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60年のループ  作者: 美祢林太郎
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2-3 50年前の再会

2-3 50年前の再会


「私たち、5年生の始業式で初めてジロちゃんが転校したことを知って驚いたんだから。どうして黙って転校したのよ。幼馴染に一言あってもしかるべきじゃなかったの?」

「それがね、転校した前後の記憶がすっかり抜け落ちているんだ。本の中の途中のページが白紙みたいなものなんだ。転校して1年くらいたって、記憶が再びフェードインしてくるんだよね。自分でも不思議なんだ」

「へえ、そうなんだ。でも、転校の前後の記憶がないだけなら、生まれてずっと一緒だった私の名前は憶えているはずよ。そろそろ思い出した?」

「ごめん。まだ思い出せないんだ」

「まるで記憶喪失者のリハビリをやっているみたい」

「は、は、は。そうかも知れないね。そのように扱ってもらった方が気が楽かもしれないね」

「手がかかる人ね」

「今度、子供の頃の写真を見せてくれない。写真を見た方が思い出せそうなんだ」

「残念。アルバムは実家において来たんだ」

「卒業アルバムも?」

「卒業アルバムはないけどね」

「えっ、なくしちゃったの」

「そうじゃなくて。私もジロちゃんの後を追うように・・・、いや、いや、自殺したわけじゃないんだけど、5年生の2学期が始まるときに転校したんだ」

「えっ、そうなんだ。どこに転校したの?」

「福岡よ。ジロちゃんは広島だったよね」

「そう。よく覚えているね」

「忘れないって。当時は、今もそうかもしれないけど、田舎の小学校に転校してくる子もいなければ、転校して出ていく子もいなかったじゃない。生まれて中学校を卒業するまでは、エスカレーターに乗って一緒に運ばれていくだけだって思っていたものね。それがジロちゃんがある日突然転校していなくなったのよ。子供にとってはとってもショックな出来事だったわ」

「人を神隠しにあったみたいに言わないでよ」

「そうね。神隠しだったんだわ。何の前触れもなかったものね」

「だったら、きみは神隠し2号だったんだ」

「私は神隠しでもなんでもなかったわ。きちんと一学期の終業式の日にみんなに転校して行く挨拶をしたんだから」

「でも、遠く離れていても転校生仲間だったんだ」

「そうよ。転校してから、寂しくなったらジロちゃんのことを思い出したわ。ジロちゃんも転校先で頑張っているんだから、私も頑張らなくっちゃって思ったのよ。気分は同士ね」

「ごめんなさい。ぼく、そんなこと全然知らなかった」

「そりゃあ、そうでしょ。ジロちゃんは後ろを振り向かなかったかもしれないけど、私は遠く離れていてもあなたのことを思い続けていたのよ。女は一途ね」

「ありがとうございます。でも、どうして忘れてしまったんだろう」

「転校した後、文通していたことは覚えてる?」

「そんなことあったっけ?」

「ジロちゃんが転校した後で、ホームルームの時間に先生が提案して、ジロちゃんにクラス全員が手紙を出すことになったの。みんなの手紙を小包にして送ったわ。しばらくして、ジロちゃんから一人ひとりに返事がきたわ。みんな、ジロちゃんの手紙をホームルームで読み上げたのよ」

「えっ、そんなことしてたんだ。ぼく、変なこと書いてなかっただろうね」

「ううん、そんなことなかったよ。ジロちゃんが頑張っているのを知って、みんな嬉しかったんだから。二通目からは、個人個人が自由に返事を出すことになったの。もちろん私も出したわ。幼馴染だからね。だけど、返事が来なかったの」

「えっ、そうだったの」

「しばらくすると、私が出した手紙が宛先不明ということで戻ってきたの」

「住所でも間違えたの?」

「そんなことないわよ。2通目を出した全員の手紙が戻ってきたんだから」

「どうしてだろう。全然覚えていないよ」

「引っ越したんじゃないかって、先生が言ってたわ。それから私たちはジロちゃんの居所がわからなくなったの」

「そうなんだ。ぼくん家は広島で引っ越しをしたんだ」

「引っ越したことも覚えていないの。こりゃあ、重症だ。やっぱり、引っ越したから手紙が返ってきたんだね。どうして、新しい引っ越し先を教えてくれなかったの? 教えてくれていたら、この10年の空白はなかったのよ」

「ごめんなさい。だけど、引っ越したことも覚えていないんだ」

「仕方がないな。それで、あれから稲川に帰ったことがあるの?」

「いいや、ないよ。きみは?」

「私もないの。転校してから、稲川の同級生とは誰とも会っていないわ。時々、連絡は取り合っているけどね。稲川の人と会ったのはジロちゃんが初めて」

「それなのによく昔のことを覚えているね。稲川を離れたのはぼくと数か月しか違わないんでしょ」

「そうね。だけど、普通、故郷のことはよく覚えているじゃないの。まだ故郷を出てたったの、10年しか過ぎていないのよ。きっとジロちゃんは忘れっぽいのよ」

「ああ、そうかも知れないね。あっ、そんなにじっとぼくの顔を見詰めないでよ。恥ずかしいでしょ」

「ジロちゃんのクリッとした目は昔のままよ。私、ジロちゃんのそのくりっとした目が好きだったんだ」

「きみだって、ぱっちりとした目をしているじゃないか」

「ああ、この目。これは最近整形したんだ」

「えっ、整形したの?」

「冗談だよ。昔からこんな目だったよ」

「驚かすなよ。整形していたら余計に昔の顔を思いだせないよ」

「整形してようがしていまいが、思いだせないくせに」

「思いだすよ。何とかして思いだすよ。だからもっと子供の頃の話を聞かせてよ」

「稲川の花火、きれいだったな」

「花火か。そんなこともあったような気がしてくるよ」

「今思えば小さな花火大会だったんだけど、子供の頃は世界で一番大きな花火が上がっていたように思っていたわ」

「子供の頃は何でも自分の住む世界が一番だったからね」

「いっぱしのことを言っているけど、その一番の世界をみんな忘れているんでしょ」

「なにか大切なものがあった、という感覚がかすかに残っているんだよね。具体的な事が何一つ伴っていないけど・・・」

「よくそれで今までやってこれたわね」

「別に子供の頃のことを忘れたからって生きていけるでしょ。生活に困ることはないでしょ。それに入試の問題に出ることもないしね」

「そりゃあそうだけど。入試に出ないからって覚えてなくていいの? 味気ないんじゃない」

「味気ないか。そんなこともないけどね。そんな年齢じゃないでしょ」

「どんな年齢なのよ」

「そんなに突っかかってこないでよ。リタイアして70歳くらいになったら人生のことを振り返るんじゃない。最近ルーツ探しとか流行ってるじゃない。そんな歳までお預けだよ」

「歳を取るまで過去は振り返らないの? そんなにドライなの?」

「そういうわけじゃないけど。でも、ぼくたちまだ20年しか生きていないから、振り返る過去なんてたいしてないよ」

「ジロちゃんが歳を取って子供の頃を振り返ろうとしても、何も覚えていないし、手がかりもないんじゃないの?」

「だから、振り返ろうと思うかどうかは、歳をとってみなくてはわからないじゃない。それに振り返ろうと思った時に、別に記録係じゃないんだから、正確に覚えている必要はどこにもないでしょう」

「ジロちゃんの人生は未来しかないの。若者は未来しか見ないと言うの。過去を振り返っちゃあいけないというの?」


              つづく

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