人の女性が一緒に待っていた。

「おう嬢ちゃん。こちらが今日から、嬢ちゃんの世話係になる久遠(くおん)エリカ嬢だ。」

紹介された女性が、にっこり笑って会釈する。ぱっと見活発そうな笑顔で、盗賊団のナギサに似たような印象を受けた。

「んじゃ、俺は朝の会議があるから行くぜ。エリカ嬢。さっき伝えたとおりによろしくな。」

「ん、了解。任しといて。」

エリカは軽く返事をすると、卵堂を見送ってからいろはに向き直った。

「いろはちゃんだっけ?久遠エリカです。改めてよろしくね。」

「よ、よろしくお願いします!」

エリカは、いろはの手元に視線を落とすと、興味津々な様子で尋ねてきた。

「で、それが噂の三冠竜の卵?」

「は、はい。そうらしい、です……。私実は、あまりよく分かっていなくて……。」

エリカは、上手く説明できずに肩を落とすいろはを、元気づけるように明るく返した。

「大丈夫だよ。この竜種園で、卵堂のおっちゃんが分からん事は、誰も分かんないよ。」

エリカに肩に手を置かれ、前を向いて頷くいろは。エリカは腰に手を当てると、付いてきてと合図した。

「よし。まずは、卵を置きに行こうか。」

いろはがエリカについていくと、卵が1つ入ったケージがズラーっと並んでいる部屋にやってきた。

「ここは、卵の保温室。産み落とされた卵は、飼育員の人達が回収して、ここ孵卵舎に運ばれてくるの。運ばれてきた卵は、ここの部屋で専用のケージに入って、適切な温度で孵化を待つの。そして、その子のケージがここ。」

歩きながら説明を聞いていたいろはは、カプセルホテルのような印象を抱いていた。持っている卵を案内されたケージに入れると、エリカが扉を閉めて注意事項を話す。

「この部屋は、基本的に作業の時以外立ち入り禁止だから、入った時に様子を見てあげてね。」

その時、離れたケージでパキッという乾いた音がした。エリカが、音のした方へ駆け寄る。いろはもついていくと、ドラゴンの赤ちゃんが卵の殻を破って、首から上を覗かせていた。

「ちょうどよかった。ここでの仕事は、さっきみたいに卵をケージに入れるのと、生まれてきた赤ちゃんを専用ルームに運んであげる事なの。」

エリカはそう言うと、ケージの扉を開けて赤ちゃんに手を伸ばす。最初は見慣れない手に少し怯える赤ちゃんだったが、エリカが優しく触れると、安心したのか体を委ねた。

「か、かわいい……。」

思わず声に出してしまういろは。エリカが、掌にちょこんと乗った赤ちゃんを差し出す。

「触ってみなよ。」

いろはは、人差し指を頭にそっと乗せる。ドラゴンの赤ちゃんは、意外としっかりした鱗を持っていて、思ったより硬い。しかしその下の皮膚はまだ柔らかく、硬い鱗全体が沈み込むような不思議な感覚だった。いろはに触られた赤ちゃんが、フガァという鳴き声をあげる。

「フフッ。いろはちゃん、早速気に入ってもらえたね。今の鳴き声は、落ち着いた時に出す声なの。」

エリカに教えてもらった事に、少し驚くと同時に安心したいろは。そんな彼女の脳裏に、とある疑問がよぎった。

「エリカさん。この子の名前とかって、決めるんですか?」

「そうだね。この園にいるうちは、名前があった方が見分けやすいから付けるよ。付けてみる?」

いろはは、笑顔で元気よく頷く。

「じゃあ……」

いろはが少し悩んでいると、エリカが特徴を教えてくれた。

「この子は、前足が後ろ足より短いから陸竜かな。あとはメスだね。陸竜は走るのが得意で、他の種類と比べてスピードとパワーが秀でている種類よ。」

特徴を聞いたいろはは、動物だと何に近いか考えてみた。すると、いろはの中でピンとくる種類があった。

「この子の名前は、チャオにします。」

メスだということもあり、初めてちゃんと面倒を見たダチョウの名前をもらった。

「チャオか。いい名前だね。それじゃあこれを付けておこう。今持ってたかな?」

エリカはズボンのポケットに手を入れると、タグを取り出していろはに渡した。

「これに名前を書いて、前足につけてあげて。キツすぎない程度に絞めておいてね。」

いろははタグを受け取ると、こちらの文字は分からないので、恐る恐るカタカナで書く。

「お?それって確か東の方にある国の文字だっけ?いろはちゃんって、そっちの方出身なの?」

いろは自身よく分かっていないが、日本が極東と呼ばれていることもあり、話を合わせるためになんとなく肯定する。ナギサも東方武術と口にしていたことを思い出したいろはは、いつか東に行ってみようかと考えた。名前を書いたタグをチャオの前足に付けると、エリカが付いてくるように言った。彼女の後をついていくと、陸竜の子供達が沢山いる部屋に着いた。

「卵から孵った子達は、2ヶ月ここで過ごすの。」

エリカが、足下に寄ってきたドラゴンの頭を撫でる。背丈は、彼女の腰より少し下ぐらい。

「で、この子よりもう少し大きくなると大人の仲間入り。展示スペースに移動するの。」

いろはは、部屋の中を見回してみる。年齢の違うドラゴンの子供達が、じゃれあったりケンカしたりしている。

「この子達、意外と頭いいんですね。人間の子供達を見てるみたいです。」

「そうでしょ?何気に表情豊かだし、懐いてくるから、私も愛着湧くんだよねぇ。っと、忘れるところだった。」

エリカは、寄ってきたドラゴンに離れるように指示して、いろはに向き直る。

「保温室に卵を置いて、孵化した赤ちゃんがいたら、ここへ連れてくる。これが、毎朝のルーティーンよ。ここまでいい?」

いろはは、エリカの問いかけに元気よく返事をした。

「はい!」

チャオを下ろし別れを告げると、エリカの後について部屋の外に出る。

「ここ以外にも、海竜と空竜用の部屋があるから、生まれた子に合わせて連れて行ってあげてね。それぞれの種類によって適応させる環境が違うから、間違えないようにね。」

その言葉にいろはが少し身構えると、エリカは訂正を付け加えた。

「大丈夫。見分けられるまでは、私が一緒だから。」

「お、お願いします……。」

いろはは、お辞儀をしてお願いした。

 いろはが次に連れてこられたのは、陸竜の展示スペースである陸竜舎だった。陸竜は、広大なスペースに芝や砂地、水辺などが設けられた場所に放されている。いろはからすると、動物園のサバンナエリアのような感覚だ。そのスペースの上にある飼育員用の通路に案内されたいろは。この通路は、大地をかけるスピードと同程度に秀でたジャンプ力を持つ陸竜でも到達できない高さにある。そこには、1人の男性がいた。いろはより少し年上のエリカと、同じ年頃に見える彼は、通路の柵から肉を落としている。恐らく陸竜達のエサなのだろう。

「蓮!陸竜達はどう?」

エリカが、少し離れた場所にいる相手に大きな声で尋ねる。蓮と呼ばれた男性は、こちらに気付くと少し怪訝そうな顔を向ける。

「あ?何しにきたんだよ?」

返事は少しぶっきらぼうだが、実際はエリカを嫌っているというより、幼馴染の様な距離感に感じられた。

「新人ちゃんの案内よ。この子、今日から入ったいろはちゃん。今は卵孵舎に居るけど、そのうちこっちにもくると思うから。」

紹介されて、小さく頭を下げるいろは。蓮は、いろはを見ると、エリカと異なる態度で応じた。

「そうだったのか。俺は柊木蓮(ひいらぎれん)。陸竜の担当だ。よろしくな。」

そんな蓮を弄るように、エリカが重大情報を囁く。

「ちなみに、三冠竜を連れて来た本人。」

「はあ?」

想定通りの反応を示す蓮に、悪戯っぽい笑みを向けるエリカ。そんなエリカを嫌がるように、蓮が舌打ちをして、追い払う手つきをする。2人の距離感に思わず笑みがこぼれるいろは。エリカは、蓮に促されるままいろはの方に来ると、通路の柵から下をのぞき込む。

「陸竜は、竜車とか引いてるから見たことあるかな?あんな風に駆け回るスピードやジャンプ力、それにキック力は3種類の中で随一かな。よし、次は海竜を見に行こう。」

いつの間にか竜種園ツアーになりつつあるが、いろはとしては物珍しさや、動物園のような懐かしさで心地よくなっていた。

お読みいただきありがとうございます。

本作のPVが、500を突破しました。読んで頂いた皆さん、ありがとうございます。宜しければ、今後もお付き合いください。

今後も鋭意更新予定ですので、引き続きよろしくお願いします。

また、作者名のTwitterアカウントで更新情報等お知らせしています。本作のブクマと併せてフォローしていただけると、更新時のお知らせがもれなく受け取れますので、よろしくお願いします。

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