一話 剣の親友と竜の卵
登場人物
竹野いろは・・・動物好きの女子高生。動物園関係者の両親の元、動物に触れながら育ってきた。将来の夢は、自分の動物園を作ること。剣道で、インターハイ全国優勝するほどの実力者でもある。
橘心音・・・いろはの同級生で、剣道部のチームメイト。幼い頃からいろはと過ごしてきた幼馴染で、いろはの事ならそれなりに知っている。
初夏。高校3年生に進級して1ヶ月ほど経つと、3年間の部活の集大成であるインターハイの予選が始まる。大会を1週間後に控えた某日。女子高生の竹野いろはは、休日の部活へ行く前にバタバタしていた。
「いろはー!早くしないと遅れるよー!」
「待ってお母さん!チャオの卵まだあるよー!」
ここは、とある動物園のダチョウの飼育小屋。いろはは、メスのチャオが産み落とした卵の回収をしていた。いろはの父は、この動物園の園長。母は、飼育係のリーダーをしている。小さい頃から動物に囲まれて育ったいろはにとって、今や母の手伝いは日常になっていた。
「チャオの卵は拾っておくから、あんたは早く部活行っといで。来週、インターハイでしょ?せっかくのチャンスなんだから、稽古頑張っといで。」
いろはは昨年、剣道の全国大会でただ唯一、2年生でベスト4に残った実力者である。今年は優勝の有力候補と目される注目株になっていた。
1週間後、個人戦にエントリーしたいろはは、県大会を優勝で勝ち上がり、全国大会に駒を進めた。その全国大会でも順当に勝ち進んだいろはは、決勝に進出した。審判の合図で試合が始まる。蹲踞の態勢から立ち上がって気合を入れる。竹刀で中心をとりつつ、ジリジリと間合いを詰める。相手は、いろはより身長が高く、その分間合いも遠い。いろはでは届かない位置から技を出してくる。最初は攻め手に欠くいろはだったが、相手が面に来たところを出合頭に小手に飛び込んで一本先取する。その後、面を取られて並ばれたものの、延長戦の末に胴を決めて勝利した。
「やったねいろは!全国優勝だよ!」
仕事で来られない両親の代わりに来てくれた、親友でチームメイトの橘心音が一緒に喜んでくれる。
「やっぱ、いろはの剣は凄いや。延長戦とか特に。カラフルブレード炸裂しとったじゃん!」
カラフルブレード。それは、いろはの予期せぬ竹刀の動きを表現した言葉である。ただ、心音が1人で言っているだけだが。表彰式も終わり、心音とホテルに戻ると母から電話がかかってきた。
「いろは!どうだった?」
「優勝だよ!なんとかね。」
「まあ!帰ったらお祝いね。あっ、それとチャオの卵だけど、ひとつ部屋に置いといたから。記念に飾っときな。」
今年のチャオの卵は、世話をいろはが初めて主に担当して生まれた卵だった。
「部屋にダチョウの卵ってねぇ。」
電話を切ってからボヤくいろはだったが、心音が今度見せて欲しいというので了承した。
全国大会から帰ると、またいつもの動物相手の生活に戻る。登校前や帰宅後に、動物園でバイト代わりに手伝いをするいろはだったが、最近は帰ってからチャオの卵と話すのが、誰にも言えない秘密の習慣になっていた。ある日、卵を見たいと言っていた心音を連れて学校から帰り部屋に入ると、卵が淡く光っていた。驚いていろはが触ると、卵の発光が強くなり2人は吸い込まれてしまった。
目を覚ますと、見慣れない森に尻餅をついている状態だった。そして近くには、なぜか片手剣と不思議な模様の卵が一つ落ちていた。
「痛っ!もう、どうなってるのよぉ。」
そんなふうに痛がる心音の声も聞こえる。がしかし、彼女の姿はどこにも見えなかった。
「心ちゃん?どこにいるの?」
「いろは?って、デカっ!」
返事はあったものの、状況はよく分からない。しかし、続く彼女の文句に一つの可能性が浮かんだ。
「っていうか、手も足も自由に動かないしどうなってんのよ……。」
手も足も自由に動かず、いろはの事が大きく見える。そんな反応が返ってくるのは、現時点で2つだと判断できる。
「ねえ、私が今から触るから、触られたら合図して。」
まずいろはは、卵の側面の丸みを撫でてみる。
「今触ってるけど、どう?」
いろはとしては、特に卵に違和感はない。
「ううん。触られてないよ?」
そっかと言って、次は剣を触ってみる。とりあえずと思い、柄に触れてみた。
「お?今触ってるよね?なんか分かるよ。」
どうやら感覚的なものは分かるようだ。そして、親友が剣になった事を遅れて理解し、驚きと興味が湧いてきた。
「ねえ心ちゃん、"剣になる"ってどんな感じなの?」
いろはは、どうしても聞きたくなってしまった。
「どうもこうもないよって……は?」
心音の意図しないノリツッコミが決まったところで、彼女の現状を伝えるいろは。心音はあまり信じていないようだったが、自身の感覚的な現状から本当の事だと理解したようだった。
「ていうかいろは。さっきの質問って、あんた完全に興味本位でしょ?まあ、どんな感じと言われても何とも言いようがないけどね。なんか、意識だけある感じかな?手足がどこにあるとかは分からない。」
どうやら、剣に心音の魂が宿ったような感覚だと受け止めたいろは。
「これって、元に戻れるのかな?」
自分が剣になったといろはに告げられた心音は、驚きより心配が勝っていた。そして、剣になっているとなると、今目に映っている親友はどうやって見えているのだろうか。
「ねぇいろは、私に目ってある?」
「目?無いけど……見えてるの?」
心音が肯定すると、いろはが覗き込んでくる。柄と刀身の間にある紫色の宝石のような物が気になったいろはは、そこに手を当てて見た。
「うわっ!何するの?」
「ごめんごめん。怪しいところを触ってみたの。」
「どこ触ったの?」
「うーん。西洋剣だから、鍔って言っていいか分からないけど、イメージはそこ。」
目の場所を知って少し安心した心音は、いろはに今後の考えを聞いてみた。
「これからどうする?」
いろはは、少し考えてから答えた。
「なんにしろ、とりあえずここから出なきゃね。動ける?」
「無理でしょ?普通。」
心音は普通に否定するが、いろはは色々期待していたようだ。
「ごめん。私が持っていくよ。」
いろはは心音を手に持つと、とりあえず歩き始めた。
いろはが、心音の魂が宿った剣を持って歩いていくと、街が見えてきた。入口の門のサイズを見る限り、そこそこ大きな街の様だ。ここで、いろははあることに気づいた。
「ねぇ心ちゃん。このままだとまずいよね?」
「ん?何が?」
心音は気付いていない様だが、このまま街に入ると、剣を抜き身で持つJK?になってしまう。悪目立ちは避けようと思ったいろはは、心音に理由を話して制服のスカートに挟み、スクールシャツで覆った。腰のあたりがひんやりするが、とりあえず我慢した。街の門をくぐり、そのまま続くメインストリートを歩いていくと、予想通り多くの人で賑わっていた。街並みや通行人の服装で、中世時代のイメージに近い。通り沿いの建物には、何の店なのかが一目でわかるような絵が書いてある。いろはは、とりあえず剣と盾が描かれている店に入った。店内に人影は無かったが、いろはが入ると奥から若い女の人が出てきた。
「あ、いらっしゃい。って、お嬢さん見かけない顔ね?旅の人?」
そういう風には見えないけど?という顔で、制服姿を覗き込んでくる。
「ま、まあそんな所です…。あの、鞘って買えますか?この剣を仕舞いたいんですけど。」
いろはは、そう言って心音を見せる。お姉さんは、手に取るとちょっと待ってねと言って奥へ引っ込む。戻ってくるのを待つ間、いろはは店内を見回してみた。剣や槍といった武器類や、盾や鎧の様な防具類などが所狭しと置かれている。
「なんか、武道具屋さんみたい……。」
いろはが、竹刀や防具を買いに行った事を思い出していると、お姉さんが戻ってきた。
「こんなのとかどう?ピッタリのサイズがあったよ。」
そう言って、心音が仕舞われた茶色いソードベルトを持ってきた。いろはは、試しに腰に巻いてみる。鏡を見てみると、制服の上につけたのもあって、アニメやドラマに出てきそうな絵面で苦笑いした。とはいえ、利便性は高いので購入することにした。
「あの・・・・・・このお金って、使えますか?」
ポケットの財布に入っていた日本円の硬貨を、恐る恐る見せてみる。
「ん?大丈夫よ。というかむしろそれしか使えないわよ?」
ホッとして代金を支払う。意外と安く済んだ。お釣りをしまっていると、お姉さんがいろはの持つ卵に食い付いた。
「ねぇ、その卵何?」
「え?さっき拾ったんですけど、何の卵か分からなくて……。分かりますか?」
お姉さんは右手の人差し指を顎に当てて、考えるようなポーズで答えてくれた。
「あまり見たことはないけど、ドラゴンの卵じゃないかしら?」
どうやら多少は希少なものの様だ。にしても、どうやって育てるのかという疑問にたどり着くいろはは、やはり動物園育ちなのだろう。
「ちなみに、育てられる場所ってどこかありますか?」
お姉さんは、「育てるの?」と驚いて聞いてくる。いろはが何の疑いもなく頷くと、戸惑いながらも情報を教えてくれた。
「東の方に、竜の国ドラキア公国っていう国があるの。そこは、ドラゴンと共生している国だから、それなりの場所があるんじゃないかしら?」
いろはがお礼を言うと、ドラキア公国までの日にちと、知っているの施設を紹介してくれた。とりあえずドラキア公国までは、5日程かかるらしい。
店を出たいろはは、再びメインストリートを歩き出した。
「あのぉ、窮屈なんですけどぉ?」
心音の声が聞こえてくる。人通りが多いので、柄頭をポンと叩く。
「痛っ。いろは、周りの人聞こえてないよ?」
その言葉に「え?」と驚くいろは。確かに、さっき会話した時は声が聞こえていた。しかし、周りの人を見てもこちらを気にする様子はない。どうやら、心音は思念通信ができるらしい。
「いろはも、言葉を伝える感じで念じてみて。」
言われた通りに、脳の中心から言葉を飛ばすようなイメージをしてみる。
「こ、こう?」
「そう!これで秘密裏に会話できるね。」
心音はテンションが上がっている様だが、いろはとしてはいまだに信じられない。すると、早速心音が話しかけてきた。
「でも、ドラキア公国だっけ?5日って遠くない?歩くの?」
いろはも疑問だらけの状態なのに、質問ばかりされると混乱してくる。
「まだ分かんない。ひとつずつ片付けよう。」
そう答えると、まずは鳴り始めたお腹を沈めに向かった。
レストランでお腹を満たしたいろはは、メインストリートを入り口と逆の方向に歩いていた。料理は、メニューや使っている食材など、今までとさほど変わらなかった。剣なので食べられない心音は、不機嫌そうだが仕方がない。その後、道具屋に立ち寄ったいろは。ドラキア公国までの道のりを考えて、リュックと上着を買った。そして、卵が冷えない様に毛布も買い、包んでリュックに入れた。本当はもう少し緩衝材が欲しかったが、手持ちも少ないので、今のうちは上着を詰めて代用した。店主にドラキア公国までの交通手段を聞いてみると、馬車が出ているとのことで、馬車駅を教えてくれた。しかし、ここでいろはは壁にぶつかる。馬車駅は、出ている路線が多かった。まるで、大きめの駅のバスターミナルの様だ。この街へ来て以降、書かれている文字が全く読めていないいろはは、どこへ行けばいいか全然わからない。人も多くて、誰かに聞くのも大変だった。すると、得意げな感じで心音が話しかけてきた。
「右から2番目だよ。」
心音には文字が読めるようだ。いろはは、教えられた乗り場へ向かいながらボソッと呟いた。
「私も言語変換能力が欲しい。」
ちょうど止まっていた馬車に乗り込むと、空いている席を見つけて座る。
「そう言えば心ちゃん。ここってなんて名前?」
「行先表示には、エンタスフィア発ドラキア行きって書いてあるから、エンタスフィアって国じゃない?」
いろはは、さっき手に入れた地図を広げると、現在地の場所にカタカナで国名を書き入れた。地図によると、エンタスフィア王国とドラキア公国は隣り合わせの国で、ちょうど山脈に沿って国境線が引かれている。
「山越えかあ。だから5日もかかるのかな?」
「馬車だしね。」
心音は、そんなことを言って笑っている。確かに、現代に比べると文明レベルはあまり高くない。そんなこんなで、馬車に揺られながらのんびりドラキア公国への旅路がスタートした。
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