十七話 限られた旅路
暴走後、回復の思わしくないリーヴァを医者に見せたいろは。すると、リーヴァには呪いがかけられていることが判明する。捕らわれの身であるアマネから情報を聞き出し、呪いの正体を知ったいろはは、その呪いを解くことを決意し、魔導国行きを決める。しかし、その前にやることべきことを消化するため、いろはは関係各所に出向くのだった。
そんな中、卵孵舎で世話をしていたレックスが、空竜舎行きを審査する日がやってくる。卵堂に合格をもらったレックスを空竜舎に預けたいろはは、その足で海竜者へ向かうのだった。
リーヴァにかけられた呪いの正体が分かったいろはは、呪いの効果を確かめるために竜神池にやってきた。クスタの背に乗り、空を飛んで行ったいろはが池のほとりに降り立つと、池の水が引いて祠への道が現れる。その道を通って祠の前へ向かうと、いろはとクスタの来訪を察した竜神が姿を現した。
「ん?いろはとクスタか?どうした?」
来ると思っていなかったという反応を見せる竜神に、いろはは意を決して切り出した。
「竜神様。先日の反竜教の一件を覚えていますか?」
「ん?覚えておるぞ。仲間を助けられてよかったな。」
竜神も事の顛末は把握しているようなので、いろはは本題に入ることにした。
「その時に反竜教から取り返したリーヴァですが、暴走時に呪いをかけられました。捕らえた反竜教幹部の話によれば、生命力吸収の呪いということです。そして吸収された生命力は、竜神様の元へ向かうという話も聞きましたが、何か心当たりはありますか?」
竜神は、少し考えるそぶりを見せた後に答えた。
「そうだな。確かに最近、謎の生命力が流れてくる気がしてはいたが、そういう事なのか?それで、リーヴァの生命力がこちらに流れてきているとして、どうする?つながりを切るか?」
竜神に考えを聞かれたいろはは、考えていることを話した。
「いえ。つながりを切ってしまうと、リーヴァの生命力が吸収されるだけで、行く当てがなくなってしまいます。その状態では、呪いを解いたとしてもリーヴァは弱体化したままになってしまいます。」
「ふむ。それはその通りだな。ではどうする?」
「竜神様とのつながりはそのままにして、呪いを解いた後に返してもらうことは可能ですか?返していただければ、弱体化を戻すことも可能ではないかと思います。」
いろはの提案を聞いた竜神は、少し考えた後に返事をした。
「よかろう。その提案を受けよう。と、それはさておきその呪い、解けるのか?」
「はい。これから魔導国へ行って、解呪札で解呪してきます。」
「そうか。それでは1つ、情報を提供しよう。先日、反竜教の長がやってきて言っていた。奴らはこれから、魔導国の方へ行くらしい。ただでさえ、お前たちには因縁深い相手だ。道中気を付けるといい。」
「……っ!!ありがとうございます。」
竜神に解呪後の約束を取り付け、更に思いがけない情報をもらったいろはとクスタは、これからの道中に気が引き締まる思いで竜神池を後にした。
竜種園に戻ったいろはは、外出の許可を得るために事務所へやってきた。園長のリョウを呼び出してもらうと、園長室へ通された。
「あら?誰かと思えば、いろはさんね。何かあったの?」
「実は、しばらくの間の休暇届と外出の許可をいただきたいのですが。」
いろはの話を聞いたリョウは、手を止めてからいろはの方を見た。
「ん?何かあったの?」
リョウに事情を聞かれたいろはは、リーヴァにかけられた呪いの種類と解き方や反竜教の動向といった情報を全て打ち明けた。事情を聞いたリョウは、しばらく考えた末に机上の電話機に手を伸ばした。
「もしもしショウタ君?黒滝隊長を呼んでもらえる?ええ。園長室にお願い。」
受話器を置いてからしばらくして、黒滝が入って来た。
「失礼します。っと、竹野もいたのか。」
「ええ。彼女の事で話があります。よろしいですか?」
黒滝は、あまり心当たりのない顔をしながらも、いろはの隣に立った。するとリョウから、いろはの状況が伝えられた。
「そうだったのか……。竹野が反竜教の幹部と戦ってから、暴走竜の出現頻度が減っているのと関係があるかもしれないな。」
そう言っていろはを見やり、優しい目を向ける。そして、なんかを思いついたようにリョウに言った。
「園長、どうでしょう?竹野を国の使いとして魔導国へ向かわせるというのは。結果的に、暴走竜と対峙するかもしれないので、調査の目的を加えれば問題ないと思います。」
「そうね。その方向で、申請しておきます。園内の周知もしておきます。」
リョウの一言で、その場は解散になった。園長室を出たいろはは、黒滝に質問をした。
「黒滝さん。私はどうなるんですか?」
イマイチ理解できなかったいろはは、割とざっくりした質問をした。
「ん?つまりな、暴走竜調査で行く体にするって事だ。そうすれば国から支度金がかなり貰えるし、他国でも証明を見せれば安全な滞在が確約される。」
どうやら、いろはが安全に旅できるように手配してもらえるようだ。それ自体はかなりありがたいのだが、いろはにはまだ気になることがあった。
「竜種園的には、許可してもらえるんですか?」
「それは、俺には分からんな。だが、暴走竜調査なら、鎮圧隊が行ってもおかしくはないけどな。」
黒滝の言葉でモヤモヤの晴れたいろはは、別れ際に明るく言った。
「そうだ、黒滝さん。近々レックスが空竜舎に行くので、よろしくお願いします!」
黒滝は、微笑みながら手を挙げた。
そしていよいよ、待ちに待った日がやって来た。いろはが、卵孵舎内の空竜スペースに入ると、上空からレックスが降りて来た。レックスは、いろはの前に降り立つと頭を擦り寄せてくる。
「フフフッ、よしよし。」
鼻筋を撫でると、嬉しさを表すようにスキンシップが激しくなる。
「おっ!レックスは、今日も元気いっぱいだね。」
そう言いながら入って来たのは、エリカだった。
「準備出来たって。連れて行こう。」
「分かりました。行こう、レックス。」
今日は、レックスが空竜舎に移れるかを卵堂に判断してもらう日だ。いろはは、レックスに手綱を着けると、卵孵舎の事務所前まで先導した。レックスは、いろはの後を大人しくついてくる。事務所前に着くと、中から卵堂が出て来た。
「おっ、来たかい?少し待っててな。」
一度中に引っ込むと、審査の道具を持って出て来た。卵堂は、レックスの体の様子や体長、体重などを測ってから、いろはの元へやって来た。
「いろは嬢、流石だな。体調面も問題ない。これなら合格だ。そろそろ慣れてきたかい?」
「いや、まだまだです。1人では出来ませんから。」
いろはがそう言うと、卵堂はいろはの頭をポンポンと叩いた。
「でも、いろは嬢の四頭なら、1人でできるね?」
卵堂が言っていることの意味に気付いたいろは。クスタ、チャオ、リーヴァ、レックスの世話ならある程度の自信は持てる。いろはは、力強く頷いていた。
「よし!それじゃあ、レックスを空竜舎に預けておいで。こいつで飛んでいくといい。待ちに待った空竜だからな。特別だ。」
卵堂が手渡したのは、空竜用の鞍だ。陸竜用の鞍に比べ、風除けのガードやシートベルトの類が頑丈に作られている。レックスの鼻筋を撫でてから、背中の翼の間に取り付ける。レックスは、嫌がる様子も無くリラックスしているようだ。
「あまり高度を上げすぎるなよ。気をつけて行って来な。」
卵堂のアドバイスを聞きながら、ヘルメットを受け取って鞍に乗る。手綱を持って合図を送ると、レックスが翼を羽ばたかせる。体がふわりと浮かぶのを感じ、思わず声が出た。
「お、おおおー!」
あまりの新鮮な感覚によく分からない声しか出ないが、レックスが安心させるように優しく鳴いた。首筋を撫でると、数回翼を羽ばたかせて前進した。飛んでいる間は、常に冷たい風を浴びることになる。今回はそこまで高度が高くなく、距離も短いので耐えられるが、長距離飛ぶことを考えると防寒は必須だと感じるいろはだった。空竜舎に着くと、タイミングよく黒滝が建物から出て来た。上空に気配を感じて見上げた先に、空竜が飛んでいて驚いたと言う表情をしている黒滝の近くに降り立つと、レックスから降りて声をかけた。
「黒滝さん。ちょうどよかったです。レックスを連れて来ました。」
「ん?ああ、竹野か。突然飛んでくるな。驚くだろう?」
「ごめんなさい。あとはお願いしてもいいですか?」
黒滝は、ため息をつくと頭をかきながら言った。
「空竜舎に移籍か?展示スペースに入れておくぞ。」
「はい!お願いします!」
いろははレックスに駆け寄ると、鼻筋を撫でながら声をかけた。
「今日からここで過ごしてね。たまに会いにくるから。元気でね。」
「ギャギャア!」
返事をするように鳴いたレックスの手綱を黒滝に預けると、いろはは走り去っていった。
「本当に、お前のご主人は元気だな。」
黒滝はレックスにそう言って、手綱を引いた。
レックスを黒滝に預けたいろはは、その足で海竜舎に立ち寄った。事務所を覗くと、ちょうど篭波と目があった。席に座っていた篭波は、いろはに気付いて出て来た。
「いろはちゃん。リーヴァの様子でも見に来たか?あれから眠ったままだぜ?」
「それでもいいので、様子を見に来ました。」
リーヴァを水に触れさせておいた方がいいのでは?という考えが頭に浮かんだいろはは、リーヴァの所属する海竜舎に頼んで、隔離した場所に置いてもらっていたのだ。そして、たまに様子を見に行くことを習慣にしていた。篭波とリーヴァの元へ行くと、眠ったままではあるものの前より苦しそうな表情はしていない。
「顔は、始めよりだいぶ良くなったな。いろはちゃんの考えが的中だ。」
「いえ、私は思ったことを言っただけですから。呪いを解かないと、根本的な解決にならないのは同じです。」
そう言ってリーヴァを見つめるいろは。そんないろはを見た篭波は、少し心配になった。
「なぁ。呪いを解きに行ったら、鎮圧隊はどうするんだ?」
「一応、隊員として出掛けるので、タイミング次第ですが召集があれば戻ると思います。」
「そっか。ここ数日、暴走竜の出現は少ないから、どうしようもない時に呼ぶんだと思うけどな。」
そこで会話が途切れ、静寂が訪れた。篭波が気まずくなっていると、いろはが咄嗟に声を出した。
「あ、篭波さん。」
「ん!?ど、どうした?」
いきなり声をかけられ、慌ててしまう。しかし、いろはは気にも止めずに続けた。
「篭波さんって、海軍から来てるんですよね?」
「え?あ、おう。そうだけど?」
唐突な質問に、直前の気まずさは吹き飛んだが、同時に疑問符が浮かんだ。
「あの、魔導国って陸路でしか行けないんですか?海や空から行けそうなもんですけど……。」
「ああ、それな。陸路が無難だと思うぞ。」
すると篭波は、胸のポケットからメモを取り出し、ペンを走らせた。ドラキア公国と、その周りの地図を簡単に書いたメモをいろはに見せた篭波は、周辺国家との関係について説明を始めた。
「まずは、国境を接しているエンタスフィア王国と武装国アーマード。王国とは友好国同士だから、武装国アーマードの説明だ。ここは、ドラキア公国とは仲が悪い。陸地の国境線は封鎖されて、両国が睨み合っている。海は、明確な区切りがないから、小競り合いが絶えない。海から行くのは危険だな。」
「空はどうなんですか?」
「空はなぁ。こっちに空竜があるのと一緒で、向こうは戦闘機だ。おまけに迎撃ミサイルなんかもあるから、むしろ危険だ。それに、魔導国の国境線には魔壁っていう魔法障壁がある。地上の限られた入口からしか入国できないらしいぞ。」
武装国アーマードの戦力に驚くいろはに、篭波は説明を続けた。
「ドラキア公国から魔導国に行くには、陸路の1ルートしかない。アーマードの隣国で、ドラキア公国と国境を接しているもう1つの国、機械の国メカニエンス国からアーマードを抜けて、魔導国に入るルートだ。」
「ん?こっちからは行けないんですか?」
いろはは、機械の国メカニエンス国から魔導国へのルートを指で示した。
「あぁ。こっちはな、封鎖されてるから無理だ。ま、しょうがないわな。魔法と機械だ。対立するのも不思議じゃない。よって、ルートはひとつだ。」
選択肢の無さに驚くが、逆にルートが明確になったと捉えたいろはは、疑問を口にした。
「篭波さん。ドラキアとアーマードが対立しているってことは、アーマードに入るのは注意した方がいいですか?」
「普通は大丈夫だな。普通は。一部過激派の連中は、公国民だと分かると見境なく襲ってくる。ドラゴンを連れていたら目立つだろうな。」
いろはが話を聞いて考えていると、突然鳴き声が聞こえた。
「ギャアア。」
「「!!!???」」
いろはと篭波がリーヴァの方を見ると、うっすら目を開けてこちらを見ていた。
「リーヴァ!!」
いろはが勢いよくドアを開け、側に駆け寄る。いろはの姿を見たリーヴァは、優しく微笑んで鳴く。いろはは、リーヴァの頭を撫でながら語りかけた。
「リーヴァ。必ず、呪いを解いてあげるからね。」
リーヴァは、安心した様な優しい声で鳴いた。
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