2-2 50年前の再会
2-2 50年前の再会
「では、再会を祝して乾杯」
「乾杯」
「それで私の名前は思い出したの?」
「ごめん。レジ打ちが忙しくって、考える暇がなかったんだ」
「あっ、言い訳をする」
「言い訳じゃないって。本当に忙しかったんだから」
「あっ、むきになるところは昔と変わってない」
「なにか卑怯だな。自分だけ昔のことを覚えてて」
「あら、それは覚えていないそちらが悪いんじゃないでしょうか」
「だから、もう少しヒントをください」
「一緒にお風呂に入ったこと覚えてない?」
「ごほっ、ごほっ。急に驚かすこと言わないでよ」
「なによ。小学校に上がる前のことよ。そんなに顔を赤くすることないじゃない。よそをきょろきょろしないの。誰も聞いていないわよ」
「だって。そんな大胆なこと。どうしてきみと風呂に入ったんだよ」
「ジロちゃんの家族と私の家族で一緒に海水浴に行った時よ。帰りに温泉に寄って、ジロちゃんもお母さんと一緒に女風呂に入ったじゃない」
「そうなの。全然覚えていないな」
「小学校に入学してからは、私と遊ぶのが恥ずかしくなって、私を避けるようになったのよ。意気地なし」
「小学校になったら、女の子と遊ぶと他の男の子からからかわれるからね。普通、遊べないよね」
「私が声をかけても知らん顔するようになったもの。俺は男だって顔をしてね。それでも体育の授業のソフトボールの時には、フライが上がったのをジロちゃんのそばでとってあげたのよ。覚えてる? ジロちゃん野球下手だったものね」
「うん。ぼくは運動音痴だったからね。いや、本当は怖がりだったんだ。ボールが頭に当たることばかり考えて、キャッチするイメージができなかったんだよね」
「ほら、思い出したじゃない。それをそばで守ってあげていたのが私なんだから」
「きみがぼくの守護神だったの?」
「そうよ。そんな私を忘れるなんて。ジロちゃんが私のこと覚えていれば、10年ぶりの感動の再会になるはずだったんだから。肩透かしもいいところね」
「ごめん、ごめん。だけど、まだ思い出せないんだ」
「幼稚園の時に川で溺れたことを覚えてる?」
「えっ、そんなことがあったの。それでぼくは今でも水泳が苦手なんだ」
「覚えてないんだ。稲川で水遊びしていた時よ。あれは大騒ぎになったわね。ジロちゃんが川に落ちて、ばたばたするんだもの。私が助けに入ったけど、私も足が届かなくて二人でアップアップしていたところを先生に助けてもらったのよ。あの時は私もかっこ悪かったわ」
「どうもすみません。いろいろとご迷惑をかけたようで」
「まだまだあるわよ」
「まだあるの? もう少し楽しい話題はないの」
「今のも楽しい話題じゃない。そう言えば、小学校3年生の運動会のこと覚えてる? 男女が反対側から走って、最後に先着順に手をつないでゴールした時の事。あの時、私たち一着で手をつないでゴールしたのよ。あれは今思い出しても気持ちがいいわ。ジロちゃんのご両親も手を叩いて喜んでいたわ」
「ぼく足が遅かったんだけど。一番になったの?」
「そうよ。二人でね。あれは徒競走ではなく、障害物競争だったからね。私と一緒に手をつないで走りたくて懸命に障害を乗り越えてきたのよ」
「そんなことがあったんだ」
「これでもまだ、初恋の相手のことを思い出さないの」
「きみがぼくの初恋相手なの?」
「たじろがないでよ」
「さっきは双子っていうし、今度は初恋なんて言いですから。本当はただの幼馴染じゃないの?」
「双子のようで、初恋の相手で、相思相愛だったんだから。ジロちゃんが奥手だったから、デートはできなかったけどね」
「小学生でデートはないでしょう。稲川はすごい田舎なんでしょう。そんなところで小学生がデートするわけないよ」
「やっぱり男の子は成長が遅いのね」
「女の子がませてたんじゃないの? 特にきみがね」
「小学校の入学式の日に、川の土手の桜の下で、お母さんと一緒に写真を撮ったの覚えてる?」
「急に話題を変えないでよ。でも、そんなことあったっけ」
「ジロちゃんのお母さん、着物着ていたのよ。よく覚えているわ。とってもきれいだったわ」
「覚えてないね。そんな写真、見たことないもの」
「えっ、見てないの。最近は見ていないけど、子供の頃はアルバムを捲ってよく見ていたわよ。私のお母さんも入れて4人で撮った写真があるの。ジロちゃんは半ズボンだったわ」
「入学式の頃はまだ寒かっただろうに、半ズボンか。そう言えば、小学生の頃はみんな冬でも半ズボンだったね。女の子は短いスカートだったよね」
「冬には毛糸のパンツをはいてたけどね」
「お母さんが編んでくれたんだ。家に編み機があったよ。古いセーターをほどいて、毛糸をやかんの蒸気にくぐらせて毛糸を再生し、新しいのを編んでくれていたんだ」
「ジロちゃんのお母さん、編み物上手だったものね」
「小学校の頃を思い出せないのは、故郷を離れてから誰にも会って話をしてなかったことと、当時の写真を見てないことに原因があるのかもしれないね。そう言えば、写真を撮ってもらった記憶はあるけれど、写真を見返したりしなかったもの」
「そうなの。子供の頃は親と一緒にアルバムを捲っていたけどね」
「そうだよね。それが普通だよね」
「まあ、人それぞれだから」
「記憶は誰かと共有したり、昔の写真を見たりしながら増強されるものらしいね。何の刺激もなく、一人で覚えていられるのには限界があるようだね」
「すんでしまったことはいいじゃないの。思い出せるように、これからは私が刺激してあげるから。覚悟して頂戴」
「おお怖」
つづく