2-7 50年前の再会
2-7 50年前の再会
「よっ、元気?」
「元気です。元気ですよ」
「それならよかった。バイトで疲れてるんじゃないかと思いまして」
「では、ぼくから質問しますね。小学校の時、きみはクリスマスイブにオルガンを弾きましたか?」
「それはチズコです。わたしがオルガンなんか弾けるわけありません。チズコの家にはオルガンがあって、毎週町までオルガンを習いに行っていたのよ」
「クリスマスイブはどこでオルガンを弾いたの? 教会なんてしゃれたものは田舎にはないでしょう」
「あるわけないじゃない。あったのは古びたお寺と山神社くらいよ。多分、ジロちゃんの記憶にあるクリスマスイブのオルガン演奏は、えっ、これも当てずっぽうだったの。なかなかやるわね。でも、本当にチズコがオルガンを弾いて、クラスのみんなで「きよしこの夜」を歌ったのよ。あれは3年生の時だったわね。みんなでモミの木にクリスマスツリーの飾りつけもしたわ」
「サンタクロースは来たの?」
「サンタクロースはチズコのお父さんが衣装を着て、みんなにプレゼントを配ってくれたのよ」
「それで、チズコは今どうしてるの? 音大にでも行ったの?」
「いや、短大に行って、将来幼稚園の先生になるんじゃなかったかな。やっぱり、稲川に帰ってきたいそうよ」
「みんな、将来の目標がはっきりしているんだ。ぼくとは違うね。えらいな」
「ジロちゃんもそのうち目標が見えてくるわよ」
「では、気を取り直して次の問題です。小学校の時に溺れた子がいましたが、それは誰でしょうか? あくまで小学校の時だよ」
「そんなこと覚えているの。どうせまたあてずっぽうでしょ。それとも自分が溺れたことがあるから、他に誰かいるかなって思ったんでしょ?」
「わかる?」
「わかるわよ。安易なんだから。でも、それが当たってるんだな」
「えっ、当たってるの」
「小学校1年生の夏にエンコ淵で溺れたスズコがいました。小太りのスーちゃんです。すぐに助けられたんだけどね。助けられてから、スーちゃんがわんわん泣いてしばらく泣き止まなかったから、みんなの記憶に残っているのよ。スーちゃん、よっぽどビックリしたのね。スーちゃんはコロコロしていて可愛かったのに、男の子はみんなで子豚が川に流されたって、からかっていたわ」
「ぼくもからかっていたんですか?」
「からかっていたわよ。自分が溺れたことがあるのも棚に上げてね。彼女の前で鼻の頭を指で持ち上げて、ブーブーって言ってたわ」
「子供の頃のことだからもう許して欲しいね」
「彼女、歌がうまかったのおぼえていないかな? 無理か。見学旅行のバスの中で真っ先に歌っていたじゃない。十八番は美空ひばりだったわ」
「えっ、小学生が美空ひばりを歌ってたの。それはあまりに渋くない」
「彼女、歌がうまかったんだから。彼女の歌う美空ひばりにみんな聞きほれていたわ。いろいろなところの歌謡曲コンテストにも出ていたのよ。親が熱心だったのね。畠山みどりの歌も歌っていたわ。畠山みどり、知ってる?」
「あの袴をはいて気風のいい歌を歌っていた歌手でしょ」
「そうそう。こんなことは覚えているんだ」
「それでスーちゃんは、コンテストではどうだったの?」
「時々、優勝したって言ってトロフィーや優勝盾を学校に持ってきていたわよ」
「そんなにうまかったんだ」
「小さいのに、こぶしをきかせてね。歌の先生にも習ってたんじゃなかったっけ」
「あんな田舎に歌の先生っていたの?」
「交番のお巡りさんよ。歌と言っても民謡だけどね。あのお巡りさん、民謡の先生だったんだよ。彼女、民謡のコンクールにも出てたんじゃないかな」
「民謡と演歌か。よく知らないけど、歌の練習は同じようなものなのかな」
「発声法は同じじゃないの」
「それでいまどうしてるの? 歌手になったの?」
「東京まで出ていくのが怖いから、歌手になるのはやめたんだって。広島でバスガイドをしているそうよ。都会にあこがれていたけれど、広島くらいが丁度いいんだって言ってたわ。それにバスガイドになったら、乗客の前で歌を歌って大きな拍手をもらえるから、それで満足らしいわ。でも、広島の観光地を覚えるのがたいへんらしいけどね。よく地名を間違えるんだって。でも、あの愛嬌だからお客さんからは人気があるそうよ」
「それはよかったね。そう言えば、きみは歌を歌うの? フォークソングとか」
「ジロちゃんはギター弾けるの?」
「少しはね。高校の頃、少し練習したんだ」
「それじゃ、今度ジロちゃんのギターに合わせて歌おうか。なんでも弾けるの?」
「楽譜があれば一応ね。コードくらいだけど」
「作詞作曲はしないの?」
「そんな才能はないよ」
「じゃあ、またの機会にね」
つづく