2-10 50年前の再会
2-10 50年前の再会
まだ来ないな。どうしたんだろう。約束の時間を間違えたかな。いつもと同じ時間のはずなんだけどな。もしかしたら、待ち合わせ場所が違うとか。そんなことはないよ。いつも同じだよ。今日はバイトにも来なかったけど、何かあったのかな。まだ、約束の時間から30分しか過ぎていないから、もう少し待ってみよう。
ぼくが同窓会に参加することをみんなから反対されたかな。地元の連中がぼくのことを知らないって言って、知らない人を参加させるわけにはいかないって。そうだったら、コナミちゃんだって板挟みにあって、ぼくになんて言っていいかわからないよな。昨日は二人で参加することにあれだけ盛り上がっていたからね。でも、地元の連中が反対したからといって、簡単に引き下がるコナミちゃんではないよね。反対されても、ぼくを強引に同窓会に連れて行く。そんなことで、今日会いにくくなっているとは思えないけどね。
約束の時間から1時間経っちゃった。どうしたのかな? ぼくが昨日何か気に障ることでも言ったのかな? 特別心当たりはないけど。昨日別れる時もいつも通り笑顔で別れたしね。万が一言ったとしても、そんなことでめげるようなやわな子じゃないと思うけどね。
ぼくにあきちゃったの? この可能性が一番高いと思うんだ。幼馴染だって言ったって、ぼくの方は何も思い出さないし、一方的に彼女から昔のことを教えてもらうだけだものね。それでも、ぼくは何も思い出さないんだから、張り合いもなくなるよね。あまりにできの悪い学生だ。できの悪い子ほどかわいいって言うけど、それにも限度っていうものがあるよな。幼馴染のよしみで懐かしくって付き合ってくれたんだろうけど、そんな思いも薄らいできたのかな。あきちゃったのか。仕方ないよな。ぼくは楽しかったけど、コナミちゃんも楽しいように思ってたんだけどな。最後に会った時だって、飽きた風には見えなかったよ。
そう言えば、コナミちゃんには彼氏がいるのかな? 確かいないって言ってたけど、怪しいな。あんなに可愛いんだもの。いても全然不思議じゃないよね。レスリングの練習やバイトに忙しくて彼氏を作る暇がないのかな。いや、そんなわけないよ。こうしてぼくと毎日何時間も話をしているくらいだもの。デートする時間は十分あったはずだよね。
もしかして、彼氏がぼくとコナミちゃんの関係に疑いを持って、横車を入れてきたのかな? 今日、そのことで彼氏ともめているとか? でも、ぼくたち勘ぐられるような関係じゃないよ。ただの幼馴染なんだから。コナミちゃんと会ってからは、ずっと小学校時代の話をしていただけだものね。彼女はそれ以外に何も興味がないようだったし。まあ、ぼくにレスリングの話をしても会話ははずまなかっただろうけど。彼氏が疑っているなら、ぼくが会って疑いを晴らすんだけど。ぼくの冴えない容姿を見たら、彼氏もすぐに安心するだろうから。でも、彼氏がプロレスラーみたいにマッチョだったら、どうしよう。会わない方いいかな。
ちょっと待てよ。レスリング部でのっぴきならない用事が入ったんじゃないか? どうしてこのことに気がつかなかったんだ。これが一番現実的じゃないか。急な用事ではなくても、すでに昨日の時点でわかっていたんだけど、コナミちゃんがうっかり忘れていたとか。ある、ある。この線が一番濃厚だ。レスリング部じゃなくったって、のっぴきならない用事は他にもあるよ。レポートの提出? 夏休みはないだろう。実習か何かの説明会? 自動車学校? まあ、明日になれば、コナミちゃんは「昨日はすっぽかしてごめんね」と笑顔で現れるはずだ。彼女にはそれが一番自然じゃないか。
それとも実家で何かあったとか? 親が入院したり、不幸があったなら、すぐにはこちらに戻ってこれないな。いずれにしても待つしかないか。
翌日も翌々日も、その次の日も、コナミはジロウの前に現れなかった。
そう言えば、コナミちゃんはどこに住んでいたんだろう。家に行ったこともなければ、住所を聞いたこともなかった。大学に行っても、学生係は個人情報だと言って相手にしてくれなかったし。バイト先も個人情報だと言って住所を教えてくれなかった。手がかりがないんだよね。バイト先ではぼく以外に親しい人間はいなかったようだし。バイトもやめてしまったようだね。あんまりしつこく彼女のことを聞くと、ぼくのせいでバイトをやめたんじゃないかと勘繰られるし。ストーカーみたいな目で店長に見られるような気がする。バイトをやめるって自分で直接言いにきたのかな。それとも電話? 親が言ってきたとか。親が来る? それはもしかして、コナミちゃんが来たくても来れなかった、ということじゃないの?
怪我をした? それもひどい怪我をして入院し、バイトにもここにも来れなくなってしまった? この線は濃厚だな。交通事故にあったのかな。まさか死んだんじゃないだろうね。いや、いや、そこまで不吉なことは考えないようにしよう。怪我としたら、腕ではなくて足の骨折だね。腕なら入院しなくてすむもの。車にはねられて足を折ったのかな? 足を折ったとしても、松葉杖をついて電話くらいできるんじゃないの? でも、ここの店の電話番号はわからないよね。もしかして、それもできないくらいひどいの?
入院したとなると、何も交通事故だけじゃないな。レスリングしていて大けがしたの? あばら骨でも折ったのかな。いや、背骨が折れていたら大変だぞ。背骨が折れていたら、ずっと寝たきりなのかな? 下半身不随になってしまうのかな? 下半身不随になって一生車椅子生活になったら、ぼくが車椅子を押してあげる。
ちょっと待て。入院は何も怪我だけじゃない。病気だってある。癌? 心筋梗塞? 脳梗塞? えっ、どれもひどい病気じゃない。こんな病気になったら、いくら強気のコナミちゃんだって凹むよな。ぼくになんか連絡取りたくないし、そもそもぼくのことは頭に浮かんでないかも知れない・・・。もう一生会えないの。
稲川小学校の同窓会に出てみようかな。そこに出ればコナミちゃんの手がかりがつかめるかもしれないし。でも、ぼくのことを誰も知らないって言ってるらしいし。コナミちゃんだけが、ぼくを守ってくれていたんだよな。コナミちゃんがいなくて、ぼくだけが出席するわけにはいかないよ。そもそも場所や日にちを知らないじゃないか。次の日に教えてもらうはずだったんだから。
10月になり、夏休みも終わって大学も後期の授業が始まった。
あれ以来、コナミからジロウへ何の連絡もなかった。ジロウはコナミからの連絡を待つために、9月いっぱいまでスーパーマーケットのバイトをやめなかったが、10月に入ってそれもやめた。
コナミちゃんが教えてくれた稲川の思い出をぼくはいったいどうしたらいいんだ。コナミちゃんの思い出とともに時間が経てば薄らいでいくのか。きっとそうだ。たった一週間の思い出だったんだから。でも、故郷の話にはまだまだ続きがあると言ってたな。同級生のこともよくわかっていない。物語が途中で急に終わりになってしまった。なにか中途半端な気がする。だけど、人生の物語なんてどれも完結することはない。これもそうした話の一つに過ぎない。テレビドラマじゃないんだから。
これからは、コナミちゃんと会う前のように、子供の頃の話を誰ともすることはないだろう。ぼくも一人で思い出すことはないはずだ。時間の経過とともに自然に忘れていくんだ、きっと・・・。
つづく