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60年のループ  作者: 美祢林太郎
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第3章 60年後の帰郷

第3章 60年後の帰郷


 新幹線と在来線を乗り継いで最寄りの駅まで着いたが、それから20㎞近くもタクシーを走らせて、二人は60年ぶりに故郷に帰ってきた。二人で語り合っていた田舎の町並みらしきものは、どこにも見当たらなかった。

 「お客さん、ここでよろしいんですか?」

 「はい、ここで下してください」

 そこは古ぼけた小さな木造の資料館だった。コナミはタクシーから降りて、運転手に後部のトランクを開けてもらって、折り畳みの車椅子を出し、それを広げた。車椅子にジロウを座らせた。タクシー運転手に料金を払い、帰る時はまた電話をするからと告げた。タクシーは走り去った。

 「ジロちゃん、やっと帰ってきたね。60年もかかったけどね。かなり遠回りをしたようだけど、やっと故郷に帰って来たのよ」

 「同窓会はここでやるんだっけ?」

 「そうよ。ここでやるの」

 「みんなはもう中にいるのかな?」

 「誰もいないわよ」

 「そんなことはないでしょう。今日が同窓会の日なんでしょう」

 「同窓会は私とジロちゃんの2人だけなの」

 「ちょっとぼくの頭を混乱させないでくれよ。それでなくても脳細胞が癌に乗っ取られているんだから」

 「初めから同窓会は私とジロちゃんだけだったの。私が呼びかけ人なんだから」

 「どういうこと。たしか、アキラやノリコ、ヨッちゃん、スミコ、マコトたち、全員集まるってコナミちゃん言ってたじゃなかったっけ」

 「ごめん、誰も来れないのよ」

 「来れないって、どういう意味?」

 「ここらの風景覚えていない?」

 「段々畑の下に湖、あれはダム湖なの? 昔は小川が流れていたように記憶しているんだけど、記憶違いだったんだね。川のそばに道路が走っていて、そのそばに家があったように覚えているんだけど。これも間違いだったんだね」

 「いいえ、全部ジロちゃんが覚えているとおりよ。私たちが去った後に、いえ、去る前に風景は突如として一変したの」

 「過疎化でこの60年の間にゆっくりと変わっていったんじゃないの?」

 「この村の風景が変わったのはほんの一瞬よ。そこにジロちゃんもいたの」

 「ぼくがいた? すると、癌が脳に転移して忘れてしまったの?」

 「いいえ、大学生に会った時も、すでに忘れていたわ。そもそもあの60年前の大洪水の日に、ジロちゃんの記憶はなくなってしまったの」

 「どういうことだよ。その大洪水の日というのは」

 「この資料館は、以前私たちが通った稲川小学校だったんだ」

「ここが稲川小学校なの」

「それが昭和35年10月31日に起こった稲川地区の大洪水の資料館として残されているの。ここに慰霊碑もあるわ」

 「よくわからないな。その大洪水の日は、ぼくが転校する前だったの?」

 「そうよ。私たちは前の日まで変わらずここで勉強していたわ。10月31日に起こった豪雨によって山崩れが起こり、下の集落を山が飲み込んだの。ヨッちゃんもスミコもマコトも、クラスのみんなが死んだわ。そして家族も亡くなったの。そして、崩れた土砂が川をせき止めて、川が氾濫し、みんなの家が水没し、流されていったわ。私の家も、ジロちゃんの家もよ」

 「全然覚えてないよ」

 「山崩れになる前に、土っぽい変な匂いが立ち込めてきて、不気味な音がし始めたの。ジロちゃんが私の家に走ってきて、身が竦んで動けなかった私の手を取って、山の上の小学校に逃げようと言って、私の手を引っ張ってくれたの。小学校までの山道を力強く引っ張ってくれたジロちゃんの手の感触を今でもよく覚えているわ。ジロちゃんがいなければ、私は間違いなく死んでいたわ。小学校に着いたら、ジロちゃんは私にここで待っているように言って、また走って下に降りて行ったわ。田圃を見に行っていたお父さんとお母さんを探しにいったのね。でも、そこに山崩れの凄い音がして、私たちの村はのまれていったの。私はここでジロちゃんの名前を何度も何度も呼んだわ」

 コナミの目から涙が流れた。コナミは故郷を離れて一度も涙を流したことはなかったのに。

 「へえ、そんなことがあったんだ。ぼくにも少しは勇気があったんだ」

 「ジロちゃんは奇跡的に助かったんだけど、しばらく町の病院に入院して、そこに私も見舞いに行ったんだけど、記憶喪失になっていて、私のこともみんなのことも、そして大洪水のこともすべて忘れてしまっていたの」

 「どうして記憶喪失になったの?」

 「何かが頭に当たってそうなったのか、それともトラウマか、って大人は言っていたわ。頭に何かが当たった大きな傷があったわね。頭を包帯でぐるぐるに巻かれていたもの。でも、いつかふとした拍子で思い出すんじゃないかって、お医者さんは言っていたわ」

 「入院した後、ぼくはどうしたの?」

 「ご両親もなくなって、広島の親戚の家に引き取られたのよ」

 「広島の両親は本当の親じゃないの?」

 「えっ、そんなことも知らなかったの」

 「何も言ってくれなかったよ。ぼくは実の子だとばかり思っていたからね」

 「資料館の中で、大洪水の前の村と災害の模様の写真を見てみる」

 「うん、見よう」

 「頭、大丈夫? こんがらがっていない?」

 「こんがらがるほど脳の収容力はないよ」

 「これが大洪水前の村の姿よ。ほら段々畑や川があるでしょう。赤いつり橋もあるじゃない」

 「うん、コナミちゃんから教えてもらった赤いつり橋だね」

 「そうね。大学生の時、私がジロちゃんに教えてあげた赤いつり橋ね。そしてそれから50年経って私に教えてくれたわね。正確に伝わっていたのね」

 「ああ、コナミちゃんに教えてもらった景色が全部ここにあるよ。とっても懐かしい景色だ。きみが50年前に生き生きと語ってくれた景色だ」

 「あなたが3ヶ月前に私に教えてくれた景色よ。私たちの故郷は本当にここにあるんだわ」

 「稲川小学校の歴代の卒業アルバムがあるわ。でも、私たちの学年は4年生の秋に終わったから、卒業アルバムはないのよ。洪水に流されてしまって、あまり写真も残っていないわ」

 「それで写真はなかったのか」

 「私がね、レスリングを始めたのは有名になりたかったからなの。有名になって新聞やテレビにのって、ジロちゃんに見つけてもらいたかったの。どうしてもジロちゃんに会いたかったんだから」

 「でも、ぼく覚えていなかったんでしょ。大学生の頃は、コナミちゃんのことを覚えていなかったんでしょ」

 「そうなのよ。私の一方的な想いだったのよ。でも、それでいいんだ。偶然、バイト先で会えるなんて、思ってもみなかったけどね。あれは奇跡よ」

 「でも、ぼくのためにレスリングをしてたなんて思ってもみなかったな。それを大学生の時にぼくに話してくれたの?」

 「いいえ、話す前に私は眠りについてしまったの」

 「ぼくの人生は平凡だと思っていたけど、それなりにドラマチックだったんだ」

 「お互いにね」

 「どうして大学生の時にぼくを同窓会に誘ってくれたの?」

 「ジロちゃんの記憶を蘇らせて、ジロちゃんと思い出を共有したかったのよ。私一人だけで記憶するのは辛かったの。誰かと話をしたかったのよ。それも洪水前の故郷のことをね。ジロちゃんしかいないじゃないの。ジロちゃんも大学生になっていたし、災害から10年経っていたから、思い出しても耐えられると思ったのよ」

 「ありがとう。ぼくを探し出してくれて、小学校の思い出をぼくの頭の中に書き込んでくれて」

 「わたしこそ有り難かったわ。まさか交通事故に遭って50年も寝込むなんて思いもしなかったものね。ジロちゃんに話していなかったら、私の子供の頃の記憶はすべてなくなっていたのよ」

 「その記憶も脳に転移した癌のせいで、どんどん薄らいでいっているけどね。だけど、ほんわかした温かい気持ちだけは残っているよ」

 「60年の時間がループを描いて、ゆっくりとここに着地したの」

 「きみとぼくを伴ってね」

 「ここ2年生のクラスじゃない。あっ、後ろに絵日記が飾られている。ほら見てよ。ムラタジロウって書かれているわ。ジロちゃんのあの特賞になった絵日記よ」

 「嘘でしょう。まだ残っていたの。60年前のことだよ」

 「読める?」

 「目がぼやけてて読めないから読んでみてよ」

 「8がつ1にち はれ きょうはみんなでさんぼんまつにのぼりました。みんなでカエルのうたをりんしょうしながらのぼっていたけど、ぼくはつかれたのでとちゅうからこえがでなくなり、ゲゲゲが小さいケケケになっていきました。どんどんみんなにぬかされてさいごはビリになってしまいました。でも、コナミちゃんがぼくのそばでずっとはげましてくれました。

 ぼくがさんぼんまつにつくと、みんながはくしゅをしてくれました。みんなでひるごはんをたべました。おかあさんがにぎってくれたおにぎりは、ぼくのすきなうめぼしがはいっていました。コナミちゃんのおにぎりはぼくのよりずっと大きかったです。

 めのまえには、ぼくたちの町がありました」

 「とっても大きな力強い字で書かれているわ。同級生のみんなが人の頭よりも大きなおにぎりを持った絵が描かれてあるわ。多分、これがジロちゃんで、そのそばにいるおかっぱ頭が私よ。キヨコも、カズミも、ゴロウも、アキラもいるわ」

 「うん、うん。思い出してきたよ。三本松に登ったことを。コナミちゃんがぼくの手を引っ張ってくれたんだ」

 「元気出しなさいよ。まだまだくたばるんじゃないわよ」

 「大丈夫だよ。コナミちゃん、今度の大会頑張ってね。優勝してオリンピックに行くんだよ。ヨッちゃんや、マコトたちとみんなで応援に行くから」

 「何言ってんのよ。もう70歳よ。ボケたんじゃないの?」

 「ボケたかな? 少し立たせてくれよ。マラソンを走らなくっちゃあ」

 「どうせビリだからじっとしていたらいいの」

 「障害物レースはまだかな。ぼくきっと一番で来るから、コナミちゃんも一番で来てね。一緒に手をつないでゴールするんだ。スーちゃんやカズミに負けるんじゃないよ」

 「大丈夫よ。私が足が速いことは知っているでしょ。それよりジロちゃんの方こそ一番で来てよ」

 「うん」

 ジロウはコナミの手を握った。


      完

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