2-5 50年前の再会
2-5 50年前の再会
「きみは何の部活に入ってたの」
「中学校は柔道部。高校は空手部、今はレスリング部よ」
「えっ、格闘技が好きなんだ」
「こう見えても、柔道も空手も県大会で一位だったんだから。すごいでしょう」
「そりゃあ凄いね。かっこいいな」
「ジロちゃんは、今は何かサークル入っているの」
「大学に入って、陸上同好会に入ったんだ」
「えっ、どうして陸上部に入ったの。足、少しは速くなったの?」
「いや、遅いままだけど。これがまた緩いサークルなんだ」
「いくら緩いと言ったって、運動系の同好会よね。どうして運動音痴のジロちゃんが陸上同好会に入ったのよ」
「少し体を鍛えたくなったんだ。それに陸上は一人でできるじゃない。それがいいんだよね」
「種目は」
「長距離。いつかマラソンを走ってみたいんだ」
「嘘でしょう」
「えっ、嘘はないでしょ」
「だって、ジロちゃんは小学校4年生の時に、全校マラソン大会で、マラソンとは言っても小学生だから2㎞程度だったけどね、3年生にも負けて一番ビリだったじゃない。かわいそうで誰もからかわなかったけど、ずいぶん落ち込んでいたじゃないの」
「えっ、そんなことがあったんだ。ぼくは中学校でも高校でも一番ビリだったんだ。屈辱だったけど、そのうち慣れてきたよ。たくさんで走ったら誰か一人はビリになるものね。それがたまたまぼくだっただけだよ」
「へんなところで達観しているわね。それ凄いことかも知れない」
「仕方ないでしょ、さぼるわけにはいかなかったもの。本当はずる休みをしたかったんだけど、そんな勇気もなかったしね」
「運動が苦手な人だったら、普通、美術部や文芸部なんかの文化系のサークルに入るんじゃない。それが自分からよりによって、同好会とはいえ、体育会系のサークルにどうして入ったのよ? 助ける私はいないのよ。ああ、わかった。かわいい子がいたんだ。きっとそうね」
「いや、そうじゃないんだ。この同好会は週一に合同練習があるんだけど、その時だって一緒に走らなくていいんだ。一人で走っていたっていいんだよ。そう、一人で走るのがよくって陸上同好会に入ったんだ。本当は同好会に入らなくったって、自分一人で走ればよかったんだけど、意志が弱いから一人では長続きしないと思ったんだ。動機も軟弱なんだ」
「へえ、それで走るの続いているの?」
「うん、毎日走っているよ。一年生から比べると、ずいぶん早くなったんだ。同好会の中では相変わらずビリだけど、一般の人の中では並みだと思えるくらいになってきたね。走ることは良いことだよね。努力した分、確実にタイムが速くなるものね。勉強なんかよりよっぽど成果が出るよ」
「それは遅かった人が感じられる特権ね。アスリートはどんなに過酷な練習をしても高止まりをして、記録が伸びないのよ」
「そうか。そうだよね。アスリートになるわけじゃないんだから、これくらいでいいよ」
「ごめん、ごめん。スポーツはアスリートのためだけにあるわけじゃないわよね。運動することは健康のためにもいいわ。それに子供の頃のコンプレックスを克服して、偉いわ。もう一度、稲川小学校のグラウンドでマラソンしてみたくなったんじゃない?」
「いや、別にならないけど」
「見返してやりたくないの」
「いや、すっかり忘れていたんだから、そんな気はさらさらないよ」
「そうよね。本当に覇気が感じられないんだから」
「きみはどうなの。レスリング、頑張っているの?」
「自分で言うのもなんだけど、センスあるみたいね。いつか全日本学生チャンピオンになるかもしれないわよ」
「えっ、そんなに凄いの。全日本学生チャンピオンということは、将来はオリンピックに出場するかもしれないんだ」
「まあね。オリンピックに出場したら、金メダルを取らなくっちゃあね」
「なに、なに。スーパースターじゃない。稲川小学校始まって以来のスーパースターなんだ」
「まだ早いけどね。でも、頑張ってるのよ」
「応援するよ。応援する」
「一週間前に試合があったんだけど、負けちゃったんだ」
「まだ2年生じゃない。これからだよ」
「ありがとう。ジロちゃんは卒業したら何になるの?」
「まだ決めてないけど、サラリーマンじゃない。サラリーマンになることは間違いないね」
「小説家になるとか、絵描きになるとかはないの?」
「そんなのないよ。きみのような才能のある人間じゃないんだから、普通が一番なんだ」
「私、才能だけでここまできたわけじゃないわよ。あまり言いたくないけど、かなり努力してるんだから」
「ごめん、ごめん。そんなつもりで言ったわけじゃないから。それなら、今日ここで飲んでてよかったの? 練習じゃなかったの」
「骨休めは必要なのよ。今はしばしのリフレッシュ期間。いろいろと犠牲にしているからね。今日はジロちゃんと会って話ができて、ずいぶんリフレッシュできたわ。ありがとう」
「またバイトで会えるよね」
「うん、また明日ね」
「また飲もうよ」
「飲もうよって言って、ジロちゃんほとんど飲んでいないじゃない。私ばっかりなんだから」
「うん、酒弱いんだ」
「じゃ、今度はどこかに美味しいものを食べに行きましょう」
「そうだね。オリンピック目指して頑張ってね」
「うん、頑張る。ジロちゃんも早く私の名前を思いだしてね。きみじゃ、いくらなんでも寂しいわよ」
「頑張ってはみるけど、こればっかりは自信がないな。オリンピックに出場するよりも難しそうだよ」
「そうかもね。でも、私という立派なコーチがいるから大丈夫よ」
「今日は本当に楽しかった。自分の小学校の頃を思い出せてよかったよ」
「どさくさにまぎれていい加減なことを言うんだから。全然思い出していないくせに」
「そりゃ、そうだけど。思い出したことにしてよ」
「はい、眠れる森の王子様」
つづく