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60年のループ  作者: 美祢林太郎
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2-6 50年前の再会

2-6 50年前の再会


 二人は喫茶店で待ち合わせをした。彼女の方が先に座って待っていた。ジロウがドアを開けて顔をのぞかせると、右手を上げて「こっち」と笑顔で迎えてくれた。ジロウが席に着くと「元気?」と聞いてくるので、「元気です」と返した。彼女は小さく首を縦に振った。注文したコーヒーが運ばれてくると、早速ジロウが質問を開始した。

 「学芸会の桃太郎でキジの役をしましたか?」

 「びっくり。学芸会で桃太郎の出し物をしたことを覚えているんだ。あれは小学校1年生の学芸会だよ。思い出したんじゃないの?」

 「本当に桃太郎をしたの?」

 「えっ、あてずっぽうだったの。ひどいわね。一瞬、騙されちゃった。でも、まぐれでも当たったから許してあげる。キジの役はスミコです。ジロちゃんはその時何の役だったでしょう?」

 「ぼく? ぼくはどうせ鬼かな。その他大勢の鬼3くらいだったんじゃない。セリフがなくて。いやセリフは鬼全員でエイエイオーと雄たけびを上げたのかな」

 「いくらなんでも、そんなにいじけなくてもいいんじゃない。ジロちゃんはおじいさん役だったわ。それで私は何の役だったと思う。どうせ覚えていないんでしょうけど、得意の当てずっぽうで言ってみてよ」

 「桃太郎じゃないの。こんなに元気で華があるんだもの。桃太郎にピッタリだよ」

 「残念でした。おばあさん役だったのよ。ジロちゃんと夫婦役。とっても似合っていて、評判がよかったんだから。お父さんもお母さんも喜んでいたんだから」

 「それで桃太郎は誰だったの? 覚えてる?」

 「覚えてるわよ。桃太郎はヨッちゃんよ。先生から指名されたんだ」

 「背が高かったって言ってたよね」

 「そう。でも、あれじゃ、桃太郎の可愛さはなかったんだけどね。桃から生まれた時にはすでに、おじいさんとおばあさんよりも大きかったんだもの。それに鬼たちよりもずっと大きくて、観客には鬼退治というよりも鬼いじめに思われたんじゃないの。もっとけっさくだったのは、ヨッちゃんが本番でセリフを忘れたことね。鬼を前にしどろもどろなんだから。咄嗟にキジ役のスミコが桃太郎のセリフを全部喋っちゃったの。あれは見事だったわ。稽古の時に自然とセリフを全部覚えたんだって。スミコ、頭よかったものね」

 「ふーん、そんなことがあったんだ。当時は、小学校の学芸会には家族みんなで見に来ていたよね」

 「そうよ。特に田舎は娯楽がなかったからね。小学校の学芸会は運動会と並んで田舎の一大イベントだったのよね。全校児童が80人くらいだったんじゃないかな。その親やおじいちゃん、おばあちゃんの家族全員が集まるんだから、総勢で300人くらいいたんじゃない。村の人総出って感じね。小さな体育館だったから立錐の余地もなかったわ。こんな田舎にこんなに人がいたんだって、驚くほどだったわね」

 「そりゃあ、すごかったんだね。よくもまあ空き巣に入られなかったものだね」

 「そうね。空き巣が入っても、盗るものがなかったんじゃないの」

 「のんびりしていたね」

 「段々畑があって、下の方を蒸気機関車が走っていたの覚えてる?」

 「う、うん」

 「どうせ、覚えてないんでしょ。私たちが住んでいたのは、谷あいの小さな集落だったわ。川が流れていてね。今見たら小さな川なんだろうけど、子供の頃はとても大きな川に思っていたわ。その上を小さな赤いつり橋がかかっていたの。思い出した?」

 「いや・・・、赤いつり橋ね」

 「ジロちゃんはよく竹竿を持って釣りをしていたわね。すぐに糸が何かに引っかかったと言って帰ってきてたわ」

 「でも、たまには何か釣ったんじゃない? コイとかフナとか」

 「たしかハヤを釣ってきてたんじゃないかな。それにグロテスクな・・・ドンコって呼んでたかな? 海にいるアンコウを小さくしたみたいな魚よ」

 「ドンコ、言われてみたら、そんな魚いるよね。真っ白い肉をしていて美味しいんじゃないかな」

 「ドンコの味を思い出して、私のことは思い出さないの? わたしそんなに印象薄かったけ。ドンコに負けちゃうの。だんだん腹が立ってきた」

 「ごめん、ごめん。怒らないでよ。髪型はどんなだっけ?」

 「その頃は、女子は全員おかっぱ頭よ。もちろん私もね」

 「おかっぱ頭か。今思い出したら面白いよね。河童の勢ぞろいみたいでさ。あっ、口を尖らせたら、よけい河童に似てきた」

 コナミはジロウにヘッドロックをかけた。コナミが少し力をいれると、ジロウは手足をばたつかせた。

「冗談、冗談だって」

コナミはヘッドロックをといた。

 「スミコ、あのキジの役をやったスミコだけど、彼女は今大阪の大学にいるんだって。将来小学校の先生になって稲川に戻ってくるのが夢なんだって」

 「ふうん。桃太郎になったヨッちゃんはどうしてるの?」

 「彼は高校を卒業して、地元に残ってトラックの運転手をしているそうよ。彼の家、土建屋だから家を継ぐんじゃないかな。駅の前にあった佐藤土建って看板のあった建物を覚えてない? 庭に大きな石がゴロゴロしていた、少し成金趣味の家よ。あれがヨッちゃんの家なの」

 「へえ、ヨッちゃんの家、金持ちだったんだ」

 「子供の頃はわからなかったけどね。みんな同じだと思っていたものね。当時、ヨッちゃんの父親は村会議員だったのよ」

 「へえ、子供の頃はそんなこと知らなかったね」

 「マコトを覚えてる? 覚えていないわよね。桃太郎の劇で鬼になった子よ」

 「そのマコトはどんな子なの」

 「マコトは本番で緊張のあまり失禁したじゃない」

 「失禁って、ションベン漏らしたってこと。それは強烈だね」

 「マコト、出番の直前から怪しかったのよ。私そばにいたから知ってるけど、ひたいから冷や汗をたらし出したのよ。そしてパンツの上からちんちんを両手で握って、地団太を踏み出したの。トイレに行けばよかったのに、そのまま舞台に立ったの。それで鬼のセリフの段になってジャーよ。勢いよくよ。相当たまっていたのね」

 「我慢してたんだ。マコトはマコトなりに出番が来たから、おしっこを我慢したんだよ。小学1年生だったら、しかたないよね。でも、その学芸会は惨憺たるものだったんじゃない」

 「そう、ヨッちゃんはセリフを忘れるし、マコトは失禁するわで、桃太郎の劇は大笑いだったんだから」

 「そりゃあ、みんなは面白かったかもしれないけど、マコトのご両親も見ていたんでしょ。恥ずかしかったんじゃないかな」

 「そりゃあ恥ずかしかったでしょうけど、マコトのお母さんが舞台に上がっておしっこを拭こうとするわ、お父さんは観客席からマコトを大きな声で怒るわで、大爆笑だったわ」

 「そりゃあ、先生たちも困ったんじゃないの」

 「一緒になって笑ってたわよ」

 「それはのどかだったね。それからどうなったの」

 「マコトが引っ込んで、新しいパンツに履き替えて、また再開よ。鬼の虎模様のパンツがなかったから、普通の白いパンツで出てきたから、観客はまた大笑いよ」

 「そんなことがあったら、マコトはそのことが今でもトラウマになっているんじゃない」

 「田舎のことだからそんなことはないわよ。マコトはその日から一躍人気者になったんだから」

 「本当なの。いくらなんでも人気者になったりしないでしょう」

 「それが田舎のいいところじゃない。しょせん小学1年生よ」

 「田舎って本当にそんなにおおらかなの?」

 「少なくとも当時の稲川わね」

 「そのマコトは今どうしているの」

 「それがね、マコト、大学に入ったんだけど、役者になろうとしているそうなのよ」

 「えっ、役者に」

 「だから、トラウマになんかなっていないって。人気者になったことに味を占めて、役者になろうとしているそうなの。横浜で小さな劇団に入っているって聞いたわ」

 「たくましいね。役者っていっても、喜劇役者の方が向いているんじゃないの。それともお笑いの方に行った方がいいかもしれないね。漫才とかコントとか」

 「これからどうするかわからないけど、時々小学校の学芸会でおしっこをもらしたことを、いろいろなところで自虐ネタとして使っているそうよ」

 「さすがお笑い芸人。いやまだお笑い芸人じゃないか。今度機会があったら、かれの舞台を見に行こうよ」

 「そうね。それまではマコトに頑張っていて欲しいわね」

 「それまでじゃなく、ずっと頑張って、テレビにも出るくらいに成功して欲しいじゃない」

 「うん、楽しみにしておこう」

 「同級生も、多士済々だね」

 「あっ、今日はこれまでにしましょう。私、次の用事があるから」

 「じゃあ、またね」

 

        つづく

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