四話 採用決定!
ドラゴンと人が共生する国、ドラキア公国に到着したいろは。道中の盗賊団退治の噂が広がり、人との付き合いも増えてきた彼女は、国立竜種園の存在を知る。幼い頃からの飼育員心をくすぐられた彼女は、飼育員になるために竜種園園長との面接に挑む。人手不足ということですんなり採用されたいろはは、月明りに過去を思い出しながら、決意を新たにするのだった。
登場人物2
桜木リョウ・・・ドラキア公国立竜種園の園長。最近赴任してきたばかりの、元キャリアウーマン。財政が苦しくなってきた竜種園を立て直すべく、組織改革に尽力中。
ショウタ・・・竜種園の飼育員。いろはが最初に声をかけたこともあり、面接に補佐として同席する。
レックス・・・いろはが幼い頃に遊んでいたポニー。レックスとの別れの光景は、今もいろはの記憶に鮮明にある。
ドラキア公国立竜種園。ドラゴンと共生しているこの国で、国民にドラゴンを身近に感じてもらうための施設である。竹野いろはは、ここの飼育員になる為に面接に臨んでいた。たまたま見かけて声をかけた飼育員のショウタに通された部屋で待っていると、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。ショウタ曰く、最近赴任してきた園長で、元バリバリのキャリアウーマンらしい。その女性は、部屋の真ん中にある机のいろはの向かいに座ってこちらを向いた。
「この竜種園の園長、桜木リョウよ。今日はよろしくね。」
にっこりと優しい笑顔のリョウは、ビシッとした見た目とは少し異なった柔らかい性格のようだ。
「竹野いろはです。よ、よろしくお願いします!」
いろはの制服姿と腰のソードベルトに、何かピンときた様子のリョウは、緊張気味のいろはに微笑みかけると、持ってきた書類を広げながら説明を始めた。
「今この園はね。飼育員不足なのよ。あなたみたいな人が来てくれて助かるわ。それで、一応志望動機とか聞いとくわね。」
いろはは、信じてもらえるか分からなかったが真実を話した。
「えっと私、どうやらこことは違う世界から来たみたいなんですけど、前の世界で動物の飼育をしていました。この世界で同じような施設を探していたら、ここの事を知ったんです。あと、これも見てほしくて。」
いろははそう言うと、鞄からあの卵を取り出した。リョウは、卵をまじまじと見るとショウタに話を振った。
「ショウタ君。これって、ドラゴンの卵なの?」
リョウは、経験が浅いのかよく分からないと言ったようで首をかしげている。ショウタは、どれどれと見ると驚いて言った。
「園長!この卵は確かにドラゴンの卵ですけど、普通じゃないんです!これは、千年に一度現れると言われている三冠竜の卵ですよ。」
「さ、三冠竜……?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、ショウタが説明してくれた。
「三冠竜っていうのは、陸海空を自在に移動できるドラゴンのことなんだ。希少な種だから、千年に一度現れるっていう言い伝えがあるんだよ。三冠竜の卵には特徴があって、普通のドラゴンの卵より一回り大きくて、色違いの3本のラインが入っているんだ。」
ショウタが見せてくれた普通の卵の写真と比べると、大きさはともかく緑、茶、青のギザギザしたラインが入っていた。そんな希少な卵を持っているものだから、違う世界から来たといってもすんなり受け入れられたのかもしれない。リョウは、驚きながらも話を元に戻す。
「そ、それでいろはさん。飼育員希望でいいのね?種類の希望はある?」
「はい。出来ればこの子がいいんですけど…。」
卵を指差すいろは。リョウは少し考えると、部屋に備え付けの電話を手に取り、誰かに電話をかけた。
「もしもし桜木です。卵堂さんいらっしゃる?」
待っていると、ショウタが耳打ちしてきた。
「卵堂さんは、この園の卵担当で、ドラゴンの卵一筋のベテランさんだよ。」
「もしもし卵堂さん?突然だけど、三冠竜の卵ってうちで見れるかしら?ええ、三冠よ。そう。分かりました。では後で伺いますね。」
電話を切るとリョウは、いろはにこう伝えた。
「OKよ。その子の担当として、明日からいらっしゃい。」
正式な採用決定だった。しかし、いろはにはもうひとつ心配事があった。
「あの、寮とかってありますか?」
諸々手続きを済ませて、寮の指定された部屋に入ると、机の上にソードベルトを置き大の字に寝そべった。
「はあ〜。疲れた〜。」
慣れない面接で、かなりの神経を使ったため、緊張の糸が切れたタイミングで疲れが押し寄せてきた。その時、心音がソードベルトから抜け出してやってきた。
「お疲れ、いろは。とりあえず何とかなったね。」
いろはは得意そうな顔をすると、調子に乗った様に答えた。
「まぁね。私にかかればこんなもんよ。」
「また調子に乗って。晩御飯はどうするの?」
いろはは、財布を開いて残金を確認する。財布の中には、千円札と五円玉が1枚ずつ入っていた。
「1005円かぁ。ん?」
ふと五円玉の製造年が見えた。いろはの生まれ年に作られたそれに何かを感じた彼女は、財布からそっと抜いてポケットに忍ばせた。寮を出たいろはは、地図に示されていた近くのレストラン街で、一軒の定食屋に入った。レストラン街を歩いている時から感じていたが、どうやら人々の注目を集めているようだ。店の中に入ると、それをより強く感じる。すると、店員の若い女性が慌てて駆けてきた。
「いらっしゃいませ。あの、色彩剣士の方でしょうか?」
「え?カラフルセイバー?」
いろはは、知らない呼ばれ方にキョトン顔になる。
「はい。エンタスフィア王国との国境近くに蔓延る盗賊団を、見事退治なされたという!」
なんか話が大きくなってる気がするけど!?と驚くいろはの視界に、手を振る女性が映り込んだ。
「ナギサさん!」
ナギサは、悪戯をした後のような笑みを浮かべながら手を振っている。おまけに手招きを始めたので、仕方なく隣の席へ行く。
「どうだい?私らを退治したご褒美だ。」
「ご褒美って、あんまり目立ちたくないんですから……。」
迷惑そうな目でナギサを見ると、軽く笑って目線を反らす。
「そんな目で見るんじゃないよ。あの店員も言ってたでしょ?私らを負かすってのは、それだけ大きいことなんだよ。名声はありがたく受け取っときな。それと、これも渡しとくよ。」
ナギサが、いろはに向かって握った拳を差し出す。いろはが手のひらを出すと、五千円札を置いた。
「え?これって?」
ナギサは、盗賊団の一味と一緒に立ち上がって答えた。
「私らを倒した祝い金だよ。見たところ、懐もさみしいみたいじゃないか?うまいもんでも食べな。」
そう言うと、ナギサ達は店を出て行った。いろはを心配しているようなセリフだったが、いろはが感じたのは全く別の感情だった。そんな彼女に心音が思念通信で話しかけてくる。
「予定外の収入だね。よかったじゃん。」
「うん。でもいいのかな?盗賊団のお金ってそういう事だよね?それに、私の手持ちが少ないって分かるんだ。盗賊団って、そういうの分かるのかな?」
「うん、そうかもね。そういう目は肥えてるかもしれない。気になるなら、今はとっといたら?手持ちはいくらかあるんでしょ?」
ということで、今晩は自分の手持ちを使うことにした。近くを通った店員を呼び止めて、注文を伝える。しばらくして、運ばれてきた定食でお腹を満たす。味は庶民的で親しみやすく、美味しく食べることができた。心音の食べられない気持ちが伝わってきて少し気まずかったが、それ以外は満足することができた。寮に戻ると、荷物を置いて椅子に座り、窓から見える月を見上げた。見えるのは、相変わらず銀色に輝く月だ。寮の部屋に大きな照明器具は無く、あるのは机に備え付けの小さなスタンドライトのみだった。日も落ちているので、部屋に入ると窓から差し込む月明りのみが部屋を照らしている。その光景に、ライトを付けなかったいろはは、幼い頃を思い出した。
いろはが小学生の頃。彼女は下校途中に動物園に寄り、事務所で宿題を済ませた後に、夕方の園内を散策する生活を送っていた。園内散策と言ってもお客さん達が歩くところではなく、飼育小屋などの裏方を回るのが好きだった。当時、いろはが毎日欠かさずに通っていたのが馬小屋だった。土日のキッズふれあいイベントとして開催されていた乗馬体験。そこでお客さん達に触れあってもらうポニーを飼育している小屋に、いろはのお気に入りがいた。
「レックス!ただいまー。」
馬の名前はレックス。プライドが高く、飼育員の人も手を焼くほどの干渉嫌いな性格だったが、なぜかいろはには懐いていた。レックスに懐かれることが嬉しかったいろはは、毎日レックスと触れ合っていたのだった。
「おー、いろはちゃんお帰り。宿題終わったかい?」
「あっ、源さん。算数で時間かかっちゃった。レックスは?」
馬小屋に行くと、担当飼育員の源さんが出迎えてくれる。サラブレッドの元調教師だった源さんは、飼育している馬の事をよく知っていたため、いろはに付き合ってレックスの事をいろいろ教えてくれた。
「レックスなら、裏の牧草地で放してるよ。俺も後で行くから、いろはちゃん先に行ってな。あ、くれぐれも刺激するんじゃないぞ。」
「はーい。」
イベントで使う馬場の、飼育小屋を挟んで反対側にある牧草地へ行くと、他の馬たちと共に放されているレックスの姿が目に入る。いろはが駆け寄ると、レックスが顔をこすりつけてくる。それから顔をペロペロ舐めてくるのがお決まりの挨拶だった。
「フフッ。くすぐったいよー。」
いろはも、レックスの鼻筋を撫でてやる。そうしてスキンシップをとっていると、源さんが鞍と手綱をもってやってきた。
「今日も乗るかい?」
いろはが元気よく頷くと、レックスに鞍と手綱を装着して乗せてくれる。一気に視線が高くなり、いつもと違う世界を揺られながら眺める時間が好きだった。その日もレックスとの触れ合いを終え、両親と共に帰宅すると、電話が鳴った。いろはが電話に出ると、源さんからだった。源さんはひどく慌てていた。
「い、いろはちゃんかい?お父さんに代わってくれ。」
源さんの慌てた様子に、急いで父を呼びに行くと、電話に出た父が慌て始めた。
「獣医の先生に連絡してくれ。レックスが危ない。」
電話を切ってから、出がけに玄関で母に伝えた言葉だった。父は、そのまま車に飛び乗って行ってしまった。
「ねえお母さん。レックスがどうしたの?」
いろはは、獣医への連絡を終えた母に聞いてみる。母は、何かを決意した顔つきで「行くわよ。」と言うと、いろはを車に押し込んだ。
「レックスは病気だったの。かなり重症で、亡くなるかも知れない。」
車内で母に聞かされた事実は、かなりショックだった。動物園についてレックスの元にダッシュすると、ちょうど獣医の先生が診ている途中だった。レックスは横になって安静にしているものの、落ち着いているようだった。いろはには、心なしか自分の姿を見て安心したように見えた。しかし獣医の先生は、厳しい顔で父に話があると言って、2人で外に行ってしまった。
「源さん、レックスは大丈夫なの?」
どこか心配になったいろはは、源さんに聞いてみた。源さんは、いろはの頭を撫でるとこう言った。
「いろはちゃん。レックスを撫でてあげな。安心すると思うよ。」
いろはは言われたように、レックスの鼻筋を撫でてみた。レックスは、安心したように目を閉じるとブルルルと小さく鳴いた。やがて父が戻ってくると、源さんに指示を出した。
「源さん、明日の馬達の朝ご飯作ってきて下さい。いろはも付いて行きな。」
父の発言の意図を察した源さんは、いろはに声をかけると事務所に引っ込んだ。しばらくしていろはが、レックスの様子を見に行くと、電気の消えたレックスの小屋の前で父が待っていた。
「いろは、終わったかい?」
「うん。レックスは大丈夫?」
「とりあえず大丈夫みたいだ。今夜は、傍にいてあげな。」
いろはが「いいの?」と確認すると父が頷いたので、小屋に入ってレックスの傍に腰を下ろした。レックスの馬体を撫でると、柔らかい体毛が指に絡んで気持ちいい。レックスは、安心したように体の力が抜けた。
「レックス。大丈夫だからね。私が傍にいるからね。」
レックスは、静かに鳴くと目を閉じた。いろはは、月明りに照らされながら寄り添って横になると一緒に眠り始めた。翌朝。いろはが目覚めると、目を閉じたまま冷たくなっているレックスがいた。いろはは、幼いながらに様々なことを察すると、レックスの事を撫でて涙ながらにお礼を言った。
「レックス、ありがとう。また会おうね。」
月明りにそんなことを思い出したいろはは、改めて竜種園の飼育員を頑張ろうと決意した。
「レックス、見てくれてるかな?私、頑張るね。」
翌日。いろはは、寮の玄関を出たところで朝日に向かって伸びをする。動物園に行く前にやっていた、お決まりのルーティーンを済ませた彼女は、園から支給されたツナギ姿だ。貴重品を入れた鞄に心音も忍ばせ、元気よく階段を降りていった。
お読みいただきありがとうございます。
本作のPVが、400を突破しました。お読みいただいた皆さん、ありがとうございます!引き続きよろしくお願いします。また、同時連載中の小説「求血記」も、900PVを突破しました。こちらも併せてよろしくお願いします。
今後とも定期的に更新予定ですので、宜しければ覗いて頂けると嬉しいです。