十五話 リーヴァ救出
暴走竜の対処に出動している間に、いろははリーヴァを攫われてしまった。犯人である反竜教徒のアマネは、攫ったリーヴァを暴走させ、いろはとクスタをおびきだろうとした。リーヴァ救出のため、竜神に助力を申し出たいろはは、新たな力を得たクスタとチャオと共に、リーヴァの救出へ向かうのだった。
竜神池に到着したいろはは、池のほとりでチャオから降り、チャオには待っている様に伝えた。いろはとクスタは、水の引いた通路を通って中央の祠へ向かう。すると祠から竜神が現れた。
「いろはにクスタか?何用だ?」
「竜神様。お願いがあります。私が育てていた海竜のリーヴァが、反竜教に攫われてしまいました。リーヴァは、クスタの面倒をよく見てくれるお姉さんで、私の大切な子なんです。どうか、助けるために力を貸してください。」
竜神は、いろはの願いを聞いて言った。
「そういうことであれば、出し惜しみはせぬ。受け取るが良い。」
「あ、ありがとうございます!」
竜神はいろはに、自らの体内から取り出した剣を与え、クスタの頭に自分の頭を近づけた。
「我が力の一端を、お前に預ける。」
竜神がそう言うと、クスタの体がみるみる大きくなり、チャオより少し大きいサイズになった。それに比例し、後ろ足の筋肉に4つのヒレ、背中に生えた翼も大きく発達した。
「成長段階を少し引き上げた。今後はこの大きさでの生活になる。強さも格段に上がっているゆえ、心せよ。」
竜神がそう言った直後、竜神池の左側にある山から、禍々しい紫の光が浮かび上がった。
「どうやらお呼びのようだ。あれがお主らの目的よ。行くが良い。」
いろはとクスタが戻ると、急に自分より大きくなったクスタを見たチャオが、唖然としていた。
「だよね。私もびっくりしてるし。」
チャオの見たいろはがそう言うと、クスタが少しむくれた。
「もう、そんなこと言ってないで行くよ?」
いろはがチャオに跨り、クスタが飛行して、隣の山で怪しく光る場所を目指した。
竜神池の隣には、廃寺がある山がある。麓から続く廃寺の旧参道は、石畳の階段が長く続いている。その階段を半分ほど登ったいろはとチャオは、反竜教の服を着た1人の少女と遭遇した。
「ようこそ、いろは先輩。いや、色彩剣士さん。」
「アマネちゃん……!」
目の前で本当の正体を現した少女は、不敵な笑みを浮かべながら、いろはを見ている。自分の中の彼女とは全く違うその姿に、複雑な気持ちになるいろはだった。
上空では、クスタが本堂跡の上を旋回してリーヴァの姿を探していた。すると、本堂跡の一際広い場所に、暴走状態で巨大化し、赤く光る目と禍々しい瘴気を漂わせるリーヴァが姿を現した。
「……!!」
言葉にならないインパクトを感じたクスタは、自分の中で怒りが湧き出るのを感じた。
「リーヴァは、僕が助ける。」
そう決心して直行しようと加速するクスタ。しかし、見えない障壁に前進を阻まれる。
「くそっ!一体何があるんだ?」
リーヴァの様子を観察すると、広い場所に出てきたものの、小さく震えているように見えた。まるで、中で何かが暴れているようにも見える。
「きっとリーヴァが抵抗してるんだ。早く行かないと……。」
そう感じたクスタは、リーヴァの元へ行く方法を探し始めた。
旧参道の階段では、いろはとアマネの睨み合いが続いていた。
「ねぇ、リーヴァをどうしたの?」
「あぁ、あの子?竜石を捻じ込んで暴走状態にしてやったわ。そうすればあなた達を呼び出せるから。でも、強いわね。なかなか抵抗を諦めないわ。今も上で苦しんでいるようね。」
いろはは、上の方を睨んでから心音を引き抜いた。するとアマネが、意外というような顔で言った。
「あら?私とやる気なの?あなたは知り合いを斬れないと思ったのだけど?」
「私には、絶対に許せないものがあるの。それは、動物を粗末に扱うこと。相手が誰であろうと、私は自分の信条を絶対に曲げない!」
いろははそう言うと、チャオに合図を出して石段を駆け上がる。
「そう。それじゃあ、これでもそう言えるかしら?」
アマネは杖を取り出し、先端にある水晶玉のようなものをいろはに向け、詠唱を始めた。
「我が僕となりし禁忌の竜よ。ここに力の一端を示されよ!」
アマネがそう唱えると、下から階段を駆け上がってくるいろは達の前に、大きな壁が立ちはだかる。が、よく見ればそれは、大きな壁ではない。巨大化して禍々しい瘴気を放つリーヴァだった。リーヴァに突っ込まないように、チャオは急ブレーキをかける。
「リーヴァ!」
いろはが名前を呼ぶと、苦しさを訴えるように、顔が下を向く。しかし、すぐに発動されたアマネの魔法で、苦しさの吐き出し口が咆哮に変わる。
「うっっっ!」
リーヴァの咆哮を間近で浴び、思わず耳を塞ぐいろは。咆哮が収まって顔を上げると、赤い魔法陣が自分の前にあった。
「業炎弾。」
身構えるより前に、魔法陣から炎の弾丸が飛んでくる。次の瞬間、腹部に猛烈な熱さを感じた。
「熱っ!」
そして、勢いで後ろに飛ばされる。階段から転げ落ちる事を覚悟したその時、背後に回ったチャオに受け止められた。
「チャオ!大、丈夫?」
いろはの激突を受け止め、ぐったりした様子のチャオ。弱々しい鳴き声をあげている所に、アマネの笑い声が聞こえてきた。
「フフフッ。いろは先輩、さっきの威勢はどこに行ったんですか?」
いろはを挑発するような笑顔を浮かべるアマネ。思わず立ち上がるいろはだったが、巨大化したリーヴァの上に立っているアマネに届くだけの手段がない。すると、背後からいろはの名を呼ぶ声が聞こえた。
「いろは〜!」
振り返ると、クスタが上空から滑空してきた。
「クスタ。上は大丈夫?」
クスタは、リーヴァが強制的に移動させられたのを見て、いろはの元へやってきたのだった。クスタは、チャオに休んでいるように声をかけると、いろはに背中に乗るように言った。クスタが飛び立つと、再び天音の笑い声が聞こえてきた。
「ハハハハハッ!いいわ。2人まとめて消し炭にするわよ。」
「クスタ。私達は、リーヴァを解放するよ。」
いろはが、思いついた作戦をクスタに伝える。
「あの子はどうするの?」
クスタがアマネのことを尋ねると、いろはが心音に話しかけた。
「心ちゃん。アマネちゃんの相手をお願い。」
「オッケー。切り刻んでいいの?」
「ほどほどにね。」
心音はそう言うと、アマネに向かって一直線に飛んでいった。
「それで、私はこれ。」
いろはは、竜神に貰った剣を取り出す。
「じゃあ行くよ?」
「オッケー。よろしく!」
クスタは勢いよく飛び上がり、リーヴァの暴走状態を解くべく向かっていった。
アマネは、リーヴァの背中の上で一本の剣を相手にしていた。
「何よこの剣!気味が悪い!」
その剣は、いきなり飛んできたかと思うと、アマネが避けても避けても追尾してくる。持っている杖で弾いてはいるが、徐々に追いつかなくなってきている。そして、なぜか刃での斬撃ではなく峰での打撃で攻撃してくる。冷たい鋼の塊で打たれるたびに、痛みが体を蝕んでいく。しかし、とある考えが頭に浮かんだ。
「ブレード剣山。」
自分の体に近い場所に魔法陣を無数に設置したアマネは、そう唱えて魔法を発動する。その様子に危険を感じた心音は、思わず空中で静止した。
「フフッ。」
それを待っていたアマネは、手にした杖で心音をはたき落とした。確かな手応えを確証として閉じていた目を開けると、鋭い切先が自分の眉間にピタリとつけられていた。思わず尻もちをついて座り込んでしまった。心音は、アマネの持つ杖を弾き飛ばした上で、呆然としたままの少女をリーヴァの背から下ろした。
「いろは!今!」
いろはに合図を送り、展開を見守る。いろはは、アマネの拘束が切れたおかげでより暴れ出したリーヴァをクスタに任せ、ヒレの竜石を狙える位置に移動する。
「リーヴァ。今楽にしてあげるから。」
ヒレの竜石に、念の為に持ってきた鎮圧用の丸薬をつけて暴走状態を解除する。クスタがリーヴァの動きを抑えてくれていたので、難なく解除することができた。消耗してぐったりするリーヴァをクスタに預け、いろははアマネの元へ向かった。
「アマネちゃん。どういうことか説明してくれるよね?」
眼の奥に怒りを宿らせ、静かに語気を荒げてアマネを問いただす。その剣幕に、思わず視線を逸らすアマネ。しかし、諦めて話し始めた。
「私は見ての通り反竜教徒よ。教団長から三冠竜の始末を命じられたの。最初は、先輩が暴走竜の事で出ている時にやる予定だった。でもあの海竜が邪魔をするから、邪魔者を消そうと思った。でもね。消すために攫ってから思いついたの。このドラゴンの行方不明が分かれば、あなたと三冠竜がやってくる。その時にこいつを暴走させれば、ほぼ確実に仕留められるって。だからやったのよ。」
アマネの語った事件の発端に自分がいて、反竜教にマークされている事を知ったいろは。恐らくアマネが竜種園にやってきたのも、今回のことを見越してなのだろうと判断できた。おとなしくしていたつもりだったが、ナギサ達盗賊団が撒いたいろはの知名度という種が、いつの間にか反竜教の標的という巨木となって自分を見下ろしている事を知ったいろはには、ひとつの教訓が心に刻まれていた。
「私は、狙われている。」
いろはが、自分の置かれた状況を受け止めていると、アマネが顔を上げて聞いた。
「いろは先輩。私はどうなるんですか?」
未だに、心音がピタリと喉元に切っ先を当てているせいか、涙目になっている。どう答えたものかと思案していると、石段の下にエリカ達が到着したのが見えた。
「私だけで判断できる事じゃないから、とりあえず鎮圧隊で保護かな。あと、もう先輩じゃないから、その呼び方やめてね。」
そうストレートに言い捨てたいろはは、アマネのことを心音に任せ、エリカ達の元へ向かった。アマネは、眉間に突きつけられた切っ先に加え、心にも言葉のナイフを突き刺され、顔から感情が消えていた。
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