十六話 リーヴァの呪い
反竜教徒のアマネに攫われ、暴走状態にされてしまったリーヴァ。リーヴァの暴走状態を解除し、アマネを捕らえたいろはだったが、リーヴァの容体が回復しない。エリカの提案で竜医に診せると、リーヴァに呪いがかけられていることが発覚した。
はたして、リーヴァにかけられた呪いの正体とは?新たな展開につながる十六話です。
登場人物
リュール……反竜教幹部の女性。教団長のアマネの扱いについて不満を抱く。
アバレス……反竜教幹部の男性。ドラキア公国の隣国にて工作を担当する。
いろはは、弱りきってぐったりしたリーヴァを、自室のベッドに寝かせた。リーヴァは弱ったせいか、以前より小さくなっている。意識もはっきりしておらず、夢に魘されているように呻く事もある。心配が尽きないいろはは、つきっきりで様子を見守っている。リーヴァが呻くと、大丈夫だと伝えるように頭を撫でる。リーヴァの頭を撫でていると、インターホンが鳴った。
「おっ、いたいた。大丈夫?」
来訪者は、エリカだった。手には、食材の入った袋を提げていた。
「エリカさん。どうしたんですか?」
いろはは、卵堂にしばらく休暇をもらっている。その事はエリカも知っているはずだという顔をすると、肩をポンと叩かれた。
「いろはちゃん。ちゃんとご飯食べてる?リーヴァの側に付きっきりで食べてないでしょ?だから、作りにきたよ。卵堂のじいちゃんにリーヴァの様子を見てこいって言われたしね。」
そう言っていろはの家に上がったエリカは、キッチンで料理に取りかかった。しばらくすると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。すると、エリカがやってきて言った。
「ご飯できたから食べて来な。リーヴァは私が見といてあげる。」
「ありがとうございます。あの、呻き始めたら頭を撫でてあげてください。安心すると思うので。」
「オッケー。あ、ゆっくり食べて来なよ?」
いろはは、「はい」と言ってテーブルに座る。メニューは、栄養満点のフルコースだった。エリカは、否が応でも時間をかけさせる気らしい。いろはが20分程かけて食べ終わると、エリカの元へ向かった。
「エリカさん、ご馳走様でした。美味しかったです。」
「お、終わった?それじゃあ交代だね。リーヴァ、特に変わりなかったけど、毎日こんな感じなの?」
「はい。ですけど、たまに魘されている様に呻き始めるので心配で……。」
いろはが、心配そうな顔つきでリーヴァを撫でていると、その様子を見ていたエリカが何かを思いついたようだ。
「そうだ。一応、園の竜医さんに診てもらう?」
「竜医?」
竜医とはドラゴン専門の医者で、個人所有のドラゴン用に開業していたり、竜種園や運送会社所属だったりする事が多い。竜種園は国立の施設なので、それなりの腕利きが公務員として採用されていた。竜種園内の医務室にリーヴァを連れて来たいろはとエリカは、診察室に通された。
「先生。こんにちは。」
「おっ!エリカちゃんかい?久しぶりだねぇ。」
見たところ、初老の男性である竜医は、卵堂よりも年上ではないかと思う。
「こちら、園医の柳院ハジメ先生。公国一の名医といわれるお方だよ。」
柳院は、エリカの言葉に笑って謙遜した。
「エリカちゃん、それは少し言い過ぎだよ。私はただの老いぼれだ。で、今日はどうしたんだい?」
柳院の目が、いろはに抱かれているリーヴァを捉えてそう聞く。エリカに促されて、いろはがリーヴァの容態を説明する。
「ふむ。つまり、暴走後の回復が思わしくないと?」
いろはの説明を聞いた柳院は、リーヴァを診察台に乗せて体を観察し始めた。しばらく観察した後、メガネの位置を直した柳院がいろはの方を向いた。
「お嬢さん。この子の担当かい?」
「は、はい!」
質問の意図が分からず、戸惑ういろは。しかし柳院は、優しい笑顔を浮かべて言った。
「流石だね。良い看病をしているのが分かるよ。この子は幸せ者だ。」
不意に褒められて、思わず照れてしまういろは。しかし柳院は、すぐに真剣な顔で続けた。
「この子には、呪いが掛けられている。かなり強力な呪いだ。体が小さくなってしまったのもそのせいだろう。呪いの効果は分からないが、解かなければこのまま衰弱死してしまう可能性が高い。すまないが、私から言えるのはこれが精一杯だよ……。」
「呪い……?」
現状ではどうしようもできない宣告に、固まってしまういろは。エリカは、彼女の肩に手を置き優しく叩いた。
診察室を後にしたいろはは、リーヴァを優しく抱き抱えて外に出た。いろはが肩を落としていると、追いかけてきたエリカが声をかけた。
「その呪い、解くんでしょ?」
「……解けるんですか?」
エリカの一言に、勢いよく振り返るいろは。その顔には、必死に希望を求める表情が浮かんでいた。
「聞いたことある程度だけど、その情報でよければ教えてあげるよ?」
「お願いしますっ!」
少し食い気味に返事をするいろはに気圧されつつ、いろはの部屋に戻ったエリカは、呪いの解き方を話し始めた。
「私が聞いたのは、少し前に旅商人から聞いたんだけど、ドラキア公国から北にある国に、魔法が発達している魔導国っていう国があって、そこで発行される解呪札が必要なんだって。解呪札は、国外への持ち出しが禁止されていて、魔導国内での限られた場所でしか使えないらしいの。だから、呪いを解くなら魔導国に行かないとね。」
エリカの話を興味深く聞いていたいろはは、視界の端に映ったリーヴァの姿を見て即決した。
「エリカさん!私、行きます!」
いろはが返事すると、ため息をついたエリカが言った。
「まあ、そう言うと思ったけどさ……。私的には、大賛成。その方がいろはちゃんらしいしね。でも、行く前の準備でやることはたくさんあるし、関係者との打ち合わせは必要だよ?」
「そうですね……。頑張ります……。」
リーヴァにかけられた呪いを解くため、魔導国に行くことを決めたいろは。行く前に、リーヴァにかけられている呪いの効果をはっきりさせようと、反竜教幹部のアマネが捕らえられている王城地下の牢獄にやってきた。牢屋の前に現れたいろはに気付いたアマネは、顔をあげた。
「あら?色彩剣士さんじゃない。知っていることは、全て話したはずだけど?」
それを聞いたいろはは、静かな怒りを面に出して返した。
「白々しい。リーヴァに呪いをかけておいて、全て話したもくそもないわ。」
「フフッ。やっと置き土産に気付いたのね?早くしないと大変なことになるわよ?」
いろはは、アマネの言葉に感情を変化させずに聞き返した。
「どういう事?」
アマネは小さく笑うと、言葉の真意を話し始めた。
「あの呪いは、私達反竜教の呪術師が術式を組んだ特注品よ。普通の呪いと違って、効果持続時間に上限があるわ。」
「持続時間の上限……?」
アマネはいろはの反応を見て、したり顔で言った。
「呪いの効果は常時発動状態なのだけど、一定の時間が経つと強制的に死に至るわよ。」
「……っっ!」
正体がばれてから、開き直ったように悪者感を顔に出すアマネの表情がいろはの怒りを逆撫でする。思わず牢屋の鉄格子に飛び浮くが、リーヴァの呪いを解くつもりでいるいろはは、本題を切り出した。
「それで、リーヴァにかけた呪いの効果と持続時間は?」
「へえ。意外と冷静なのね。もっと荒ぶるかと思ったのに。」
回答を焦らすアマネに、真顔で怒りの視線をぶつけたいろはは、腰から心音を引き抜いて顔の横に向けて投げる。顔のすぐ横に剣が突き刺さったアマネは、心にもいろはの視線を突き刺されて、内心冷や汗をかきながら答えた。
「分かったわよ。あの子にかけたのは、生命力吸収の呪いよ。持続時間は、3カ月くらいね。ちなみに吸った生命力は、竜神様の元へ行くらしいわよ?」
アマネが答えると、顔の横から剣が抜けていろはの手に収まった。
「そう、情報提供ありがとう。あと一つだけ。どうして簡単に話してくれたの?」
その質問にアマネは、小さく笑って答えた。
「フフッ。どうしてかしらね。私が反竜教じゃなくなったから、って言ったらどうする?」
少しいたずらっ気が混じった言い方で返すと、いろはは変わらず冷酷に返した。
「そう。それは災難ね。でも、これで後悔無く死ねるわね?」
そう言って立ち去るいろはを見送ったアマネは、大きなため息をついた。
「本当に切り離されたんだろうけどね……。」
幹部であるアマネの元に来るはずの教団の連絡は、リーヴァを攫って暴走させた時から途絶えていた。
アマネがいろはに敗れた頃。他の幹部と教団長の男は、ドラキア公国を後にしようとしていた。
「ねえ。アマネちゃんは後から来るのよね?」
ドラキア公国の隣国、機械の国・メカニエンス国へ向かう竜舎の中で女性の幹部が教団長に尋ねると、小さく口角をあげた教団長が答えた。
「それは奴次第だ。奴の作戦が成功すれば合流する。」
「失敗したら?」
「その時は、切るしかないだろうな。」
それを聞いた女性幹部は、思わず立ち上がって抗議した。
「ちょっと!それはおかしいんじゃないの?あなたの命令なんでしょ?」
「おかしくはない。作戦が失敗した時点で、我らの目的を達成するための力はないと考えて切り離す決まりだ。リュール、貴様もそれは分かっているはずだ。今は自分たちの責務を優先しろ。アバレス、お前もだ。この国での任務は順調なのか?」
アバレスと呼ばれた男幹部は、振り返ると自信のある表情で親指を立てて答えた。
「ええ。現時点では順調です。実験できる日も近いと思います。」
「そうか。ならいい。今後も続けてくれ。」
車内でそんなやり取りの繰り広げられている竜車は、新たな事件の予感を抱えてドラキア公国を後にした。
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