7-2 エヴァン -盗難事件-
カールによると3日前の盗難事件は大体下記の内容だった。
ロンスキーはその日の午後、お得意先に行っており不在。カールは店に来た上客を相手に次のアクセサリーの造形をどうするか、予算はどの程度かなどを話し込んでいた。
そして、カールがその上客を相手にしている間に、2組の客が訪れた。全く接客をしないわけにはいかないので、2組とも来店時にカールが少し話をして下記の情報を得た。
1組目は老年のラウル夫妻で、結婚40年を記念に銀の指輪を見に来たとのことだった。今回は店頭に並ぶ商品をいくつか見て、あまりこれといったものがなかったのかしばらくして帰宅した。
2組目はラウル夫妻と入れ替わるようにして店にやってきた、若い女性キャリー。彼女は普段ラムール政庁に務めており、主に事務作業を担当していた。日頃の激務に対する自分への褒美として銀細工のアクセサリー購入を検討し、店に訪れた。こちらもあまりこれといったものがなかったのかしばらくして何も購入することなく店を後にした。
盗まれたのは店棚に陳列されていた「ミスリルの神像」。
ミスリル製品ということからもわかるように、ロンスキーが自分で作成したものではなく、昔の同業者から譲り受けたもの。その同業者によると、持つ者にアルティマ神の加護をもたらすらしいが、ロンスキーは眉唾物と全く信じてはいなかった。
ただ、捨てるとアルティマ神の神罰が下るような気もして、銀細工の店なのにミスリル商品というのも変な話ではあったが、とりあえず店頭に置いておいた程度のものであった。
しかし、そうは言っても盗まれたのは確かで、店の評判にも関わるため、犯人は見つけたいというのがロンスキーの意向だ。
カールによると、ラウル夫妻、キャリーと話し、その上客から目を離したのはごく僅かな時間であり、それ以外はずっとその上客と話していたため、その上客に盗むチャンスは全くない。
そのため、犯人はラウル夫妻かキャリーのどちらかだと考えているとのことだった。
「俺が上客と話し込んでいる隙に盗んだに違いない、きっと」
ということで、エヴァン・レーゼ・カールの3人は容疑者に話を聞きに行こうということになり、まずラウル夫妻の自宅を訪れた。
ラウル夫妻の家でまず特筆すべきはアルティマ神の石像が大小合わせて10は置いてあったことだ。
また、暮らしも質素なようで、石像以外に際立った家具はなく、調理場にも果物や野菜こそ置いてあれど、肉の類は見当たらなかった。
これらのことから、彼らは敬虔なアルティマ教信者であることが伺える。
「ほっほっほっ。こんなに若い方が3人も訪れるなんて珍しいこともあるものですわ」
妻は顔をほころばせる。その際に出てくる笑いジワからは彼女が幸せそうな様子を物語っており、到底盗みをするようには見えない。
「まぁ、そうは言っても人は外見には寄らないからな…」とエヴァンは自身に言い聞かせる。
ラウル夫妻は二人暮らしであり、人数分の椅子がなかったため、3人は立ったままカールが話を切り出す。
「私、ロンスキーの銀装飾品店で弟子をやっておりますカールと申します。あなた方が3日前に訪れた店です」
「えぇ、はい。行きました。あなたともお話をしましたね」
「覚えていてくれてありがとうございます。実はあの日、恥ずかしい話なのですがウチの店でとある商品が盗まれてしまいましてね。それで、あの日店を訪れたお客さんのところに行って話を聞いて回ってるんです」
カールが直球に尋ねると、
「なるほど、それは大変ですね。それで私たちのところにやって来たわけですね。とはいえ、私たちはご覧の通り暮らしも質素で贅沢もしてませんし、わざわざ銀の商品を盗むような真似はいたしませんよ」
夫が穏やかに答える。やはり、何かを隠していそうな気配は感じられない。
「なるほど。しかし、見たところあなた方はアルティマ教会に莫大な寄付をしているようだ。ここにこうして並べてあるアルティマ神像の中には大変高価なものもある。これらの神像を手に入れるために相当お金を使ったのではないですか?」
「確かに私たちは莫大な寄付をしております。その引き換えにこれらの神像を授かりました。ですが、それはこの質素な生活で日頃の生活費を切り詰めることで捻出しているのであり、決して盗みなどではありませんよ」
「そうでしたか。実は盗まれたのはミスリルでできたアルティマ神の神像でありまして、あなた方からしてもほしいものではないかと思うのですが、それでもそのアルティマ神に誓ってやってないと断言できますか?」
カールの歯に絹着せぬ物言いはどこか攻撃的で、後ろで聞いていたエヴァンとレーゼはヒヤヒヤしながら問答の様子を見ていた。
「なんですと?アルティマ教では、贅沢を禁じております。にも関わらず、ミスリルのような希少な金属でアルティマ神を型取るなど、アルティマ教の教えに反する行為です。アルティマ神に誓って、そのようなことはしておりません」
夫妻は口を揃えてカールの目を見据えて断言した。
夫妻の毅然とした態度に、3人はこれ以上は何も聞き出せないと判断し、ラウル邸を後にした。
「あそこまで敬虔な信者もいるんだなぁ。セプテリオン宮殿にいると分からないけど、ああいう人たちのおかげでアルティマ教は成り立っているんだなぁ」
「本当すごいわよね。感謝しないと。そしてエヴァン、あなたもあの敬虔さを見習うべきね」
エヴァンもレーゼも感心する。
そうこうしているうちに3人は今度はキャリーの家に着いた。
彼女は政庁職員の使う安いドミトリーに住んでおり、何人かとルームシェアをしているようだった。
部屋はこじんまりとしていて、何人かで共用とするにはいささか狭いような気もする。
3人を出迎えたキャリーは金の長髪に薄い緑の瞳のとても細い女性だった。どことなく薄幸い印象を与え、男からすると守ってあげたいという気持ちにさせる。
というわけなので、早速キャリーに食いついたエヴァンが率先して彼女に質問をする。後ろで、レーゼが呆れ顔になったのをエヴァンは見逃さなかったが気づかないふりをしておいた。
「キャリーさん、僕たちは3日前にロンスキーの銀装飾品店で起きたミスリルのアルティマ神像の盗難事件について調べています。僕としてはあなたのようなお美しい方が盗んだとは到底考えたくない」
「うーん。ミスリルのアルティマ神像ですか。。あなたたちはご存じかしら?この街は私たち帝国の勢力とアルティマ教の勢力が争っている街です。なので、アルティマ教の妨害になるようなことなら、私も何かするかもしれませんが、あのお店の神像を盗んだところで仕方ないですし…」
「うん。全くその通りですね。これで話は終わりです。失礼しました。ところで今度私めとお茶でも、、、」
エヴァンが何の疑いも抱くことなく関係ない話を始めようとしたので、「全くこの男は…」と呆れるを通り越して半ば感心しながらレーゼが尋ねる。
「でもミスリルの神像ですから。売ればお金になりますよ」
「お金という動機から見ても、私ではないですよ。私は何を隠そうラムールを治めるカタルーニャ侯爵の娘でして、別にお金には困ってないのです」
キャリーはあっけらかんと答える。
「え、でも失礼ですが家賃の安そうなドミトリーに住まわれてますよね?」
カールも援護射撃をするが、
「あぁ、それは単純に友達と一緒に住みたいからですわ。そうよね?」
キャリーが部屋でくつろいでいた他の子に声をかけると
「そうだよ〜。キャリーちゃんみたいな子が盗みなんてしないよ〜!てか私、彼女がミスリルのアルティマ神像を持ってるところなんて見てないわよ」
とあっさり否定されてしまった。
やはり決定打に欠けるということで、3人はキャリーのドミトリーを後にした。
帰り道、レーゼが気になっていたことを尋ねる。
「ねぇ。エヴァンとカールは前から知り合いみたいだけど、仲良いの?」
「仲良いなんてもんじゃないぜ、俺とカールは」
エヴァンが顔を輝かせて答える。
「この前なんて二人で一緒に、この街で一番大きな酒場にいた女性たちを全員口説いたんだ」
「いやぁ、あれは楽しかったなぁ。俺とエヴァンでどっちが口説けるか競争したな。結局俺の方が1人だけ多くて俺が勝ったんだったな」
カールも楽しそうに答えたが、勝敗に関しては譲れなかったらしくエヴァンが
「おいおい待てよ。俺の方が1人だけ多かったんだろうが」
と抗議する。
「あれ、そうだったけ?まぁあの時は酔っぱらってたからな。あんま覚えてねぇや」
そんな二人のやり取りを見たレーゼは
「あぁ、分かったわ。あなたもエヴァンと同じ人種なのね、カールさん」
と呆れ顔になった。
ふいに思いついたようにエヴァンが
「あ、そうだ。カール。お前もこの旅に一緒に来ないか?レーゼと二人だけじゃ息苦しくてしょうがない。お前も一緒なら楽しくやれると思うんだよ」
と提案する。
しかし、カールは困り顔で
「いやぁ、それは嬉しい提案だけどよ。俺はまだロンスキーさんの元で学ぶことがたくさんある。それに3年前路頭に迷っているところを拾って弟子にしてくれたのがロンスキーさんだ。その恩だってまだまだ返せていないぜ」
と答え、
「何より、お前たち二人はお似合いだと思うぜ、エヴァン」
と今度はニヤニヤした顔で付け加えた。
「全く、どいつもこいつも。俺たちをお似合いだとかテキトーなこと言いやがって。まぁでも仕方ないか」
エヴァンは心底残念がるが、カールにはカールの生きる道があるといったん諦めた。
いったんロンスキーの店に戻った3人は容疑者からの事情聴取の内容を共有した。
「なるほど。どちらも疑わしいが証拠がないな。両方の家を徹底的に調べてミスリルの神像を見つければいいが、そんな手荒な真似をするわけにはいかないしなぁ」
ロンスキーの額に皺が寄ったため、サングラス越しでも彼が困り顔になっているのがわかる。
「第三者的に見て、二人の見解はどうだ?」
カールが尋ねると二人の見解は真っ二つに割れた。
「俺はキャリーさんを信じるぜ」
「私はラウル夫妻を信じるわ」
二人は見解が割れたことにお互い意外に思い、言い争う。
「は?何言ってんだ、レーゼ。あのお美しいキャリーさんが盗みなんてするわけないだろ」
「ラウル夫妻は敬虔なアルティマ教信者よ。そんな立派な方を疑うなんて、アルティマ教会の者としてどうなのよ?」
「アルティマ教信者だからこそ、ミスリルのアルティマ神像を欲しがるだろうよ。そんな神像、大陸中回っても、他にないと思えるくらいには希少なものだぞ」
「例え希少だとしても、ミスリルでできた神像なんてアルティマ教の信徒として私だってほしくないわ!大体キャリーさんは美しいから盗まないって何よ!理由になってないわ!」
二人はお互いを睨み、主張を譲らない。
ロンスキーはそんな二人の様子を見て、少しうんざりしたように言う。
「おいおい、お二人さん。犯人捜ししてくれるのはありがたいけどよ。喧嘩はやめてくれよ」
しかし、ロンスキーが諌めるのを無視して2人の口論はヒートアップする。
「ふん。レーゼみたいなセプテリオン宮殿しか知らないお嬢様にはこの事件の犯人は突き止められねぇよ!」
「そういうあなただって、このラムールの街しか知らないでしょう!似たようなものよ!」
「大体なぁ!お前が俺についてくるとか訳の分からないことさえ言わなければ俺は今頃自由気ままに一人旅ができたんだ!もうついてくるんじゃねぇよ!」
「何ですって!私がいなかったらあの時宮殿の騎士にやられてたくせに!もういいわよ、この事件は私一人で捜査するわ!さようなら!」
レーゼは扉を勢いよく開けて、街へ消えていった。
その様子を見ていたロンスキーが申し訳なさそうに一人残された青年に声をかける。
「エヴァンよぅ。。元はと言えば、俺の店が事件に巻き込まれたことが原因だから俺も責任を感じているがよ。今のは彼女さんに対してちょっと言いすぎだったんじゃないのかい?」
「うっせーなぁ。なんだよ、おっちゃんまであの女の味方かよ。大体あいつは彼女でも何でもないっていうの。俺も一人で捜査の続きをする!ちゃんとおっちゃんの目の前に犯人を突き出してやるよ!」
エヴァンは感情を押し殺して苦しそうに怒鳴りながら、勢いよく店を後にした。
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「くそ、、レーゼの野郎…」とイラつきながら、しばらく街をブラブラしているうちに、冷静に物事を考えられる程度には頭が冷えてきた。
キャリーはお美しいということを抜きにしても、同居人がミスリル製のアルティマ神像を持っているところなど見ていないと証言しており、彼女が犯人である可能性は低そうだ。
ラウル夫妻は敬虔なアルティマ教信者で、レーゼの言う通りあの夫妻が犯人だとは思えない。
それに、あの家にはミスリルのアルティマ神像を人目につかずに閉まっておくような棚のようなものもなかった。
そこまで考えて一つの可能性に至った。
「あの人たちのどちらかじゃない?いや、待て。だとすると一体誰が…?」
エヴァンは大きなため息をついた後に、空を仰ぎ見て呟いた。
「あいつしかいないか」
見上げた空は赤い涙を流しているかのような夕焼けだった。
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