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60年のループ  作者: 美祢林太郎
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1-4 元気ですか?

1-4 元気ですか?


 働き出してからのことを考え過ぎているのかもしれない。もしかすると、大学時代に会ったことのある女性かもしれない。大学時代と言ったらそれは誰だ。誰も思いつかない。クラスにいた・・・、誰の名前も浮かばない。ああ、顔が浮かんできた女性がいるけど、名前を思い出せない。ただゼミで一緒だっただけだ。当時は、女性と付き合うどころか、話をすることもなかった。あっ、バイトをしていたラーメン屋で一緒に働いていた女の子がいた。顔も思い出さないけど。あのバイトは3ヶ月くらい続けたかな。あまり美味しくないラーメン屋だったな。

 本当に思い出す女の子がいない。そう言えば、男だって思い出さない。友達と呼べるような奴はいないし、人間関係は希薄だったものな。でも、そんなものだろう。無理することはないと思って暮らしてきたから。でも、無理するって何だ? 別に努力することを嫌がっていただけじゃないのか? そうだ、無理とは努力と同義語として使っていたな。どうして努力をしなかったんだろう? 努力することがかっこ悪いと思っていたのか? いや、そんなことはない。スポーツで流す汗は光っていたじゃないか。スポーツで努力しない奴は成功しないと思っていたし、それはスポーツばかりでなくなんでもそうだ。会社に入っても努力しない奴は、成功しないことくらいわかっていた。それかと言って、努力すれば成功するか、といったらそんな甘いことはない。努力しても成功しないことを理由に、努力しなくなる奴はたくさんいる。それは言い訳だ。努力をした人間が全員成功するほど世の中甘くはない。そんな甘い世の中ならば、かえって面白くない。予定調和じゃ世界は面白くないのだ。原因は結果には直結していない。しかし、成功したければ最低限努力はしろということだ。私の場合は成功を望んでいなかったから、あまり努力をしなかっただけだ。まあ、いいじゃないか、それで。

 まさか、ハマダコナミは本当に男なのか? 男がハマダコナミを名乗っているのか? 何のために。私を陥れるため? もうこれ以上落ちようがないんだけど。では、何の恨みがあって? おれは平凡に生きてきて、他人に恨まれるようなことは何一つしていないはずだ。いや、何一つと言ったら嘘になるかもしれない。知らないところで、人を傷つけていたなんてことは普通のことだ。けれど、少なくとも根に持たれるようなひどいことをしたことはないはずだ。ハマダコナミっていったい誰なんだ。妄想が膨らんでいくじゃないか。

 こうなったら、自分からあれやこれやと勝手に詮索するよりも、とりあえず「ギブアップです」と返信して、相手の出方を伺うとしようではないか。

 「早いギブアップですね。もっと考えて思い出してください。ハマダコナミです」。しぶとい相手である。ネズミを弄ぶ猫のようにも思えてきた。いや、まだメールは始まったばかりだ。最近のメールはこんなやり取りが普通なのかもしれない。驚くほどテンポがゆっくりになってしまったのだ。老人間のメールはこんなにゆっくりなのだろうか。

 相手は老人? そう決めてかかっていいのか? だって、以前会ったことのある人間ならば、それ相応に歳を取っているはずだ。私と同じくらいの年齢だったら立派な老人だ。

 ハマダコナミからのメールがなければ、過去のことを思い出す機会はなかったかもしれない。私はメールをきっかけに過去のことを思い出そうとしている。だが、思い出せない。歳をとって記憶力が低下したせいではなく、人生があまりにも平凡で、思い出すに足るトピックが何一つないからだ。別に思い出がないことに何も悔やみはしないけれど。他の連中は死が近づいたら、いったい何を思い出すのだろう。死んであの世に何も持って行くことはできない。思い出もだ。すっからかんで気持ちがいいくらいだ。生きてきたことがチャラにできる。でも、私が生きてきたと言えるものはいったい何なんだ。チャラにできるなんてかっこいいことをほざいているが、私には生きた証が何もないではないか。それでも、悔やむことはない。へんなところで私は頑固なのだ。

 ハマダコナミは、私が死を前にして人生を振り返るチャンスをくれている。ハマダコナミ・・・。ハマダ・・・、コナミ・・・。かれは広告紙の裏側にボールペンで名前を書いた。何度も書いてみたが、心当たりの女性は発見できなかった。新しい広告紙にハマダコナミと書いて、それで紙飛行機を折って飛ばした。狭い部屋をゆっくりと旋回して落ちていった。

 疲れたので寝ることにした。一晩寝たら頭がクリアになって、ハマダの顔が浮かんでくるかもしれないと思ったからだ。だが、なかなか寝付けなかった。

 ここ3日ばかりハマダコナミのことばかり考えていた。最近は一つのことに考えを集中することはなかった。それかと言って、毎日何を考えているのかと聞かれたら、なんと答えたらいいかわからない。時間はでたらめにワープし、いつのまにか元のところに着地してしまうのだ。

 考えることが煩わしくなってきたので、返事をせずに放っておくことにした。そして1週間が過ぎた。私はハマダコナミのことが頭の中から消えていた。

 ハマダコナミからメールがきた。「元気ですか? 一週間経ちましたが、そろそろ思い出していただけたでしょうか?」とあった。再びクエッションマークに導かれるように、「元気です。まだです」と即答した。するとすぐに「頑張ってください。私も頑張っているのですから」と返事が来た。手がかりがないのに、どのように頑張ればいいのかわからなかった。そう言えば、「頑張れ」という無意味な言葉を、子供の頃によく聞かされたことを思い出した。その頃も何をどう頑張ればいいのか皆目わからないので、「頑張れ」という言葉を聞くのが嫌で嫌でたまらなかった。自分は自分なりに頑張っているつもりだったが、私のポーカーフェイスのせいで相手に伝わらないのか、それとも私の頑張りが相手の満足のレベルに到達していなかったのか。いずれにしても、頑張るということがいったいどういうことを指しているのか、実際のところはよくわからなかったのだ。

 彼女も頑張っている? いったい何に頑張っているというのだ。私を一方的に挑発する言葉にしか聞こえないのだが。

 子供の頃に聞いた言葉。もしかして子供の頃の知り合いなのか? いくらなんでもそんな知り合いがメールをよこすことはないだろう。小学校? 中学校? 高校? いつ頃の知り合いなんだ。いじめた奴が今になっておれに復讐をしようとしているのか。おれはいじめられることはあっても、誰もいじめたことはないはずだ。ましてや女の子をいじめたことなんてない。そもそも女の子たちのグループと交わることはなかったではないか。

 「頑張ってみましたが、思い出せません。ヒントをください」と打つと、「50年ぶりです」という衝撃的な返事が返ってきた。


         つづく

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