2-4 50年前の再会
2-4 50年前の再会
「いや、そういうつもりじゃないんだけど。わかりました。きみの、そう、きみの名前を思い出す続きをしよう。チカちゃんじゃない?」
「あてずっぽうね。その手できましたか。違います」
「それじゃあ、カリンちゃん」
「当時、稲川にそんなハイカラな名前の女の子はいなかったわよ」
「では、タマちゃん」
「猫みたい」
「タマちゃん。良い響きじゃないか」
「良い響きだけど、違います」
「カズミちゃん」
「カズミちゃん。カズミちゃんという名の子はいたわよ。カズミちゃんを思いだして私の名前は思いださないの」
「いや、あてずっぽうだから。カズミちゃん、思いださないな。このことは後回しにして、ではヨッちゃん」
「ヨッちゃんは男の子よ。背の高いスポーツマンの男の子」
「ヨッちゃんもいたんだ。あてずっぽうにしては、すごい確率だよ。この確率でいくともうすぐ当てるんじゃない。次は、ミカちゃん」
「はずれ。はい、次」
「女の子の名前、どんなのがあったっけ。ねえ、漢字で美しいって付かない?」
「付きません」
「付くと思ったんだけどな」
「もうギブアップ?」
「ギブアップって言っても教えてくれないんでしょ」
「教えない。頑張って頂戴」
「頑張るの苦手なんだよな」
「そうよね。子供の頃から頑張らなかったんだから。一緒に九九を覚えていても、すぐに飽きて、やめていたものね。九九言える」
「そりゃ、言えるよ。ぼく、そんなにバカだったの」
「すごいバカだったわよ。小学校に入学してからもしばらくひらがなが書けなくて、私が教えてあげたんだから。算数も苦手だったわね。すぐに指を折って計算するんだけど、手の指だけじゃ足りないって言うから、靴下を脱いでいたわ」
「え、そんなにアホだったの。それじゃ、思いだせないし、思いだしたくもないね。勉強できなかったことがトラウマになって、子供の頃のことを思い出すのがいやになっているんじゃないだろうね」
「冗談よ、冗談」
「えっ、これも冗談なの。からかわないでよ。心臓に悪いよ」
「ジロちゃんは頭がよかったよ。いつもクラスで一番だった。勉強はできたわね。でも、そんなことも忘れているんだ」
「白紙なんです」
「白紙じゃないわよ。きっと脳のどこかに眠っているのよ。眠りから覚めたら思い出すわよ。眠れる森の美女ってところかな」
「眠れる森の王子様にしておいてよ」
「自分から王子様って言う?」
「ごめん」
「ゆるしてあげる」
「だけど、転校した新しい小学校のことは覚えているんでしょ」
「広島に来てからも、小学校の頃は何回か転校したそうだからね。転校したことはうっすら覚えていても、それ以外のことはほとんど覚えていないよ」
「そうなんだ。中学校からはどうなの」
「中学校からは覚えているよ。たぶん人並みには」
「なんの部活をしていたの」
「美術部だよ」
「ジロちゃん、絵がうまかったっけ?」
「そんなにうまいわけではないけど、中学校は何かの部には入らないといけなかったからね。一番いい加減な部活に入ったんだ。出ても出なくてもよかったしね。それに一応部室があって、ほとんど誰も利用していなかったから、居心地がよかったんだ。よくそこで本を読んでいたよ」
「そう言えば思いだした。ジロちゃん、小学校2年生の時、全国絵日記コンクールで特賞を取ったんだ。朝礼の時、校長先生から全校児童の前で賞状を読み上げられたことがあったよ」
「またかついでるんじゃないだろうね」
「これは本当よ。2年生のクラスに絵日記を額に入れて飾ってあったわ。ジロちゃん恥ずかしそうだったけどね」
「今それどうなったんだろう」
「私たちが4年生になっても、まだ2年生のクラスに飾られていたから、もしかすると今でも飾られていたりして」
「10年経つんだよ。いくらなんでもそれはないでしょう。もう外されて倉庫に入れられているか、それとも捨てられて燃やされたかもしれないね」
「あの時は、私たちはそれほど凄いことだと思わなかったけど、先生たちがとっても喜んでいるのがわかったわ。それもそうよね。全国規模のコンクールで特賞をとったんだから。今ならよくわかる気がするわ。あの田舎の小学校からよ。先生たちは誇らしかったのよ」
「絵日記はどんな内容だったか覚えてる?」
「私が描いたんじゃないから、さすがにそこまでは。ジロちゃんの記憶担当としては失格ね」
「いや、絵日記のことを思い出してくれてうれしいよ。ぼくにもそんな輝かしい過去があったんだ」
「体育の方は地味だったけど、勉強や文芸はできたわよ」
「きみからひらがなを習っていたのに」
「小学校に入ってから急に伸びたのね。田舎の秀才であったことは間違いないわね」
「あっ、嬉しいことを言ってくれるね」
「それからもずっと勉強はできたんじゃないの?」
「たいしたことないよ。地味に人並みさ。きみはどうだったんだよ」
「私はジロちゃんを教えたあげくに、頭脳までとられたみたい。教えて損しちゃった。頭脳を返してよ」
「そんな無茶な」
「冗談、冗談。でも、運動ばっかりで勉強どころではなかったわ。はは、いい言い訳があってよかったわ。それで、高校はどこに入ったの? 私立の名門高校? それくらいは覚えているでしょう」
「近くの公立高校さ」
「なにか部活に入った?」
「高校は文芸部に入ったよ。これも縛りのない部活だったからね」
「へえ、文芸部ね。中学校の美術部と高校の文芸部。小学校の絵日記が二つに分かれたようなものね」
「そう言われればそうだね。中学校も高校も何気なく入った部活だったけれど、面白いことにルーツは絵日記にあったんだ」
「わからないものね。絵日記だから、絵本でも書けばいいのに」
「いいこと聞いたよ。いつか絵本を書いてみるよ」
「楽しみにしているわ。絵本を書いたら一番にみせてね。私が最初の読者になるから」
「いつになるかわからないけど、あてにしないで待ってて」
「高校の頃は何を書いていたの」
「一生懸命に書いていたわけじゃないから、取り立てて何をと言われても。小説を書いたり、詩を書いたりかな」
「どこかに投稿したことはあるの?」
「別にないよ。部員同士で読み合うくらいかな」
「まあ、そんなものよね」
つづく